98.迷子『だから情報収集が大事なんじゃなかろうか?』
深まる森の景色の中、迷いなく歩を進める変質者の背中が少しだけ頼もしく見えてきた頃、
「ねぇ~え~!それでメープルの木ってどこにあるの~?」
まったく予想していなかった不穏なセリフが聞こえた気がした。
「え?……何て言いました?」
「やだー何もぅ~私とデートしてるのに上の空だったのーー?そういうのモテないわよー!でも大丈夫!私は心の広い女!そう母なる海のごとき慈愛でもって、もう一度言って、あ・げ・る!メープルの木ってどこにあるの?」
「ずっっっと迷いなく自分の前を進んでいたから、てっきり知っているものだと思ってたんですが?」
「えーーーーーーー!!知らないわよ!私だってハードメープルを探しに来たばかりなんだから!知ってるわけないじゃん!」
「じゃあ、何で情報収集せずに来たんですか?」
「え~だって~これだけいっぱい木が生えてるんだし~すぐ見つかるかなって思うじゃない?」
「木を隠すなら森の中って言葉もあるくらいだし、森の中に生えてる木を見つけるのは余計に大変だと思うんですけど?」
「木を隠すって、何で隠すの?理由は?」
「知りませんけど」
「誰がそんなこと言ったのかしら?よっぽど高級な木って事かしら?香木とか?建材になるような木じゃ、わざわざ森まで持ち込む方が面倒な気もするし~」
「メープルの木は隠れちゃってるみたいですけど」
「どうしましょう?」
「戻って情報収集しますか?」
「……あっっっ!」
唐突に大きな声を上げて、遠くを指さす変質者。思わず指の方を見ると、黄色の中になんかピンクっぽいものがチラチラと見える気がする。
「ねえ!あそこ行ってみない?」
「いや、やめておいた方がいいんじゃ?」
自分が止めるのも聞かずに駆け出す変質者を追う。
「キィィィィィヤァァァァァァ!!!!!!」
すると唐突に高周波の様な叫び声をあげ、変質者がその場にへたり込んでしまった。
すぐに追いつき横に並ぶと、ピンクの塊は蛾の大群だった。
何となくそんな気はしていたからやめておいた方がいいと言ったのだが、こんな黄色い森の中ピンクなんてさっきから蛾しか出てきてないのに、何でこんなに無警戒というか、思いついたまま行動するんだろう?
正直大きくはあるが、ふわふわな毛並みのピンクの蛾の何がそんなに怖いのか、自分にはちょっとよく分からない。
よく見ると、蛾の周りには緑っぽい繭がたくさんあり、多分ここが蛾の巣なんだろうな?ってのはすぐに見て取れた。
更にはよく見ると奥に木があり、そこをよじ登る幼虫らしき姿もある。
「とりあえず行きましょう」
そう声をかけるが、へたり込んで全く動かない変質者……よく見ると震えてる?
これはどうしたものかと思案に暮れていると、
ざわざわざわざわ
それまで聞こえなかった葉の擦れるような音が聞こえたが、風が起きているようには思えない。
何だろう?と何となく不安に駆られて周囲を見回していると、幼虫がポトリポトリと落ちてきて、一斉に蛾が飛び立つ。
一瞬で空がピンクに染まり、幻想的な景色に見とれ……。
「ギィィィィィィィィヤァァァァァァァァア!!!!!!!!!!!」
先ほどとは比べ物にならない汚い叫び声をあげた変質者に、正直一人で来たかったなと思うのを止められない。
しかし、やはり一人で来なくてよかったのかもしれない。
幻想から引き戻されて目に映ったのは、幼虫を串刺しにする木の枝だった。
「あれが、メープルの木?」
無意識に声が出て、同時にクロスボウを構えるが、この木に一体どんな攻撃が効くのだろうか?
目の前の木をよく観察すると、高さだけでも10mは超えるであろう巨木で、正直自分の矢ではメープルの木の枝にすら及ばないほど細い。
言ってみれば針で巨大な敵を倒すようなものだが、どうしたもんだろうか?
相手が子供なら注射器一本でも勝てるかもしれないが、メープルの木が恐れるようなものではないだろう。
一つ思いつく方法としては燃やすってやり方もあるが、果たしてそれでメープルシロップが採れるかどうか、それが問題だ。
とりあえず、メープルの木は自分にくっついた幼虫を倒すので忙しいらしく、今のところ何もしてこないので、一旦自分の手札を確認していく。
「あら?虫は?」
「もうどこかに飛んでいきましたよ?幼虫は今、木が倒してるみたいです」
自分の荷物を確認しながら適当に受け答えすると……。
「じゃあ、今がチャンスじゃな~い!」
そう言いながらさっきまでとはうって変わって、張りのある声で言いながら立ち上がり、どこからともなく大きな斧を取り出した。
「いや、え?それで行くんですか?」
「そうよ!木は斧で切り倒すのが様式美ってものじゃない!いざ!行くわよ~」
言うが早いか、駆け出しあっという間に木の幹に斧を打ちつけた。
このゲームに斧何て武器があったんだな……なんて思いつつ様子を見ていると、二発目を打ちつけるべく振りかぶったところに、上から枝が伸びてきてあっという間に変質者をからめとってしまった。
そのまま、逆さ吊りにされ、遥か上の方までひっぱり上げられていく変質者に逃げるなら今だなと、そんな事を思ってしまう。




