ゆかりごはんがうまい
私は、ゆかりが好きだ。
ゆかりとは、某メーカーが出している、濃い赤紫色をしたふりかけである。
赤じそを粉砕したふりかけなのだが、これがまた実に…ウマい。
独特の風味とガツンと来るしょっぱさ、それを追いかける穏やかな酸味が、ぼんやりとした白米をむぎゅッと抱きしめ…ミラクルを起こすのだ。
咀嚼するたびに口内に広がる、素朴ではあるがガッツリ自己主張をする赤じそ。
飲み込んだ後、ほのかにさっぱりとした印象を残しにかかる絶妙な酸味。
たまにふりかけすぎるとしょっぱすぎてひどい目に合うが…それもまたいいアクセントとなる。
飽食のこの時代。
何百、何千、何万というふりかけが販売されているが…、私が一番好きなのは、ゆかりだ。
のりたまも、鳥そぼろも、たら茶漬けも、あかりもひろしも、フレーク海苔も、炒り卵も、シーチキン甘醤油も、肉そぼろも、ほぐし焼きたらこも、ほぐしアジの干物も…、市販品や手作りのふりかけすべてがずらりと並んで、一杯の炊きたてご飯を差し出されたら、間違いなくゆかりに手を伸ばす自信がある。
たとえスプーン一杯一万の値がつく高級品が並んでいたとしても…、まず一口めはゆかりを口に入れたいと思うし、最後はゆかりで〆ることは確実だ。
……なんでこんなにゆかりが好きなのか。
それは、私が子供の頃、ゆかりを食べまくっていたせいである。
私が子供の頃に食べていたゆかりは、市販品ではない。
全体的に乾いてはいるものの時折湿気を感じる部分があったり、やけに筋張ったものが混じっていたりする、丸くて白いタッパーに入ったゆかりだ。
実家では、毎年、梅干を大量に漬けていた。大量に梅を買い込み、ビンに詰め込んだのちザルの上にのせて干し、一年かけて食べ切るのだ。
食べ切るのは、梅だけでなく赤じそもだった。大量の梅干を作る際、大量の赤じそを使う。梅をガッツリ赤く染めたしそも余すところなくキッチリ消費するのが実家のルールだったのだ。
梅を干すタイミングで一緒に赤じそをザルにのせ、からっからに乾かしたのちすり鉢で擦れば…手作りのゆかりが完成する。それを、一年かけて食べ切るのである。
実家では、梅干しは重宝して多用していたが…赤じそは好まれなかった。
手作りのゆかりは、私しか食べないふりかけだった。
アンタはゆかりが好きだからねえとか、食べ物を捨てるなんてとんでもないとか、なんでゆかりがあるのに海苔を焼いて食うんだとか、お前が擦ったんだから責任をもって全部食えとか…いろんな理屈のもとに、私は長い間、一人でゆかりを消費し続けたのだ。
手作りのゆかりは、それほどおいしいものではなかった。
けれども、夏が来る前に食べ切らなければいけないので、食べるしかなかったのだ。
大好物の天ぷらだからお前の分も食べさせろ、わしは老い先短いんだから!と言われれば、自分の天ぷらの皿を祖母に差し出し、白いご飯にゆかりをかけて食べた。
肉とお茶漬けしか食べない弟なんだからハンバーグくらい譲ってやれと言われれば、自分の皿を弟に差し出し、白いご飯にゆかりをかけて食べた。
帰宅時間が遅れて晩御飯抜きになった時は、ゆかりをなめてしのいだ。
おこづかいで買っておいた冷凍食品を食べられてお弁当箱に詰めるものが無くなった時は、ゆかりを白いご飯にみっちりかけて持っていった。
ぱさぱさに乾いたバゲットにマーガリンを塗ってふりかけてみたり、うどんと和えたり、試行錯誤しながらゆかりを使い切った。
決して美味いわけではないけれど…食べられるし、食べなくてはいけないから食べ続けてきた、手作りのゆかり。
母親が漬けるのがきつくなったという理由で梅干し作りをやめた年から、相対する事は叶わなくなった。
しばらくゆかりとは縁のない生活を送っていたのだが、ある日、セルフ方式のうどん屋でゆかりを見かけた。
白いご飯に均一に混ぜ込まれた、三角の形をした…ゆかりのおにぎり。
海苔が巻かれたおにぎりと並ぶ、赤紫色のその姿が、やけに凛々しく見えた。
ゆかりのおにぎりはそんなにおいしくはないと思うのに…やたらと美味そうに見えた。
1つ、皿に取って…いただいてみた。
ほんのり香る、あの…赤じその風味。
ほのかな酸味に…しっかりとした塩味。
…知ってるけど、違う。
…同じものなのに、明らかに別物。
……これ、おいしい!
ゆかりの美味しさを知った瞬間だった。
市販品のゆかりを買ってみて、驚いた。
自分の知らない、ゆかりが…そこにはあったのだ。
酸味としょっぱさのバランスが…良い!
丁寧に粉砕された赤じその、この舌触りのよさはどうだ!
サラサラしていて清潔感がある…使いやすい!
なんだろう、残念なゆかりを知っているが故の、洗練された優等生のゆかりのウマさが際立つ感じ?
長く慣れ親しんだ味が、一般向けに…万人受けするよう手厚くフォローされたらこんなにも魅力的になるんだみたいな感動?
実家を離れ、やけに食欲旺盛な家族を得たこともあり…おかずが足りなくなるなんてパターンが頻発するようになったことも相まって、ゆかりは我が家に常備されるエースとなったのである。
…これからも、私は白いご飯にゆかりをふぁっさふぁっさとふりかけて食べていくに違いない。
ああ、ゆかりよ…永遠にあれ!
君がいれば、私は延々と白いご飯を食べ続けることができるのだ。
今日もたらふく炊きたての白い米を……。
……。
……というか、おかずをつまんで白いご飯を口に運ぶパターンが少ないってのは、わりと問題なのではあるまいか。
美味いふりかけで白いご飯ばかりバクバク食べてるから、いつまでたっても全身に余分な脂肪が―――!!!
少々気付きがあったところで、このお話は〆させていただこうと思います…。
皆様、よいふりかけライフを。




