3-4 包囲網と目覚めた獅子
「これか……。うわ、一万イイネ!もついてる」
視聴者に断りを入れて、一度現実世界へと戻ってきた玲はスマホを開くと、話にあった『八傑同盟』についてすぐさま調べる。
すると検索する間もなく大手SNSのホットワードでその言葉を発見し、そのまま該当動画の切り抜きが1番上に表示されていた。
「【WorkerS】のチャンネルでの生配信……。この人達にいい印象ないんだよなぁ」
その名前にレイはキーロでのやり取りを思い出すとうへぇと顔を顰める。
正直関わり合いたくもないが、自身が関係しているらしく、流石に無視する訳にも行かなかった。
『諸君!『ToY』は好きか!』
「うるさっ!何これ演説?」
想像以上のボリュームで動画が再生されたことに驚き、慌てて音量を下げるレイ。
改めて画面を見るとおそらくホワイティアの街の噴水広場と思われる場所で演説をするギークの姿が見えた。
『私はこのゲームが好きだ!風景、モンスター、世界観――何をとっても私の人生において史上最高のゲームと言っても過言ではないだろう!』
その熱を帯びた言葉にゲーム内にいるプレイヤー達から賛同するような声がポツポツと上がり、徐々に周りへと広がっていく。
『その上で再び問おう!今のこのゲームを本当に心から好きと言えるのか!』
ざわざわと喧騒が大きくなってきた時、ギークは声を張り上げてそれを遮る。その瞬間、まるで冷水をかけられたようにシーンと静まり返った。
『一部の自分勝手なプレイヤーが好き勝手暴れてるとは思わないだろうか?自分達が蚊帳の外で勝手に進んでいく物語を良しとしていないだろうか?頼みの綱の運営は頼りになるのだろうか?』
一拍おいたギークは先程とは異なり、落ち着いて訴えかけるような声音でプレイヤーに問いかける。
『答えは否だ!この世界は我々全員の物だ!少数のために大多数が犠牲になっている、この現状が正常であるはずが無い!』
そして徐々に声に熱さを込めて大衆を煽るように叫ぶ。
『おかしいだろう?ならば怒れ!声を上げろ!享受するだけの存在となるな!自由は戦う者にだけ与えられるのだ!』
ギークの話の中で、先程率先して声を上げた者達が周囲を煽るように叫び出す。そして煽られた者達からそれ以上の熱量を帯びた、怒号のような歓声が生まれる。
『そうだ!我々の想いは本物だ!そのための力も用意している!』
そう言ってギークが手を前に掲げると、ステージの上に7人のプレイヤーが突然現れる。
「ポータルストーン……ってあれ『竜騎士』に『賢者』じゃあ……!」
転移してきたであろう人物を見て玲は思わず驚いた声をあげる。それ以外の人物もどこかで見た事があるような錚々たる顔ぶれだった。
『彼等も我々と同じ思いを持つ者達だ!そしてここに、【WorkerS】を含めた8クランによる『八傑同盟』を宣言する!』
ギークの宣言に一部から歓声が上がるものの、その大多数は困惑の声だった。ただ想定の範囲内だったのか彼は顔色ひとつ変えずに説明を続ける。
『我々が各主要エリアにそれぞれ散らばる事で、どこで問題が起きようと対処する!抑止力として皆の矛となり、盾となることを誓おう!これ以上、一部のプレイヤーに好き勝手をさせたりはしない!』
その掛け声とともにざわざわとステージ下のプレイヤー達からどよめきが起こる。
だがそれを聞いたレイは、何となく自分に向けられた発言であると感じ取り、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。
『もう一度言う、ここは我々の世界だ!彼等に好き勝手はさせないためにも、どうか君たちの力も貸してほしい!』
ギークは言い切るとステージ下のプレイヤー達に向かって頭を下げる。
困惑していたプレイヤー達もその姿勢――いや、勢いに押されたのかまばらに拍手が起きると、動画が終わる頃には割れんばかりの喝采が鳴り響いていた。
「……うん、まぁ言いたいことはあっちで言おうかな」
玲はスマホを置くと、色々な思いを飲み込んで一言呟く。そのまま『ToYチェア』に腰をかけると、再び別世界へとログインしていった。
◇◆◇◆◇◆
「見てきたよ。いや~、人気者はつらいねぇ」
・そこ?
・いやいやいや
・ある意味人気者ではある
レイが配信に戻って開口一番に放った一言は視聴者を大いに困惑させる。
一見怒っていないような軽い口調ではあったが、よくよく見てみると、その額にはくっきりと青筋が浮かんでいた。
「うんうん、つまり宣戦布告ってわけだよね。じゃあとことんやってやろうじゃん。私の邪魔をしたらどうなるか、分かってるんだろうね……!」
・あ
・これは……
・完全にブチギレですねぇ!
・本当に大丈夫なの?
「要はトップクラン全員で私やセブンさん、それからその他大勢の包囲網を作ったって感じでしょ?ってかなんで『八傑』なの?主要エリアって12だよね?」
視聴者の困惑をよそに、鼻で笑ったレイはどんどん増すイラつきを抑えられないまま視聴者に尋ねる。
・参加表明した有力クランがそれだけだったらしい
・とりあえずはWorkerSが5エリア担当するってさ
・一応募集はしてるらしいよ
「絶対採用されない奴じゃんそれ……ってかそもそも、これに納得してる人ってどれくらいいるの?」
・SNSではおおむね好評らしいよ
・なんか戦隊ものみたいでかっこいい
・セブンの視聴者は理不尽だってブチギレてたけどね
・あ、俺はレイちゃんの味方だよ?
顔を顰めていたレイに視聴者が励ましのコメントをすると、レイは感謝の言葉を返しながら言葉を続ける。
「なるほど、どっちかって言うと賛同の方が多いのね。でもま、良かったよ」
・良かった?
・どゆこと?
・何が?
ニヤリと笑ったレイに対して今度は逆に視聴者から質問のコメントが流れ、当の本人は不敵な笑みのままあっけらかんとしながらこう言った。
「え?だってこれ、私が何しても責任を負ってくれるってことでしょ?いやー、これですごい動きやすくなるから助かるなぁ!」
・えぇ……?
・違う、そうじゃない
・いやでもそうともとれる……のか?
今日一番の困惑でざわつく視聴者に、レイは楽しそうに言葉を続ける。
「そもそもPvPは嫌いじゃないし、セブンさんが味方なら敵はいないでしょ。ゲームの範囲内なら怒るも何もないよ」
・強い
・これは『きょうじん』だわ……
・いや待て、なんかおかしくね?
自信満々に言い切ったレイに視聴者が感心したような声を上げるが、その様子がおかしいことに気付き始めた。
「ふふっ……面白くなってきた……。見てろ、全員見返してやるからな……『八傑同盟』だか何だか知らないけど、私の邪魔をする奴は絶対蹴散らしてぎゃふんと言わせてやる……!」
・あっ(察し)
・あちゃ~……w
・あーあ、終わったな……
・目が死んでる……
「ぎゃう~……」
酷く濁った眼をしながら呪詛のように呟くレイに、視聴者から諦観するようなコメントが流れ出す。
隣にいたじゃしんも『だめだこりゃ』と言わんばかりに呆れた表情で肩をすくめていた。
[TOPIC]
WORD【八傑同盟】
【WorkerS】【聖龍騎士団】【JackPots】【知ノ理】【黒薔薇の乙女達】【清心の祈り】【海賊連合】【THE STRUGGLER】の上位8クランが各地に散らばり、要注意人物の抑止力となることを宣言した。
しかしその思惑は表面上に過ぎず、それぞれの様々な思惑で成り立っているものであった。




