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3 るりの追憶④

「つまり、父が運転していた車はカーブを曲がり切れず、道端の木にぶつかった後、横転したらしいのです。見通しの良い道だったし、どうして父が事故を起こしたのかはよくわからないままです。ただ、助手席に座っていた母は木にぶつかった時に強く胸を打って即死、事故のショックなのか、父と兄は心臓を止めてしまいました」

「え?」

 愕然とした顔で結木はつぶやいた。るりは情けなく笑う。

「私自身は打撲程度でしたが、それでもしばらく左腕がうまく動きませんでしたし、原因はよくわかりませんが、それ以来、視力がガクンと落ちました。私以外の家族が死んだと聞かされたのは、入院して一週間は経っていましたね」

 話に一段落ついたので、るりは思い出したようにゆのみを取り上げ、お茶をすすった。

 お茶は完全に冷めていた。

 ゆのみを戻し、るりはひとつ大きく息をついて、続けた。

「家族と死に別れ、私は母方の祖父母に引き取られました。神崎の方に近しい親戚がなかったのもありますが、祖父母がぜひそうしたいと申し出てくれたので。父も母も一人っ子同士でしたので私には叔父も叔母もいませんでしたし、川嶋……母方の祖父母しか、頼れる人もいませんでした」

 あの二人は優しくしてくれたし、可愛がってくれた。

 だが、るりが見えたり聞こえたりするものについて、哀しいくらい無理解だった。

 責める気はない。

 そもそも母自身、勘が鋭いとか霊感があるのではと言われるタイプだったものの、所謂普通の人だった。

 祖父母はもっと普通の人だった。

 普通の人に、普通に知覚できないものをわかれといっても無駄だ。

 彼らとは死んだ家族よりも長く、十年の年月を一緒に暮らしたが、この部分は決してわかり合えなかったし、るりも途中でわかり合うことをあきらめた。

 だけど二人は、かけがえのない大切な肉親だった。

 『呪われ少女』と呼ばれる孫娘のせいで、祖父母にはずいぶん余計な苦労をかけてしまった。結果、早死にに追い込んだのではないかと思っている。

 社会人になってしばらくして相次ぐように二人が亡くなった時、自分の罪がまた増えたのだと思った……。

 余計な追憶に流れそうな心を、首を振るようにして戻す。

「家族と死に別れて祖父母の許で暮らし始めた当初は、それほど変わったことはありませんでした。ただ、ふとした時に兄の気配を感じることはちょいちょいありました。そんな時に小声で、おにいちゃん、と呼ぶと、そっと頭を撫ぜてくれる気配がして嬉しくなりました。事故で死んだけどおにいちゃんはそばにいる、私を守ってくれているって」

 るりは再び大きく息をついた。

「その『守ってくれている』レベルが尋常のものでないと知ったのは、小学校高学年になった辺りからでした」

 るりへちょっかいをかける男の子が、決まって階段から転がり落ちたり車に轢かれたりして大怪我をするようになった。

 るりに嫌がらせをしていた女の子が、急に病気になって学校へ来なくなった。

 るりを含めてみんな、最初はただの偶然だと思っていた。

 だが、三度以上似たようなことが続くと、当然だが気味悪く思う空気が生まれ始める。

 中二の時、るりに告白した少年が突然正気を失って暴れた揚げ句、警報の鳴り響く踏切へ飛び込んで亡くなる、という事故が起こった。

 『死神』『呪われ少女』の名が、この出来事で決定的になった。

「……私はその時、父の取引先の担当者だった柴田さんのことを思い出したんです。もしかするとと思い、柴田さんの前任者の女性に問い合わせてみました。そしたら……」

「夢で見た通り、やったんですか?」

 結木が遠慮がちに問うのへ、るりは諾う。

「柴田さんはある日、憔悴しきった顔で出社して来て、廊下に立ったまま仕事もしないでぶつぶつ独り言を言っていたそうです。そして突然社外へ飛び出し、そのまま戻らなかったのだそうです。後で警察が来て、彼が、少し離れた古い雑居ビルの最上階の窓を体当たりで割って、飛び降り自殺した、と……」

 急に目の前が暗くなり、吐き気に似た感覚に襲われた。思わず口許を押さえて前かがみになる。結木が慌てて立ち上がるのへ、るりは片手を上げて制する。

「大丈夫です、多分ただの貧血ですから」

 身体を起こし、深呼吸をしてからるりは続ける。

「中二の時に起こった事故以来、アレは完全にたがが外れました。女友達にはそれほどでもなかったんですけど、少しでも好意を見せる男の子は遠慮なく排除するようになったのです」

 結木が小さな声で、排除、とつぶやいた。

 アレの容赦のなさに対してなのかるりの言葉のチョイスの無感情さに対してなのか、おそらく両方に対してだろう、結木は茫然としていた。

 茫然とした彼の顔を見ているうち、不意にすさまじい孤独感と哀しみに襲われ、涙がにじんできた。

 その涙がこぼれ落ちる前に慌ててゆのみをつかむと、るりは、冷めきったお茶を飲み干した。


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