2-46 『神』の気まぐれで世界は変革する
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「どーすんだこれ!」
「うわ、うるさっ」
都会のとある高層ビルの中、クーラーの利いた部屋に中年男性の怒声が響き渡る。それを聞いてモニター越しにいる長髪の女性は嫌そうに顔を顰めた。
「ちょっと。寝起きで頭がぼーっとしているんだ、あんまり大声を出さないでくれよ」
「そんな場合じゃねーんだよ!」
未だ寝ぼけ眼で気怠げな女性――栞がそう言うと、その相手をしている夏目賢司はダンッと乱暴に机を殴りつける。
「お前の作った『イレギュラー』が問題を起こした!キーロの街のNPCが全滅したんだぞ!?どう責任取るつもりだ!」
「え、マジ?そんなに面白いことになってんの?」
賢司の言葉に反省するどころか目を輝かせた栞はカタカタとパソコンをいじり、管理者用アカウントで『ToY』へのログインを試みる。
「ってあれ、メンテになってるじゃん。んじゃログを確認して――」
「おい!話は終わってねーぞ!」
「はぁ?」
マイペースに自分の世界に入りつつあった栞を大声で引き留めると、煩わしそうにちらりとこちらを見る。その様子が賢司をさらにイラつかせた。
「お前が余計なことをしたせいだぞ!どう責任取るんだって聞いてるんだよ!」
「なんで?そんなの知らないよ」
全く悪びれた様子もなく、それどころかきょとんと本気で意味が分からないような顔をしている栞に賢司は理解が追い付かず愕然とする。
「きっとそういう運命だったんだ。キーロは今日滅ぶ運命。ならもう受け入れるしかないよ。しょうがないしょうがない、残念だけど切り替えていこう」
パンパンと手を二回鳴らした栞は全く残念そうな様子を見せずに話を終わらせようとする。そんな様子に賢司は頭痛を覚えたのかこめかみを強く押さえた。
「……今後参入してくるプレイヤーにはどう説明するんだ?ワールドクエストは何とかなるとはいえ、キーロの他のイベントが出来なくなるなら不公平だろうが」
「それこそ知ったこっちゃないね。君は新しく生まれてきた赤ん坊に他人と全く同じ経験をさせるのかい?私はその子自身の人生があるから、そこまでの面倒は見る必要ないでしょ」
屁理屈をこねるように反論をする栞に賢司はついに堪忍袋の緒が切れる。
「現実と一緒にするな!これはゲームだろう!」
「違うね。これは私の世界だ」
今日一番の賢司の怒声に栞は間髪入れずに返す。怒声に怯むことなく見つめ返される視線に逆に賢司の方がたじろいだ。
「僕が作った、僕だけの『おもちゃ』だ。この世界がどうなろうと僕の勝手だし、どんな結末を迎えても文句は言わせない、そういう契約だったはずだけど?」
少し怒ったようにも感じられる真面目な表情をしながら栞は問いかける。『ToY』に関する全権を握っているのは彼女であり、彼女が辞めるといった瞬間すべてが終わりを迎えるため人知れず冷や汗を流す賢司。それでもここで引くわけにはいかなかった。
「……ダメだ、今回は見過ごせない。今こっちでロールバックしてNPCが消える前まで戻す作業をしている。それが終わり次第、それを適応する。異論は許さない」
「え~?それは現実だとあり得ないんだけどなぁ」
けろっといつもの調子に戻った栞にひとまず賢司はほっとする。少し冷静になった賢司は疲れで朦朧とする思考を必死で働かしながら言葉を選ぶ。
「それから、『ゲーム』としての調整は色々と行わせてもらう。このままだとこのゲームはあっという間に寿命を迎えかねない。それはお前も――」
「なんでもいいよ。好きにすれば?意外と変化を加えてやれば『世界』は動くことが分かったし。邪魔だと思ったら勝手に戻すだけだから」
そんな賢司の提案に、既に興味を失った様子の栞は碌に聞きもせず返答すると、一方的に通話を切った。
「くそっ!何なんだアイツは……!」
「おー先輩荒れてるっすねぇ」
通話が切れたことを確認した賢司はストレスをぶつけるようにもう一度ドンと机を強く叩く。そこに後ろから声をかける人物がいた。
「張本……悪い起こしたか?」
「いや目が覚めちゃっただけです。仮眠室のベッド硬すぎるんで」
張本と呼ばれた男性はあくびをしながら椅子に座る。寝癖が目立つぼさぼさの髪に目の下には深いくまを作りながらも、その顔は楽しそうに笑っていた。
「そうだ、この前言ってた『クールタイム』の件実装するぞ。あとその他不公平、秘匿性が高い箇所についても再検討だ」
「え?でもそれって栞ちゃんが難色を示してませんでした?『そんなのリアルじゃないし面白くないから』って……」
その発言に張本が驚いたように声を上げると、賢司は何かを決心したように瞳に力を込めて宣言する。
「好きにしていいと言われたから文字通り好きにする。ただでさえ最近特にユーザーから不満点が多いんだ。それを減らすためにも、可能な限りフェアな状況を目指す。それが俺達の仕事だ」
「うーん、ゲームだからこそ多少優劣があっても良いと思いますけどねぇ」
それに対して難色を示す張本に今度は賢司が驚いた顔をすると、眉間にしわを寄せながら再度問いかける。
「……お前もアイツと同じ考えなのか?」
「まぁどっちかというと。そもそも『ToY』って栞ちゃんがほとんど完成させたんでしょう?それをウチで調整してるとは言え、原作者の意向に沿わないのもどうなのかなと思わないでもないって感じっす」
「だがこのゲームを長く続けるためには必要なことだろう?一年続けてきたんだ。俺にだって愛着はあるし、出来ることなら長く続けてやりてぇんだよ」
「まぁ分からんでもないですけど…難しいっすね。ただ一言確実に言えることがあります」
どちらの言い分も理解できるため何とも言えずお茶を濁した張本だったが、ぴんと人差し指だけを突きあげて遠い目をしながら賢司に語りかける。
「これからそれやるとして、今度帰れるのいつになるんでしょうかね?」
「……それについては本当に申し訳ないと思ってる」
乾いた笑いを浮かべる張本に賢司も顔を顰めながら謝罪する。残念ながら彼らが暖かい布団で寝られるのはもう少し先のことになりそうだった。
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OTHER【『TOY』について】
・語部栞⇒自立型AI使って箱庭ゲーム作ったからどんな結末迎えるかシミュレーションしよ!ん?ゲームの舞台として使いたい?別に良いけど私に指図しないでね?
・夏目賢司⇒初めて任された大型プロジェクト!絶対成功させて見せる!製作者が滅茶苦茶やるけど何とか軌道修正して神ゲーにしなければ…
・張本学⇒話題のゲームに携われるのは光栄だけど忙しすぎてヤバい。帰りたい。




