「結界しか張れない欠陥品」と婚約破棄された聖女が、実は世界最高の【武器職人】だと気付くまで ~結界で作った武器を辺境でひっそり売ってたら、いつの間にか世界中の英雄が行列を作ってました~
「クレア・クラフト! 貴様のような『結界』しか張れない、地味で無能な女との婚約は破棄する! 今すぐこの国から出て行け!」
王城、謁見の間。
第一王子ジェラルドの怒号が、広間に響き渡った。
豪奢なシャンデリアの下、周囲を取り囲む貴族や騎士たちが、一斉に蔑みの視線を中央の少女へと向ける。
クレア・クラフト。十八歳。
平民の出身ながら、神託によって「国選聖女」に選ばれた少女だ。
だが、彼女の評価は惨憺たるものだった。
「浄化魔法も使えず、治癒魔法も使えない。できることといえば、目に見えない透明な板を空中に浮かべるだけ。そんなものが聖女の力であるものか」
「お言葉ですが殿下……私の結界は、城壁の補強や、皆様の武具の摩耗を防ぐために……」
「黙れ! 言い訳など聞きたくない!」
(……理解、されていない)
クレアは唇を噛んだ。
彼女の結界は、国を包む防衛障壁だけにとどまらなかった。
騎士一人ひとりの身体、防具、果ては武器に至るまで、極薄の結界を【付与】し、補強し続けていたのだ。
結界しか使えないからこそ、あらゆる物理的干渉から国を守るため、二十四時間三百六十五日、神経をすり減らして維持してきた。
だが、その「見えない加護」の価値は、誰にも理解されていなかったのである。
ジェラルドは隣に侍らせた、派手なドレスの令嬢の肩を抱き寄せた。
彼女は手のひらからキラキラと輝く光の粒を出している。
「見ろ、マリアのこの美しい光魔法を。これこそが真の聖女だ。貴様の地味な結界など、何の役にも立たん」
役立たず。欠陥品。地味女。
浴びせられる罵倒の数々に、クレアはうつむき、肩を震わせた。
その姿を見たジェラルドは、鼻を鳴らして嗤う。
「ふん、泣いても無駄だぞ。貴様のような偽物は、国外追放だ。……おい、転移の魔法陣を用意しろ」
王子の瞳に、嗜虐的な色が宿る。
彼は玉座の脇に展開された魔法陣を指差した。
「慈悲深い僕だ。国境の外まで送ってやろう。二度とこの王都の敷居を跨ぐな」
王子の口元が、一瞬だけ歪んだのをクレアは見逃していた。
彼は「国境の外」と言ったが、宮廷魔導師に目配せをし、転移先を秘密裏に書き換えさせていたのだ。
行き先は『奈落の森』。
S級の魔物が跋扈し、足を踏み入れた者が生きて戻った例はないとされる、確実な処刑場。
だが、それを知らないクレアの肩の震えは、いっそう激しくなる。
顔を伏せたまま、彼女はつぶやいた。
「……ありがとうございます」
「あ?」
「国外追放、ありがとうございます! 謹んでお受けいたします! 今までお世話になりました、殿下!」
バッ、とクレアが顔を上げた。
そこに涙はなかった。
あるのは、満面の笑み。
まるで、ブラック企業の退職届がついに受理された社畜のような、突き抜けるほどの開放感に満ちた笑顔だった。
(やったあああああああ! クビだ! やっとクビになったああああ!)
クレアの内心は、歓喜のサンバを踊っていた。
「それでは殿下、お元気で! あ、私の結界のメンテナンス、全部切っておきますね!」
「は? おい、待て、貴様……」
王子の制止も聞かず、クレアはスキップでもしそうな足取りで転移魔法陣へと飛び込んだ。
光に包まれる瞬間、彼女は心の中で叫ぶ。
(さよならブラック職場! こんにちは、スローライフ!)
彼女が消えた直後。
王都全体を覆っていた巨大な「不可視の防衛結界」が、誰にも気づかれることなく、音もなくガラスのように砕け散ったことを、まだ誰も知らない。
◇
クレアには、誰にも言えない秘密があった。
彼女は「転生者」である。
かつて日本という国でシステムエンジニアとして働き、過労で死んだ社畜であったこと。
そして、唯一の趣味であったVRMMO『デジタル・マスターズ』において、戦闘を一切行わず、ひたすら工房に引きこもって武器を打ち続けた「生産職ランキング一位」のガチ廃人プレイヤーであったことだ。
過労死した彼女が目覚めたのは、伝説の鍛冶師一族「クラフト家」の分家だった。
祖父の名は、セッチン・クラフト。
「鍛冶の神」と呼ばれた兄ヴィル・クラフトの影に隠れながらも、愚直に鉄を打ち続けた職人である。
幼いクレアは、祖父の打つ鉄の音に魅せられた。
彼女は祖父に弟子入りし、ハンマーの握り方を教わった。
祖父は優しく、そして厳しく彼女に説いた。
「ないものをねだるな。あるもので最高になれ」
自分には、兄のような万能の才はない。だが、このハンマーだけは誰よりも信じられる。
そう語る祖父の背中を見て、クレアもまた職人として生きることを誓った。自分に与えられた「結界」という魔法を、鉄のように打ち、鋼のように鍛え上げようと。
しかし、運命は非情だった。
八歳の時、神託が下ったのだ。「国選聖女」への選出である。
拒否権などない。彼女は工房から引き剥がされ、王城へと連行された。
以来、十八歳になるまでの十年間。
来る日も来る日も、王子の剣に「保護結界」を施し、城壁のヒビ割れを「充填結界(パテ埋め)」で直すだけの日々。
ただひたすらに、国の守りを担当させられるだけの毎日が、ようやく今日で終わったのである。
◇
転移の光が収まると、そこは鬱蒼とした森の中だった。
むせ返るような濃密な魔力。遠くから聞こえる、聞いたこともない猛獣の咆哮。
どう見ても、平和な隣国ではない。
「……ここ、もしかして『奈落の森』?」
クレアは瞬時に状況を理解した。
あの王子、追放と言いつつ、私を殺すためにこの場所に座標を設定したのだ。
本来なら絶望して泣き崩れる場面かもしれない。
だが、クレアの反応は違った。
「ふふっ、すごい。あそこに生えてるの、ミスリル銀の含有草じゃない。あっちの岩、オリハルコンの原石? 素材のドロップ率、設定ミスってない?」
彼女の目には「宝の山」にしか映っていなかった。
即座に「多重結界・六角構造」を展開する。
襲いかかってくるS級の魔物を、鼻歌交じりに弾き飛ばしながら、彼女は森の奥へと歩き出した。
とりあえず、ここを抜けてどこかの街へ行こう。そこで自分の店を持つのだ。
そう考えていた矢先のこと。
彼女は、見つけた。
巨木の根元に埋もれるようにして建つ、古びた石造りの工房を。
入り口の石碑には、懐かしい文字が刻まれている。
「あれ……? これって……」
『万能工房・八宝斎』。
かつて祖父の兄、天才ヴィル・クラフトが晩年を過ごしたという幻の工房だ。
「ヴィル大叔父様の工房だ。一族の記録だと行方知れずになっていたはずだけど……こんな森の中にあったなんて」
クレアが扉に触れると、鍵穴のない扉に魔法陣が淡く発光した。
《生体魔力認証……クラフトの血統を確認。ようこそ、正統なる後継者よ》
重厚な扉が、ズズズ……と音を立てて開く。
中は、時が止まったかのようだった。
神代の炉、見たこともない工具、そして壁一面に並べられた最高級の素材たち。
普通の職人なら狂喜乱舞する光景である。
クレアは首を横に振った。
「ごめんね、ヴィル大伯父様。私は、貴方の道具は使わない」
彼女は懐から、一本の無骨なハンマーを取り出した。
祖父セッチンが愛用していた、ただの鉄のハンマーだ。
「私は、私のやり方でやる。あるもの一つを極めるって、決めたから」
そう宣言したものの、改めて工房を見渡す。
ここには、武器作りに必要な設備がすべて揃っている。炉も、金床も、冷却水も。
街へ出て、ゼロから資金を貯めて道具を揃えるとなると、膨大な時間と金がかかるだろう。
「……うん。ここを使わせてもらおう」
建物と設備だけ借りよう。道具は自分のものを使う。
クレアは決めた。
この場所で、念願だった自分の武器屋を始めるのだ。
彼女は工房の中央に立つと、炉に火を入れることもしないまま、ハンマーを構えた。
深く息を吸い込む。
脳内で、かつてのゲーム『デジタル・マスターズ』の検証ウィンドウを開くように、イメージを展開する。
(一般的に、結界は「神聖不可侵」な守りの壁とされている。……けれど、それは違う)
彼女にとって結界とは、神の奇跡ではない。
ゲームにおける「クラフト素材」の一つに過ぎないのだ。
前世で幾度となく繰り返した検証。その果てに彼女は、ある一つの法則を見つけ出していた。
(イメージによる『性質変化』。結界は、術者の思い描く構成式次第で、その物質的特性を自在に書き換えられる)
彼女が脳裏に描くのは、ただの頑丈な壁ではない。
あらゆる物質を分子レベルで両断する、絶対的な切断力。
その鋭さを維持するために必要な、極限の硬度と密度。
(思考を「性質」へ変換。魔力を結晶化……インゴット生成)
何もない空中に、陽炎のような「歪み」が生まれた。
それは防御のための壁ではなく、これから武器となるべき「素材」の塊。
彼女は、それを思い切り叩いた。
カァァァァァァァァァン!!!!!
凄まじい金属音が、静寂の森を引き裂いた。
物理的な鉄ではない。「結界」という概念そのものを叩き、圧縮し、物質として定着させる音だ。
「ここからが本番……!」
カン! カン! キィィィィン!!
少女は無心で、空気を叩き続ける。
その手つきは、祖父セッチンから叩き込まれた、正統なる鍛冶の技術そのものだ。
振り下ろされるハンマーの一撃ごとに、彼女は強烈な「イメージ」を素材へと流し込んでいく。
(もっと鋭く、もっと硬く! 折れないように、曲がらないように!)
打つたびに、結界に意思が宿る。
ただの魔力の塊が、彼女の祈りと技術によって、物理法則を凌駕した「剣」へと昇華されていく。
王都では近所迷惑すぎて絶対にできなかった、魂の咆哮が森に響き渡った。
その轟音は、魔物たちを恐怖させ、そして一人の男を引き寄せた。
◇
帝国軍、騎士団長アレクセイ。
「剣神」の異名を持つ彼は今、泥まみれになって森を走っていた。
「はぁ、はぁ……っ! しつこいぞ、トカゲ野郎!」
背後から迫るのは、伝説級の魔物『アビス・ドラゴン』。
アレクセイの魔力は尽きかけていた。何より、彼の愛剣はすでに折れている。
彼の怪力と剣技に耐えられる剣など、この世には存在しなかったのだ。
(ここまでか……)
死を覚悟したその時、森の奥から信じられない音が響いてきた。
鉄を打つ音。
それも、鼓膜が破れそうなほど澄んだ、甲高い音だ。
「誰だ……こんな森の奥で、鍛冶をしているのは!?」
藁にもすがる思いで、彼は音の方角へと走った。
開けた場所に出る。古びた石造りの建物。
アレクセイがその敷地に転がり込んだ瞬間、背後の木々をなぎ倒して、巨大なドラゴンが姿を現した。
「グルルルルァァァァァ!!」
「くそっ……万事休すか!」
アレクセイが膝をついた、その時だ。
バンッ! と工房の扉が開いた。
「もう、うるさいですね。今、いいところだったのに」
中から出てきたのは、エプロン姿の華奢な少女だった。
プラチナブロンドの髪をポニーテールにまとめ、手には無骨なハンマー。
そしてもう片方の手には――何も持っていなかった。
いや、陽炎のように揺らぐ「何か」を握っていた。
「逃げろ! そいつはドラゴンだ!」
アレクセイの叫びを無視して、少女は彼を見た。
そして、品定めするように目を細める。
「いい筋肉。STR(筋力)極振りって感じですね。……ちょうどいいわ、モニター(実験台)になってください」
「は?」
「そこの人! これを使って!」
少女が、手にした「何か」を放り投げた。
アレクセイは反射的にそれを受け取る。
軽い。羽のように軽い。
だが、握った瞬間、掌に伝わる感触は、この世のどんな鋼鉄よりも硬質だった。
刀身は透明で見えない。だが、そこには確かに「剣」があった。
「グルァァァァァ!!」
ドラゴンが巨大な顎を開け、アレクセイに噛み付く。
考える暇はなかった。
彼は本能のままに、その「見えない剣」を一閃した。
――ズンッ。
抵抗がなかった。
肉を断つ感触も、骨を砕く衝撃もない。
ただ、空間そのものを切り裂いたような、静かな手応えだけ。
次の瞬間。
ドラゴンの巨体が、正中線から左右にずれた。
ドサァァァァァッ……!
大量の血飛沫とともに、伝説の魔物が二つになって崩れ落ちる。
「……は?」
アレクセイは呆然と、自分の手を見つめた。
透明な剣には、血の一滴すらついていない。
刃こぼれひとつなく、月光を浴びて美しく透き通っていた。
(なんだ、これは……。俺の全力に耐えただと……?)
震える彼のもとに、少女がハンマーを担いで歩み寄ってくる。
彼女は倒れたドラゴンを一瞥もせず、アレクセイに向かってニッコリと微笑んだ。
「いらっしゃいませ。切れ味はいかがでしたか?」
「き、君は……一体……?」
「私ですか?」
彼女はスカートの裾をつまみ、優雅にカーテシー(挨拶)をした。
その背後には、祖父が残した看板に、新しく書き足された文字が輝いている。
「店主のクレア・クラフトです。『武器屋クリスタル・ガーデン』へようこそ。今の剣、お買い上げでよろしいですか?」
◇
一方その頃、王都では異変が起きていた。
クレアを追放した直後の謁見の間。
勝利の余韻に浸っていたジェラルド王子の耳に、パリン、という硬質な音が届いた。
ワイングラスを落としたような、あるいは薄氷が割れるような、儚くも不吉な音。
「……なんだ? 今の音は」
王子が周囲を見渡すが、誰も音の正体に気づいていない。
だが、音は止まらない。
パリン、パリリン、ガシャァァァァン……!
連鎖的に響き渡る破砕音は、天井から、壁から、そして彼らが身につけている鎧や剣から聞こえてくる。
「きゃあぁぁっ!? 王子、空が……空が割れていますわ!」
新しい聖女マリアが悲鳴を上げて窓の外を指差した。
その光景に、その場にいた全員が息を呑む。
王都の空に、無数に入った亀裂。
今まで空気のように透明で、そこに「ある」ことすら忘れられていた巨大な天蓋が、ガラス細工のように粉々に砕け散り、キラキラと降り注いでいたのだ。
それは、数百年もの間、魔物の侵入も、他国の干渉も、あらゆる災厄からこの国を守り続けてきた「絶対防壁」の最期だった。
「ば、馬鹿な……。結界が、消えただと……?」
ジェラルドは震える手で、自らの剣の柄を握った。
だが、その感触に違和感を覚える。
抜こうとした剣は、鞘の中で赤錆に覆われ、ボロボロに朽ち果てていた。
彼の剣だけではない。近衛騎士の鎧も、城壁の石組みも、あたかも時間を早回ししたかのように、急速に劣化し、ひび割れていく。
――あ、私の結界のメンテナンス、全部切っておきますね!
クレアの去り際の言葉が、呪いのように王子の脳裏に蘇る。
彼らはまだ知らなかった。
自分たちが追放したのは、ただの地味な少女などではなく、国そのものを物理的に支えていた「歴代最高の結界聖女」だったということを。
守りを失った王国に、北の空から黒い影――ワイバーンの群れが、音もなく迫っていた。
【作者からお願いがあります】
少しでも、
「面白い!」
「続きが気になる!」
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