2-39 死を孕む病の群れ③
中央広場に辿り着いたレイはお目当ての人物を探すために辺りを見渡す。この三日間ずっと一緒にいたためかすぐに対象の人物らしき人影を見つけた。
「いた!ミツミちゃん、ラッキーいる!?」
「え?レイさん?」
「もきゅ?」
急に声をかけられたラッキーとミツミはレイの方を向くと可愛らしく首を傾げる。一分一秒が惜しいレイはそれに応えることなくラッキーに詰めかけた。
「ラッキー!前私を助けた時のあの結界覚えてる?あれって今出来ないの?」
「もきゅ~……」
レイの問いかけにラッキーは残念そうに首を横に振る。
「何がダメ?素材?時間?距離?」
「もきゅ、もきゅ」
その原因についてレイがさらに深く掘ると、距離と言ったタイミングでラッキーが大きく頷いた。
「なるほど、範囲的な話か。いまから各場所回る……?いや、全部回りきる前に絶対どこかが崩れる……」
「あのレイさん、一体なんの話を?」
この後の行動について考え込み始めたレイに対して、把握できていないミツミが尋ねる。
「えっと、前ラッキーに助けてもらったって話をしたの覚えてる?」
「あぁ、【霊界カボチャ】の時の……」
「そう、あの時も今とほとんど同じ状況だったんだよね。今の今まで気づかなかったのは完全に私のやらかしだけど」
レイは頭をかきながら悔しそうな顔をしてミツミに説明をする。
「その時使ってたのが金色に光る木の実。私の予想だとラッキーの魔力を込めたいつもの木の実だと思うんだけど、どうかな?」
「もきゅ!」
レイの問いかけに今度はラッキーがスカーフの下から木の実を取り出すと、自身ごと光り輝く。
暫くしてラッキーの光だけ収まったが、その手に持つ木の実は光り輝いたままだった。
「うん、これを作るってことはこれ自体に何らかの効果が付与されてるって感じかな。あとはどうやって広範囲に行き渡らすかだけど……」
レイとミツミがう~んと腕を組んで頭を捻る。だが具体的な解決案は浮かんでこない。
そこに背後から忍び寄る影があった。
「話は聞かせてもらいました!」
「うわっと、確か【奇面族】の――」
「はい、クランリーダーをしております、じょーかーと申します。以後お見知りおきを。そんなことより!」
笑顔で声をかけてきたのは、笑っているか泣いているか分からない特徴的なお面をかけたクラン【奇面族】の一人。
じょーかーと名乗った彼は恭しく一礼すると、ずいっとレイ達に顔を寄せてくる。
「わたくしにいい案があります!こちらを使いましょう!」
「あれって……」
大げさに振り返ったじょーかーが示した方向にあったのは、最終日に彼らが使っていた【シャボンdeワールド】であった。ただ、彼の言っていることが分からずにレイは目を点にする。
「えっと、どういうこと?」
「おや、お忘れですか?あれには効果をシャボン玉として周囲に散布する効果があるんです!」
じょーかーは一度驚いたような顔を浮かべ、すぐさま説明と共に得意げな表情へと変える。
そのままじゃーん、と手のひらをひらひらさせながら【シャボンdeワールド】を強調すると、そこでようやくレイが彼が言いたいことを察する。
「その黄金の木の実が材料なのであれば、それを使用した料理を作れば同じ効果が得られるはずです!おそらく!きっと!」
「最後に保険掛けたのが気になるけど……まぁ一理あるかも。料理ってなんでもいいの?」
「えぇ、勿論。ただ料理自体の性能に寄りますので、その辺りは作者の腕次第ですねぇ」
じょーかーの話を聞いたレイは少し考えると、やがて決心するように息を吐いて肩を竦める。
「しょうがない。優勝者に頑張ってもらうしかないか」
「そうですねぇ。一番馴染みのある素材でしょうし、それが最善かと」
「……ほぇ?」
実際には名前を呼ばれてはいないが、よくよく考えると自分のことを指しているのではと気付いたミツミが素っ頓狂な声を出す。
「あとは木の実を大量に入手する必要があるかと。シャボン玉の発生時間は一分なので何回かやらないと全体には行き渡らないでしょう」
「木の実は確かお菓子と交換だったような……ねぇあってる?」
「もきゅ!」
レイの問いかけにラッキーは胸を叩きながら大きく頷く。そこで勝手にどんどんと進んでいく話に、ミツミが待ったをかけた。
「ちょ、ちょっと待ってください!私が作るんですか!?」
「えぇ、それであのマカロンを作れば完璧かと。あれは素晴らしいモノでしたからね」
「でも――」
「ミツミちゃん」
じょーかーが腕前を褒めたが、ミツミは不安そうな顔を隠せない。続けて弱気な言葉を発しようとしていた所を、レイがその肩に手を置きながら止めた。
「前にも言ったよね?私、勝機の無い賭けはするつもりないよって」
レイがウインクをしながら以前と全く同じ言葉を発すれば、ミツミはハッとして目を開く。
そのまましばし俯いた後、上目遣いをしながらレイへと尋ねた。
「……私にできますか?」
「できるね。むしろミツミちゃんじゃないと無理かも」
おどけたように言うレイにミツミは少し吹き出すと、レイの目を見て宣言する。
「分かりました!任せてください!」
「よろしく!じゃあ私は他の料理人に声かけてくる!」
その言葉を聞いたレイは笑顔で頷き返すと、中央付近に走り出し立ち止まっているプレイヤー達に向かって声をあげた。
「すみません、料理系統の職業を持っている方!協力していただけませんか!」
「おい、貴様ら!何を勝手に――」
「すみません、今構っている暇はないので黙っていてください!あっアイ!ちょっと来て!」
「なっ!」
その途中、軍服を着た男に声をかけられたような気がするが、ぴしゃりと言い切るとそのまま無視する形で人を集めていく。
そうして総勢30名ほどのプレイヤーを集めたレイは、彼らを引き連れてミツミ達の元へと戻った。
「で、これ何するんですか?」
「料理作る。このリスに渡す。木の実貰う。OK?」
「もきゅ!」
「は、はぁ?」
「レイさん出来ました!」
アイからの質問に対して極限まで省いた言葉で説明するも当然ながらほぼほぼ伝わらなかった。
ただそこでミツミから声がかかったため、詳しい説明は後でじょーかーに任せることに決める。
「さすが!早速やってみよう!」
「ではではこちらにどうぞ!」
「は、はい!」
ミツミはじょーかーの指示に従い、少し緊張しながらも金色に輝くマカロンを【シャボンdeワールド】にセットする。
「ではいきますよ~!【シャボンdeワールド】起動!」
「うわぁ」
「ぎゃう!ぎゃう!」
ガコンガコンと振動する音を響かせながら【シャボンdeワールド】は稼働を始める。
やがてそのパイプの先から飛び出したのは黄金に光り輝くシャボン玉であり、周囲に舞うその姿は絶望的な今の状況を忘れさせるような、とても幻想的な光景を作り出していた。
「って見とれてる場合じゃない!効果の確認を……」
一瞬惚けたレイだったが、本来の目的を思い出すと前線で戦っているフレンドにコールをかける。
「ウサ!?そっちにシャボン玉行った!?」
「きた。とてもおいしい」
「それは良かった……じゃなくて、なんか変化はない?」
「ある。シャボン玉に当たった【ハカアラシ】の動きが止まった。プレイヤーも元に戻っている」
「そっか!ありがとう!ミツミちゃん!いけるって!」
ウサに確認をとったレイは想定通りの展開になったことを確信すると、ミツミに笑顔で報告する。
「本当ですか!?」
「うん!だからこの調子で――」
そのまま言葉を続けようとしたレイの視界に映る、地面を這う黒い影。
急速に接近してくるそれは一直線にミツミを目掛けて近づいているようで、レイは慌てて駆け出すとミツミを押し倒す。
「危ない!」
「きゃっ!」
間一髪のところで地面へと倒れ込むレイとミツミ。だが、黒い影はその横を通り過ぎていき、彼女を狙っているわけではないようだった。
「もきゅ!?」
「そうか、そっちか!」
地面を這う影は、どうやらまっすぐにラッキーへと向かって伸びているようだった。
それに気が付いたレイが体勢を立て直すも、どうあがいても間に合わない距離になっており、今からでは絶対に届かないことを理解してしまう。
「ラッキー!」
「くそっ!」
ミツミが悲鳴を上げ、レイもすぐさま立ち上がり走り出す。だが、その影が進むスピードには追い付けず、やがてラッキーがその影に接触しようとしたまさにその瞬間――ラッキーの体が何者かに弾き飛ばされた。
「もきゅ!?」
「ぎゃう」
飛ばされた体勢のラッキーの目に映ったのは、自分に向かって親指を立てて笑うじゃしんの姿であった。
じゃしんはそのまま黒い影と接触すると、全身を取り込むように黒い影が球状に膨張していく。
「ぎゃう~!ぎゃ……」
「もきゅ~!」
「じゃしん!」
じゃしんが完全に黒に飲み込まれると、影は宙へと浮きあがり、レイの手が届かない高さまで移動した後ある方向に向け進みだした。
「待て!返せっての!」
「レイさん!」
「私は大丈夫!みんなここは任せたよ!」
ミツミの呼ぶ声に一度振り返ると手を振りながら駆け出していく。事態は新たな展開を迎えようとしていた。
[TOPIC]
PLAYER【じょーかー】
身長:184cm
体重:70kg
好きなもの:手品、サーカス、パントマイム
人を驚かせることが何よりも大好きな、クラン【奇面族】の発起人。
幼い頃にみたサーカスが忘れられず、その時の憧れから『ToY』の世界でも再現するようになった。
ピエロの恰好に不思議な仮面をしているせいで変人と思われがちだが、以外にも人当りが良く面倒見もいいため、彼の後についていくプレイヤーは多い。ただ、言動や行動は少しオーバーのため、長く付き合っていると疲れるらしい。




