俺に何があったのかの話
『……』
『では、君はこれで晴れて自由の身だ。罪に問われなかっただけ、非常にラッキーだと思ってくれたまえ』
王城の裏手、王族や重役が通る立派な正面の門と違い、商人や使用人たちなどがそれなりの頻度で出入りしている裏門の境界。
王城側に宰相さん、城下町側に俺がそれぞれいて、柔らかい表情を浮かべている宰相さんに対して俺の方は何が起きたのか、どうなっているのか、未だ理解が追い付かないままに茫然としたままになっていた。
『では、私はこれで』
『……申し訳ありません。これ、少しですけど俺と先輩。あ、取調室に一緒にいた女の人っす。安い宿一泊と食事くらいの分しか、用意できなかったんですけど』
さっさと身を翻して王城へと戻って行った宰相さんから隠れるように、反論してくれていた兵士さんが申し訳なさそうに声をかけて来て、ぼうっと突っ立っているだけの俺の手を取って、お金の入った小さな麻袋を手の平に置いた。
『……じゃあ、ホント、すみません。なんも出来なかった俺が何を言えた訳じゃないっすけど、この国の城下は治安も良いし、良い人ばっかです。事情を話せば働き口もあるはずっす、すみません、ホント』
そして、彼はゆっくりと裏門を閉めた。
裏門言えど王城。その作りは重厚で、ギギギギと鉄の軋む鈍い音が響いて、裏門は閉じた。
『……』
手渡された少しばかりの金銭が入った袋を手にしたまま、俺はまだ呆然とそこに立ち尽くす。
どうしてこうなったんだろう。何がいけなかったんだろう。
俺はこの国の為に自分が元の世界に変える為に、出来うる限りの努力をして、無事それを完遂した。
やり遂げたのだ。勇者として、責務を果たした筈なのだ。
後は帰るだけだった筈なんだ。
それがどうして、こんな事になったんだろう。
たった数時間の間に起こった自分自身の変化と、環境の変化にもう思考が追いつくどころの話ではない。
とっくの昔にパンクした思考回路では、何をすれば良いのかも分からないまま。俺はこうして王城を追放された。
俺が東城 歩である。その証明も出来ないまま。
『嬢ちゃん、そこどいてくれねぇか?馬車が通るからよ』
『あっ……、すみません……』
立ち尽くす俺に、王城お抱えの商人だろう。恰幅の良い男性が馬車の上から声をかけて来た。
俺がいるのは裏門のど真ん中。事情を知る知らないはともかく、邪魔なのは事実だ。
フラフラと重い足を引きずりながら、裏門から離れると商人さんの馬車がガラガラと音を立てて裏門へ入っていく。
程なくして裏門が開き、商人さんは中へ入って行った。俺がもう入らない、王城の中に。
『……』
それを何をするでもなく眺め、裏門が再び閉まったのを見届けた俺は、またフラフラと城下町へと足を進めて行った。
城下町は夕飯時だった。酒場の灯りが灯り、中から仕事を終えた男性達の笑い声が聞こえて来る。
これから自宅に帰って夕飯を楽しむだろう親子が、俺の横を笑顔で会話しながら通り抜けて行った。
定食屋では仲睦まじいカップルが向かい合わせでテラスでの食事を楽しんでいる。
皆、笑顔だ。良い町だと思う。治安も驚くくらいに良い。
俺も城下町で食事や娯楽を楽しんだ事は多い。向こうの世界では中々見れなかった曲芸の類はとても楽しかった覚えがあるし、食事も美味しい。特に肉が美味かった。
人柄も良い人が多い。大らかで色んなものを忌避せずに受け入れる国民性は、故郷の世界での俺の生まれ故郷にも通ずるものがあると思う。
ただ、その帰る手段を失い、この世界での居場所も失った俺に周囲の楽しい雰囲気を受け入れるだけの余裕は無かった。
その内、大通りから一本路地に入ったところでどさりと身を投げ出すようにして、座り込む。
何かを考える余裕は既に無いけど、それを打開する気にもなれなかった。
今までやって来た事が何一つ報われないまま、このまま野垂れ死ぬのかと、でもまぁ、アテも無ければそれも当然かと、何もかもを投げ出そうと目を閉じ、意識を落とそうかと言う時。
『大丈夫か?どこか調子でも悪いのか?』
少し低めの、落ち着いたバリトンボイスが俺の耳響く。
この時、俺に声を掛けてくれたのが、セーロ。
俺に居場所をくれた、俺の大事な人。俺の、好きな人。




