3-1 息抜きに宇宙で狩りをする
宇宙、それは未だに大部分が謎のベールに包まれた、あまりにも広大な神秘の場所である。
まだ見ぬ土地、まだ見ぬ文明、まだ見ぬ生物。その場所にロマンを追い求めた者達が『宇宙を体験したい』という思いから自分達の想像と技術を用いて形作ったゲームがあった。
その名を『Seeking the Universe』。
後に狩ゲーと呼ばれ、二十年以上愛され続けるゲームの名であった。
「あ、よろしくお願いしまーす」
「どうも~」
「『Zero』さん? よろです」
「よろしく」
宇宙船内のような待合室。そこには既に三人のプレイヤーが待機しており、新しく入ってきたプレイヤーと挨拶を交わす。
「えっと、このロビーって【宇宙害獣ギャガルザー】の討伐であってます?」
「えぇ、あってますよ」
身に纏うのは背景にふさわしい白い宇宙服。全員が同じ服装をしており、目元の部分が黒いスモークガラスで覆われているため、一見判別がつかないように思われるが、頭上にあるネームタグによって辛うじて差別化は出来ていた。
そんな中、最後に現れた『Zero』という名のプレイヤーがこれから行うクエストを確認すると、プレイヤーの一人――『OGSAN』から肯定の言葉が返ってくる。
「『Zero』さんはこのゲーム長いので?」
「まぁ初代からやってますね」
「おぉ、いいですねぇ!」
雑談混じりに問われた質問に『Zero』が肯定の姿勢を見せれば、『OGSAN』はその回答に嬉しそうに声を弾ませる。
「ほら、ここにも初代からやっているファンがいましたよ?」
「はいはい、どうせ俺はにわかだよ」
表情は見えないが、どこか勝ち誇るかのような声に、壁に背中を預けて立っていたプレイヤー――『Minato』が拗ねたような声で返す。
「いや、責めるつもりはないですよ。ただ私みたいにおじさんとなると昔話もしたくなるんです」
ねぇ、と同意を求めるように声をかけられた『Zero』はそれにどう反応しようか迷いつつ、特に言及することもないだろうと頷くだけに留める。
それにさらに気分を良くしたのか、『OGSAN』はここぞとばかりに捲し立てた。
「まぁ全部が名作だったとは私でも言えませんからね。特に別ハードに移植した【RIDEシリーズ】に関してはこのゲームの良さをすべて消した、まさに改悪と言ってもいいほどの最悪の出来でしたし。まったく、運営は我々が何を楽しんでいるのかも知ろうとせず自身のエゴを貫くなどという愚かな行いをしたのでしょうか。全く理解出来ませんが、まぁ最新作では思い改めてくれたので良しと――」
「おい、人数揃ったし早く行こうぜ」
『OGSAN』の熱弁は留まる事を知らず、落ち着くどころかヒートアップしていく。
いい加減痺れを切らしたのか、ここまで喋っていなかったプレイヤー――『Genji』がうんざりしたように口を挟んだ。
「あぁすみません。では行きましょうか」
『OGSAN』の謝罪の言葉と共に、全プレイヤーがハッチに向けて歩き出す。そうして彼らは『広大な星の海』へと飛び込んだ。
――『Seeking the Universe』は、時代を重ねることによってそのゲーム性がどんどん変容した稀有なゲームである。
初代では主に仮想宇宙という広大な空間を旅することがメインとなる、開発陣の好みが色濃く出たゲーム……だったのだが、発売後ユーザーにウケた部分はそこではなく、『宇宙生物を討伐する』というある種のおまけ要素だった。
モンスターの醜悪で秀逸なデザインや宇宙らしい科学的で機械的な武器、加えて他にない独特なゲームシステムが話題となり、作成者の意図しない方法で『Seeking the Universe』は世界に名を轟かす。
その影響か、二作目はおまけであった『狩り要素』をメインに変更、その結果、全世界で一千万本を超える大ヒットとなり、一躍有名ゲームの仲間入りを果たした。
そのまま二十年の間、モンスターを倒し、その素材で強化を行っていく、いわば『狩りゲー』として長らく愛され続けることになる。
途中、血迷った運営がゲーム性を初代に戻すという暴挙を行い、かなりのバッシングを浴びたこともあったが、VRに移植した本作『Seeking the Universe ORIGIN』は再びコンセプトを『狩りゲー』に戻したことで、多くのプレイヤーに遊ばれる名作として扱われている。
「『Zero』さん、そっち行きましたよ!」
「了解です」
六本の蟹の鋏を背中から生やしたオットセイのようなモンスターが『Zero』に向かって突撃する。
それを背中につけたブースターを使って急上昇すると、『Zero』は旋回しながらその鋏を掻い潜って一度距離を取る。
「『Minato』さん? 弾がこっちにきてません?」
「あぁ、わりぃ。誤射だわ」
「あぁ、誤射なら仕方ないですね」
別プレイヤーからの光線銃が何度か掠りそうになったことを通信で問いかけると、軽い様子で謝罪が飛んでくる。
「ちょっと。|フレンドリーファイアがある《・・・・・・・・・・・・・》んですから、気を付けてくださいよぉ」
「そうだよな、気を付ける」
「大丈夫ですよ。当たってないので」
遠くからスナイパーを放っていたおじさんが注意し、『Minato』もそれを素直に受け取って、『Zero』もまた謝罪を許す。
さながら和やかに見えるやり取り、しかし三人の声音があまりにも棒読みで白々しく、どう考えても本心でないことが透けていた。
どこか不穏な空気のまま【宇宙害獣ギャガルザー】を協力して攻め続けると、ついに弱ったのかその動きが鈍くなる。
恐らく討伐まであと少しといったところだろう、そのタイミングでふとおじさんが口を開いた。
「ところで皆さんは何の素材が欲しいのですか?」
「え?」
「そりゃあ……」
「ねぇ……?」
素材とは討伐後にモンスターから入手できるアイテムのこと。それについておじさんが問いかけると、揃ってお茶を濁したようにぶつぶつ言い始める。
そんな煮え切らない様子に埒が明かないと思ったのか、『Zero』が一つ提案をした。
「あ、じゃあせーので言います?」
「良いですね。じゃあいきますよ、せーの」
「「「「【かに座の星玉】」」」」
それに乗った全員が口を揃えて出した言葉は奇しくも同じであった。その瞬間、全員の動きが示し合わせたかのように止まる。
「なるほど……」
「そりゃあそうか……」
「ですよねぇ……」
「ということは……?」
各々が何かを悟った様子で呟くと、手に持った武器を改めて構える。
ただ、その銃口の先にあるのは【宇宙害獣ギャガルザー】……ではなく、各プレイヤー達。
「では私のために死んでください!」
開戦の火蓋を切ったのはスナイパーのスコープを覗くおじさん。
銃身を『Minato』に向け、ためらわずに引き金を引く。ただ『Minato』もそれを分かっていたかのように回避すると、勢いはそのままにバーニアを起動しておじさんへと急接近する。
「さっきからずっと頭狙ってきやがってよぉ! 鬱陶しいんだよお前!」
「はて、何のことですかなっ!」
エネルギーブレードに持ち替えた『Minato』が切りかかると、おじさんは懐からナイフを取り出して迎撃する。
「それにあなただけは言えないでしょう?」
「あぁ、どういう――」
「そうだよ。そっちも鬱陶しかったからね?」
「ッ!?」
鍔迫り合いをしている二人に対して、離れた位置にいた『Zero』がグレネードランチャーをぶっ放す。
それを見た二人が慌ててその場から距離を取ると、先ほどまでいた場所に爆風が巻き起こった。
「そっか、銃がメインなら誤射も嘘じゃなかったのかな。明らかにへたくそだったもんね」
「テメェ……」
『Zero』と『Minato』が睨み合いをしている中、唯一息を潜めていたプレイヤー――『Genji』が隙を見て【宇宙害獣ギャガルザー】に突撃する。
「クッ!?」
「ダメですよぉ抜け駆けは」
しかし【宇宙害獣ギャガルザー】に辿り着く前におじさんの手によってスナイプされ、回避することを余儀なくされる。
「はぁ、相変わらずこの時間は胃が痛くなるわ」
「そうですか?これが楽しいんですけどねぇ」
嫌そうな声を出しながらも楽しそうに笑う『Genji』に対して、おじさんも愉快そうにころころと笑う。
「本当にこのシステム考えた奴性格悪すぎるだろう? 入手できる素材に限りがあるなんてよ」
「それは否定しません」
彼の言う通り、『Seeking the Universe』には討伐したモンスターから手に入る素材の総量が決まっている。
仮に一人が手に入れた場合、他のプレイヤーは手に入らないことがほとんどである。そのため、パーティでもない野良では、誰が入手するか揉めることが多々あるのだ。希少な素材については、特に。
「それよりも『ボスを倒す前に他のプレイヤー全員を倒せば総取り』とかいう悪魔じみたことを思いついた奴が悪では?」
「違いねぇ」
おじさんは懐かしむように言うと『Genji』がそれを肯定する。
当時は賛否両論別れていたが、今ではすっかり浸透し、ゲームとして当たり前の事になり、それすらも楽しまれるようになっている。
そのことに『OGSAN』は感慨深く思いつつも、ふと思いついたように全員に向けて言葉を発する。
「でも久しぶりにゲストが来てくださってますし、ここは譲ってあげるというのも――」
「馬鹿言わないでよ」
三人は身内なのか、唯一野良である『ZERO』を慮った『OGSAN』の提案。だが他でもない、それを聞いた『ZERO』が真っ先に一笑に付す。
「欲しい物は自分の手で掴み取るもの、でしょ?」
「――ふっ、確かに。これは失礼しました」
不敵に笑った『ZERO』の言葉に、『OGSAN』は心底嬉しそうな声を上げてスナイパーのスコープを覗く。仮想宇宙の中では今日も醜くも最高に楽しい争いが繰り広げられていた。
◇
「あー楽しかった」
ヘッドギアを外した『Zero』――もとい玲はベッドから起き上がると伸びをする。
「さすがに現役勢には勝てなかったけど楽しかったな。それに気分転換になったし」
非常にご機嫌な顔で立ち上がると、机の上にあるスマホを手に取る。
「あ、『ToY』メンテ明けてる」
ニュースのトップページに書かれた文字を見て玲は少し顔を顰める。
それによると、何者かのせいで3日ほど行われていたメンテナンスがつい先ほど明けたとの内容が書かれていた。
「正直行っていいのか不安だけど……。とりあえず謝罪配信だな、うん」
そう覚悟を決めた玲は一度『ToYチェア』の方を見ると、気合を入れるようにぱちんと両頬を張り手して深く座り込む。
「よし、いこう」
そして、再び決心したように呟くと、玲は『もう一つの世界』へと飛び込んだ。
[TOPIC]
GAME【Seeking the Universe ORIGIN】
『Seeking the Universe』の最新作。宇宙を旅してモンスターを狩り、その素材で自身を強化していくゲーム。別名『友情崩壊ゲー』であり、『野良非推奨ゲーム』とも呼ばれる。
【RISEシリーズ】と呼ばれる全年齢対象向けにしたここ3作とは異なり、初期の使用をそのまま踏襲した本作は『フレンドリーファイヤ』ありかつ『素材入手制限』という仕様を復活させたことで古参ファンからもスリルを求める新規からも愛される作品へと蘇った。
一部の楽しみ方を間違えたユーザー達があえてギスギス感を楽しむためにオンラインに潜っているため、パーティで行うのとでは完全に別ゲーとなる側面も。




