式神、美優の菓子を評価する
「はい! どうぞ!」
切り分けたフルーツケーキを美優が皿に乗せて差し出した。
「さんきゅう」
と言って受け取ったのは陸で、仁と美登里もそれぞれに笑顔で受け取った。
さらに美優はイチローとジュウガとパッキーにもケーキを分けてやった。
式神専用の皿は引退した先代の雄一が暇を見つけて通った陶芸教室で作った物だ。
イチローはふんふんと匂いをかいでからぷいっと横を向いた。
それを見た慌てたジュウガが美優の顔色をうかがいながらばくばくと食べる。
パッキーは小さい小さいベロでケーキの端をぺろっと舐めて、
「乾燥果物の洋菓子は好きじゃねえんだよな」
とつぶやいた。
「あんこがいいな、あんこ。いずみっちゃんのごま団子が食いたいねえ」
「美優さんのケーキもおいしいですよー」
とジュウガが言い、イチローはやはりふんと横を向いた。
「いっちゃん、食わねえのか」
とパッキーがイチローに言うとイチローは、
「ミユノハアマリウマクナイ。イツモオナジケーキデアキタ。イズミサンノ『イチロールケーキ』ガイイナ」
と言った。
「そう言うな。美優ちゃんも頑張ってんだ。まあ、いつもいつもこの乾燥果物のケーキじゃなあ。飽きるのは分かるがな」
「イツマデモアリガタガッテクッテルジュウガニカンシンスル。ヒュウガトオニマルナンカスガタモミセナイジャナイカヨ」
「おいしいですよー」
とジュウガが言ったので、イチローは自分の鼻先に置かれた皿をふんとジュウガの方へやった。
「ジャアヤル、クエ」
それを見てパッキーもよいしょよいしょと自分の皿をジュウガの方へ押しやった。
「こいつも頼むぜ」
「え、ええー」
ジュウガは鼻先に皺を寄せて困っている。
「ウマインダロ、クエ」
「う、うううん」
と陸が咳払いをした。
式神達の言葉は美優には聞こえてないらしく、美優はにこにこして陸や仁にティーカップを配っている。
式神達は正直だ。主人ではあるが人間の機嫌をとる事はしない。だから陰でこそこそと美優のケーキがあまりうまくない、とは言わずに堂々と拒否する。
ただ元は犬で人間大好き、ご主人の陸が大好きなジュウガはわりと顔色を伺う。
「む、無理すんなよ。ジュウガ」
と陸が小声でジュウガに話しかける。
「はいー、美味しいです-」
とジュウガは増えたケーキをまたがつがつと食べる。
「あら! ジュウガ君、イチロー君とパッキー君の分まで食べちゃったの? しょうがないなぁ。イチロー君、パッキー君、すぐに新しいの切ってあげるからね」
と美優が振り返った時には、イチローとパッキーの姿は消え、ジュウガが悲しそうな声で「きゅーん」と鳴いた。
「あら、いらないのかしら」
美優は新たに切ったケーキをジュウガの前に置いてから自分の紅茶のカップを持って陸の隣に座った。
ジュウガはそれを食べるべきかどうか悩んでいる。
「で? 何を怒られてたんだい? 美優ちゃん」
と仁が言った。
「え、えへへ、いや、その」
「美優さんも心構えが必要だという事ですわ」
と美登里が言った。
「心構え?」
「今後の土御門家の為に美優さんの努力が必要ですよいう事です。和泉さんも美優さんを頼りにするでしょうし」
「まあ、それはそうだけどさ」
と陸が美優の顔を見て言った。
「だって、美登里さんは仁さんが結婚されたらもう本家に来ないって言うんですよ!」
仁が紅茶を吹き出し、陸も首をひねった。
「ええ? 美登里ちゃん、どうしてそんな事を?」
「どうもこうも、それが正しい事ですわ。和泉さんを中心に美優さんと仁様の奥様が手を取りあって土御門を盛り上げいくのが嫁いできた者の努めですわ。私は神道会館の方の仕事に専念いたしまして御本家の事には口出しはいたしません、という事を美優さんにお話しただけです」
「それはまた……何もそんな」
と陸が言った。
「美登里ちゃんがいないと駄目なんじゃない。まー兄だって和泉ちゃんだって美登里ちゃんを頼りにしてるし、美優だって美登里ちゃんがいないと何も分からないし」
美登里はきりっと陸を見た。
「ですから美優さんに頑張ってくださいな、とお願いしていたのです」
「ああ、まあ、それはそうだけど」
美登里に睨まれると陸も弱い。
いつでも理論武装している美登里にはとてもかなわない。
「だいたい先代も母さんからして美登里ちゃんに頼ってるからなぁ」
と仁が笑いながら言った。
「みんなのほほんとしてるからさ、美登里ちゃんにハッパかけられないと駄目なんだよね」
「いつまでもそんな事では困りますわ。仁様。その役目を美優さんにしていただかないと。私もいつまでもこのようにここでいられませんもの」
いつまでもこの仲間に入っていられたら、と美登里こそ願う。
だが仁が結婚したらそのバランスが崩れる。
邪魔に思われてから消えるのはプライドに関わる。
惜しまれているうちに距離を置いた方がよい、と美登里は思っている。
そんな美登里を見ていた陸が、
「でもまあ、仁兄がどんな人と結婚してもさぁ、同じようにはいかないよ」
と言った。
「まー兄や和泉ちゃんだってさ、実際、美登里ちゃんがいなくなるのは困ると思うんだよね。だけどさ、美優が頑張ったところで同じようには出来るようになるのは三十年も先くらいの話だ。和泉ちゃんだって同じさ。美登里ちゃんはそれだけ土御門の中でみんなより深く生きてきたんだから。仁兄がどんな嫁さんもらっても美登里ちゃんのようにするのは無理な話さ。だから皆、美登里ちゃんのようにやろうと思うのはやめたほうがいいんじゃないかな? 和泉ちゃんと美優とその仁兄の嫁さんでやれるようにやればいいさ」
と陸にしては珍しく正当な意見を言った。
「そうですわね。美優さんに頑張れ頑張れと言うのも余計なお話でしたわね」
と美登里も少し微笑んでそう答えた。
何となく皆が沈黙したその時、
「美登里ちゃん」
と言いながら先代の雄一がキッチンへ入ってきた。
「先代様、何でしょう。お茶ならすぐにお持ちしますわ」
と美登里が慌てて立ち上がる。
「では少し話があるから茶でも飲みながら聞いてもらおうかな。朝子も奥にいるから」
「はい、すぐに参りますわ」
美登里は新しく茶の支度をしてからすぐに雄一の姿を追うようにキッチンを出て行った。




