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土御門ラヴァーズ2  作者: 猫又
第四章
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赤VS金 2

「表に出ろ」

 と赤狼が言った。

 闘鬼はそれが耳に入ってもいない様子で、

「十年ぶりの客を」

 と言った。

「嫌われ者の鬼が人間の女にちっと優しくされたくらいで惚れたか」

 ケッと笑った赤狼の耳元すぐを凄まじく気の入った闘鬼の右腕がかすった。

 その勢いで赤狼の毛がふぁさっと切れた。

「け、図星か。仲間にも嫌われてこんな山奥の洞窟に隠れ住んでいる鬼なんぞ、いくら和泉が物好きでも無理だ」

 ぴしっと背後の岩に亀裂が走った。

 こめかみに筋のたった闘鬼が立ち上がり、

「赤犬を喰うのは十年ぶりだ」

 と言った。そしてめきめきとその姿が大きくなる。

 次の瞬間、闘鬼の尖った金色の爪が赤狼の腹に突き刺さる。

 寸前に赤狼はその一撃を避け、瞬時に後退した。

 洞窟の中とはいえ、巨大化した鬼と狼では窮屈である。

「大事な隠れ家が壊れてもいいのか? 他に匿ってくれるような仲間もいないのだろう? なんせ嫌われ者だからな」

 真っ赤な瞳をにゅうっと歪ませ、真っ赤な舌をぺろんと出して赤狼があざ笑った。

 怒怒怒怒怒怒、と闘鬼の怒りが大きくなる。

 からかわれるという事が生まれてまだ百年の若い闘鬼には屈辱だった。 


 物の怪の悪意、怪異を恐れる時代ではあったが、そこは拝むか逃げるかしかない。

 贅沢なのは貴族だけで食うや食わずの生活をしている民にとって、貧困が何よりの敵である時代だ。働いて糧を得る、その事だけに一日を使い、余暇も休暇もない。野菜の入った粥をすするのがごちそうで、冷暖房もない部屋で眠る。夜明けと共に働き、日が落ちるとともに寝る。そんな時代では人々の会話も生活の話が主だ。

 千年後、暇つぶしに日記を書いては恥ずかしげもなく私生活を全世界に晒し、それを喜んでいる人間達がうようよしている世界の妖はこの時代とは感性が違う。

 この時代でも貴族の中には字を書き、つれづれと日常を書き綴る娘もいたようだが、山野をうろうろしているような妖とは交流もない。

 要するに、赤狼のような都会派で最先端の妖に生まれて間もない田舎妖怪が口でかなうはずもないのだ。


 怒怒怒怒怒怒、更に怒りが大きくなり、闘鬼の身体がまた巨大化した。

 洞窟の中にその身体は収まらず、壁面の岩に再び亀裂が走った。

 その亀裂に手をかけ、闘鬼は力任せに岩を引き裂いた。

 恐ろしいほどの轟音と岩、山肌が崩れてくる。

「マジか!」

 と赤狼は叫んですぐにその場から飛び出した。

 崩れてくる岩の欠片を避け、外に飛び出した瞬間に大きな山が二つに割れていた。

「自分で壊してりゃ世話ないな。まあ、安倍の屋敷に行けばエサくらいはもらえるだろう。あの蘭丸とかいう蛇がご執心だったようだしな。仲良くしてもらえ」

 ドスン!と轟音がして、今まで赤狼がいた箇所に闘鬼の腕が突き刺さっている。

 身軽な赤狼は避ひょいと避ける。

 ドスン、ドスン、と次々に怒り狂った闘鬼の金色の爪が赤狼を攻撃する。

 赤狼はケケケと笑いながらひらりひらりと身をかわす。

「クソ! 赤犬め! 大人しく喰われろ!」

「犬じゃねえ」

「くらえ!」


 闘鬼の放った大きな気が赤狼の横っ腹をかすり、避けたつもりだがその衝撃に赤狼の足が止まった。

 闘鬼が赤狼の尾を掴んで、振り上げた。

 赤狼の大きな身体が簡単に持ち上げられ脳天から地面にたたきつけられる。

「いてえな!」

 怒号を発した赤狼が素早く起き上がり闘鬼の肩にがぶりと噛みつく。

 鋭い歯が闘鬼の逞しい肩肉を食い破り、体液が流れ出る。

 闘鬼は一瞬だけ顔をしかめたがそれでも赤狼の尾を離さない。

「離せ! 毛が千切れる! 俺の尾は寒さに震える和泉の毛布なんだからな!」

 和泉の名を聞いて闘鬼は赤狼の尾を離したが、次の瞬間に赤狼の顔面を殴りつけた。

 変な声を上げて赤狼の身体は飛んでいき、地面にどうん!と落ちた。

 闘鬼が足を進めて赤狼の近くまで来た時にはすでに赤狼は身体を起こし戦闘態勢に入っていた。大きく強い鬼の腕に殴られた赤狼の顔面から血がだらだらと出ている。

「クソ鬼め!」

 赤狼は低く身構えてから闘鬼に飛びかかっていった。


 殴っては殴られる。

 噛みついては噛みつかれる。

 妖気を放出すればやり返される。

 取っ組み合って地面に転げ、汚い泥水たまりに頭から突っ込む。

 枯葉や尖った岩の中に互いに顔を突っ込む。

 赤狼の毛皮はぼろぼろになり赤黒く汚れているし、闘鬼の金髪も汚れたモップのようになっている。


「千年遡ってようやく互角か……」

 赤狼はそうつぶやいてからぺたんと地面に座り込んだ。

 もとより殺す気はない。

 闘鬼はすでに千年後の土御門を護るという使命を帯びてしまっているのだ。

 赤狼の怒りの妖気が消えた事に気がついた闘気も次の攻撃の手を止めた。

 肩で大きく息をしてからしばらく赤狼を見ていたが、ずんずんと近づいてきてまた赤狼の尾を掴んだ。

「まだやるのか!」

 攻撃する気配はなく、闘鬼はただ赤狼の尾を持ったまま歩き出した。

 赤狼の身体は地面をずるずるとこすりながら動いていく。 

 草木をかき分けながら闘鬼はしばらく歩いていたが、やがて足を止めた。

 ザーーーーーーーーと水の音がする。


 闘鬼はまた赤狼の尾を高く持ち上げた。

 赤狼の身体が宙に浮く。

 そのまま、赤狼の尾を掴んだまま闘鬼の身体が空に舞った。

「わ」

 と赤狼が思った瞬間に身体が水にたたきつけられ、ざぶん!と水中深くに潜っていった。

 

 綺麗な水だった。水音は勢いよく流れる滝の音である。

 深く深く水の中へ潜ってから、赤狼は水面に顔をだした。

 辺りを見ると、離れた所に闘鬼の顔が浮かんでいる。

 早朝の滝の水は凄まじく冷たい。

 赤狼は泳いで岩に上がった。ぷるぷるぷると身体を揺すって水をはじき飛ばす。

 すでに日は昇り、周囲は明るい。

 初冬の太陽は頼りないが、それでも少しずつ毛が乾いていく。

 ぺろぺろと毛繕いをしていると、闘鬼も水から上がってきた。

 泥も枯葉も落ちて、綺麗な金髪が朝日に輝く。


 闘鬼は赤狼の横にどさっと座ってから、

「強いな、お前。お前ほどの相手とやったのは初めてだ。この地の妖どもは皆弱い」

 と言った。

「蛇に目を潰されたんだろ?」

「蘭丸か……あいつは主人が側にいないと闘えない。所詮は飼い蛇」

「へえ、人間に忠誠を誓うってやつか」

「それも違うな。人間の側にいると殺戮を許されるからだ。本能のままに狩りを楽しむと今度は自分が狩られる。それは避けたいんだろう。なるべく大きな殺戮を請け負う為に人間に忠実なふりをしている。素で闘えば強いだろうに、いちいち人間にお伺いをたてる」

「へ」

 と赤狼が言い、大きくあくびをした。

「ああして闘え、こうして闘え、人間の指示を受けて闘う」

「窮屈なこった」

「そうだな」

 と闘鬼がふっと笑った。


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