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明るい明日を!

「あまり、気に病まないでやってくれ」


 睦月をマンションまで送り届け、再び車を発進させてしばらく経ったところで、不意に真琴さんがそう言った。


「……え?」


 その言葉に、俺は顔を上げる。ちょうどそんなタイミングで、車が赤信号に引っかかる。


 信号の前で車を停止させた真琴さんが、ちらりとこちらに目を遣った。


「薄情な話のように聞こえるかもしれないがね。僕はね。今回の事件……いや、事故かな? を、それほど悲観的に見てはいないんだよ」


「そう、なんですか?」


「そりゃあ最初に話を聞いた時は耳を疑ったさ。驚きもしたし悲しみもした。天地がひっくり返るとはこのことか、と柄にもないことを思ったりもした。意識不明で手足の欠損……そんな不幸が、僕の息子を襲ったのか、とね。ただ――」


 真琴さんが、ふっと口元に笑みを浮かべる。


「正人を、誇りにも思ったんだよ」


「誇りに……?」


「ああ。うちの息子が、とっさの時に自分の身よりも惚れた女を護れる男になっていたのが嬉しいのさ。それはなかなか、できることじゃあない。大抵は、とっさに自分の身を護るのが普通だろう?」


「それは……」


「だが、正人はそうではなかった。そのことが僕は誇らしい。……女を護って得た傷は、男にとっては勲章だろう」


「……」


「だから僕は、あいつが目を覚ましたら聞いてみるつもりさ。正人、お前、腕も足も失ったし時間もだいぶ無駄にしたけど、後悔してはいないかい? ってね。なんて答えるかが楽しみだよ」


 真琴さんのその言葉は、正人への……自分の息子への信頼の証に他ならないだろう。


 もしかするとこの人は、誰よりも正人の強さを信じている。だから、嘆くことよりも、信じることを選んだのだ。


 ……すごいな、と素直に俺は思った。そういうところは、本当に正人とよく似ている。いや、正人が真琴さんによく似ている、というべきだろうか。俺にはとてもじゃないが、彼のように考えることなどできない。


 信号が青になる。車がゆっくりと走り出す。


 気づけば黙り込んでしまっていた俺に、ハンドルを握る真琴さんが声をかけてきた。


「大樹君。今そこにある悲しみに、飲み込まれてしまってはいけないよ」


「……え?」


「幸福はいつだって、未来に作り出すものだ。心に根差した悲しみの苗に、自分から栄養を与えることはない……ってね。なかなか、いい言葉だろう?」


 そう言う真琴さんの声は、ちょっと笑っているようだった。


「この前、電車に乗っていたら、座席の上に置き忘れられてる漫画があってね。物は試しにと開いてみたら、そんなセリフがあったんだ。なかなか胸を打たれるセリフで、なるほど確かにそうかもしれんと思ったものだよ」


「……俺には、よく分からないですよ」


「今はまだ、それでもいいさ。いつか、分かる日がやってくる。まずは、少し無理やりでもいい。明るい明日を、思い描いてみることだよ」


 明るい明日を思い描く。


 そんなことが、本当に俺にできるのか……それはまったく分からないけれど。


 真琴さんの言葉は、なんだかやたらと胸に沁みた。


 ああ、まったく。


 お前、ほんとさ、いい親父持ったよな。


 なあ……正人。

短いですが更新です!

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― 新着の感想 ―
[気になる点] おかしくなってる息子の彼女のほうを心配してあげたら?とかおもわなくもないが 主人公が前向きになるきっかけになればいいですね 正人も浮かばれるでしょう
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