少し位ならでも駄目かな
私、立石瞳。昨日からお兄ちゃんと一緒に思井沢にある立花家の別荘に来ている。ここは我が家の別荘からもそんなに遠くない。
でも去年と大きく違うのは私の隣に洋二さんが居る事。昨日は昼食後、別荘の周りの遊歩道をのんびりと二人で歩いた。お兄ちゃんも玲子さんと一緒だったと思う。
今日は、四人で朝食を摂った後、洋二さんと二人で近くにある沼まで散歩に行く事にしている。気配で後ろからセキュリティがいるのは分かるけど気にしない。
服装はワンポイントの白いTシャツとクリーム色のパンツそれに薄い茶系のスニーカーだ。
彼は、紺の細めのスラックスに白のTシャツ、それに紺色のスニーカーだ。
「瞳さん、昨日はよく眠れましたか?」
「はい。とても」
「それは良かったです。この別荘は毎年来ています。玲子は達也君と知り合ってから海の別荘に行ったりしている様ですが」
「そうですか。私は海にある我が家の別荘に家族と行く事が多いです。我が家の別荘もここから遠くない所にありますけど、この季節は利用したりしなかったりです」
「知っていますよ。立石家の別荘はとても素敵ですからね。我が家の別荘は少し無機質ですが」
「そんなことないですよ。とても素敵です」
「そう言って頂けると嬉しいです」
そう、この人はいつもこんな固い話をする。本当はもっと二人の事を話したいのに。真面目の上に○○が付くような人だ。
始めはそれで良かったけど、知り合って八ヶ月にもなるのにやっと手を繋いでくれただけ。こんなに奥手とは思わなかった。
そりゃ、いきなりあれは困るけどキス位しても良いのに。でも私からそんな素振りは出せない。はしたない女とは見られたく無い。
彼の身長は私と同じ百七十五センチ。私が大きすぎるのが良くないのかも知れない。胸だってまだ成長中だし。無くはないよ少し控えめなだけ。お兄ちゃんのお付き合いしている人が、みんな胸が大きい事を考えると少し悔しい。
でもこの夏休み中にキス位まではしたい。それから先は彼次第。でもまだいいかな。
「瞳さん、どうしたんですか。急に黙ってしまって」
「あっ、すみません。ちょっと考え事していて」
「そうですか」
俺の隣に歩いている女の子は黒く輝く髪の毛が背中まであり、細面に切れ長の目、
スッとした鼻筋に可愛い唇。胸は控えめだけどとても魅力的な子だ。
身長は女の子にしては高い百七十五センチ、俺と同じ位。そして彼女は達也君と同じ武術を習っている。
喧嘩もした事の無い俺が、手でも出しようものなら一瞬でやられてしまう。だから好きだけど手も繋ぐのも怖かった。
手を繋げたのは知合ってから四か月を過ぎた五月の連休の時。本当はキスとかしたいけど、もしそんな事して嫌がられたら。
それを思うと怖くて出来ない。こうやって二人でいる様になって八ヶ月。本当はもっと先までしたいけど…。
「ふふっ、今度は洋二さんが黙ってしまいましたね」
「あっ、すみません。もうすぐ沼が見えてくると思います」
遊歩道と言っても綺麗に整備されている訳ではない。二人で横に並んで歩くのが精一杯の未舗装の道だ。ここ一週間位雨が降っていないのでぬかるんでいないけど。
手を繋ぎながら歩いていると小鳥のさえずりや水鳥の沼から飛び立つ音も聞こえる。雑木林に囲まれた道を歩いているとパッと目の前が開けた。
「綺麗!」
とても透明な沼水。そして沼の中から生えた木々が、その透明な沼水に反射して綺麗なコントラストを描いている。遠くにある山も沼水に映し出され美しさを際立たせている。
「今日は一段と綺麗です」
「ふふっ、私達の為に沼が準備してくれていたみたいですね」
「沼を回り込むとベンチが有ります。そこで少し休みましょうか」
「はい」
日頃鍛錬している私はこの程度では疲れるとかありえないが彼が休みたいと言っている。ベンチに二人で座るのもいいかも。
俺達はそのまま沼を反時計回りに沼の形に添って出来ている道を歩いた。
ベンチに着くと彼女がハンカチで軽く座る所を拭いてくれた。
「すみません。ありがとうございます」
「いえ」
二人でゆっくりと座った。何も言わずに沼面を見ている。彼がゆっくりと私の左手を触って来た。
「あの…」
「はい?」
彼が私の顔をじっと見ている。彼が私の両肩を優しく手で掴んで引き寄せてくれた。私は目を閉じた。多分、そうだよね。それに期待していると
バシャ、バシャ、バシャ、バシャ、バシャ…。
グァグァ、グァグァ、グァグァ、グァグァ、グァグァ。
水鳥が一斉に飛びだった。
「うわっ!」
彼がいきなり大きな声を出して私の両肩にある手を離した。私も目を開けると
「す、すみません」
「ふふっ、いいんですよ」
水鳥で驚くなんて、全く仕方ない人…。私は再度彼の目をジッと見た。今度こそ。
目を閉じている瞳さんを見た。とても綺麗だ。まだ高校三年生だけど。出来れば…。でも俺みたいにチキンじゃ相手してくれないかな。
こんなに綺麗な人、可愛い唇。今度こそ。俺は優しく彼女の肩を両手で掴みゆっくりと引き寄せると
「えっ?!」
彼女がいきなりベンチを立って後ろを見ている。凄く強い視線だ。何かと思って後ろを見ると
「うわっ!」
ドドドッ。
「はーっ」
突撃して来た猪の眉間と鼻の間に目に見えない程のスピードで彼女の正拳が捉えた。それも二発。一瞬止まった猪の喉元に右足で鋭く蹴り入れ、浮き上がった猪の顔側面に降ろした右足を軸に体を回転させて左回し蹴りを入れた。俺の目には一瞬でしかなかった。
ドサッ。
「お嬢様!」
「洋二様!」
後ろから走って来たセキュリティが付いた時には猪は口から泡を吹いて倒れていた。直ぐにセキュリティが、結束バンドで猪の前足と後ろ脚を縛り上げると
「私達が付いていながら誠に申し訳ありません」
二人のセキュリティが深くお辞儀をした。そして直ぐに一人の方が手に付いているリスト型ホーンで連絡を取り始めた。
「洋二さん、済みません。せっかくの所だったのに。後ろから気配を感じて…」
あれ、彼震えているけど大丈夫かな。
「い、いえ。俺の方こそ。ガチ、ガチ、ガチ」
「ふふっ、都会では猪は出ないですから。せっかくですからもう少し歩きましょうか」
あーぁ、この猪のお陰で私のファーストキッスが…。夜は絶対に猪鍋にしてやる。
結局、猪のお陰ではないけど昼前には別荘に戻って来てしまった。洋二さんが手を繋いでくれなかった。
別荘に戻ると入り口で責任者の中川さんが待っていた。私達の姿を見ると急いでこちらに来て
「洋二様、お怪我はないですか。瞳様お怪我は?」
「俺は無いけど」
「ふふっ、中川さん。何も無かったですよ。楽しい散策が出来ました」
「はぁ?」
もう、なんでよ。まだ明日がある。今度こそ。
――――――
ふむ、瞳ちゃんのファーストキスは猪鍋に替わりましたね。
次回をお楽しみに。
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