2-15 セブンのお悩み相談室
「あ、レイちゃんこっちこっち!」
キーロの街の南東に存在する【Cafe Piccolo】。
店内は一見バーのようなお洒落な空間となっており、テーブル席はなくカウンター席のみでマスターと向かい合う形をしている。
そんなカウンター席には既に先客が座っており、レイを見つけると笑顔で手を振っている。
「ごめんなさい、遅くなって!」
「気にしなくていいよ~。あ、配信消したほうがいい?」
「いえ!大丈夫です!むしろこっちがお邪魔しちゃって申し訳ないというか……」
セブンの隣に恐る恐る腰を下ろしたレイは気遣いに対して手と首を同時に振る。
「だってさ、君たち良かったね」
・よろしく~
・かわいい女の子だー!
・うちのセブンがすいません
・レイちゃん!結婚してくれ!
「えっと、ごめんなさい。生理的にちょっと……」
「えっと、ごめんなさい。生理的にちょっと……」
「おっ、いいねレイちゃん。さすが僕のファンなだけはある」
「きょ、恐縮です」
レイがいつも見ていたセブンの配信のノリをそのまま発言することで、からからと笑うセブンと沸き立つ視聴者達。
あまりの盛り上がり具合にちょっと気恥ずかしくなったレイが頬を少し赤く染めて俯いていると、カウンターの向かいにいたマスターと思しきダンディな男性が白いカップを渡してきた。
「どうぞ、こちら当店オリジナルブレンドのコーヒーになります」
「あ、どうも……美味しいですねこれ」
「でしょ?マスターはコーヒーだけならこのゲーム最強なんだよね」
「ほっほ、最高の褒め言葉ありがとうございます」
一見嫌味とも取れるセブンの言葉にマスターは朗らかに笑い返す。その自然なやり取りに二人の付き合いの長さが窺えた。
「それでレイちゃんは何がうまくいってないの?」
「あ、えっと――」
予めテーブルに置かれていたコーヒーを一口含むとセブンは本題を切り出す。それに対してレイは遠慮がちにしつつもぽつぽつと自身が経験したことについて話し始めた。
「――っていう感じです」
「ふむふむ、なるほどね」
それに対してセブンの出した結論は。
「よし!じゃあ運営燃やそっか!」
「えぇ!?」
「僕も元々アイツら気に入らなかったのだよね!自分達が把握できてなかっただけのくせにいっちょ前にナーフなんてしちゃってさ!」
「それは……」
「大丈夫大丈夫!こっちには100万人のフォロワーがいるから!全力出せば焦土にできるよ!」
・任せろー(バリバリ)
・運営がなんぼのモンじゃい!
・女の子を泣かせるとは許せん!
・正義は我らにあり!
「いやホントにちょっと待って!?」
突然ヒートアップするセブン達をレイは慌てて止める。提案した当の本人は冗談だったのか本気だったのか分からない笑顔でレイに聞き返した。
「あれ、復讐したいんじゃないの?一緒にぶっ潰そうぜ!」
「いやそこまでは考えてないです!」
「そう?残念だなぁ。じゃあ何がしたいの?」
「それは……」
言い淀んだレイに対してセブンはコーヒーに砂糖を大量に入れてかき混ぜ始めた。
「っていうかさ、僕も昔サーバーにすごい負荷かけたとかでナーフされてるから分かるんだけど、ここの運営なんか変だよね」
・ゴールドラッシュ襲撃事件か
・スケルトン10万体くらい出した奴な
・しかも理由がカジノで負けたからとかいう
・うっわ、懐かしい
・変とは?
「そうそうあの時。いくら何でも仕様を把握してなさすぎじゃない?それこそ作った人と今運営してる人が別なんじゃないかなって感じるくらい」
ヒソヒソと噂話をするような小声で自身の体験談を話すセブン。流石に突拍子もなさすぎると思ったのかレイは怪訝な表情を向けた。
「……そんなことあるんですかね?」
「分かんない。まぁユーザーの僕らがそこまで考えた所でって感じだけどね」
真実かどうか測りかねているレイに、どうでもよさそうに話を切り上げたセブンはビシッとマドラーを向ける。
「まぁいいや。結局さ、レイちゃんがこのゲームで何をしたいのかが重要だと僕は思うよ」
「何がしたいか……」
その問いかけに俯いて思考するレイをよそにセブンは話を続ける。
「そそ。僕はとにかく好き勝手動いて目立ちたいってのがあるから、ナーフされた時も話題になってむしろラッキーって感じだったかな。そういやマスターはなんでこのゲームを?」
「私ですか?そうですねぇ」
いきなり話を振られたマスターは少し考えると、グラスを拭きつつ穏やかに答える。
「昔からカフェのオーナーをやるのが夢だったんですが体の方がどうも限界で。半ば諦めかけていた夢だったんですが、孫からこのゲームを勧められまして。きっかけと言えばそうなりますかねぇ」
「へぇそうだったんだ。じゃあ夢が叶ったってわけだね」
「そうなりますなぁ」
はっはっはと笑顔で笑うマスターを見て満足げに頷いたセブンは今度はレイの方を向く。
「それでレイちゃんは?」
「私は……セブンさんみたいになりたくて」
「僕に?」
本人を前にしてレイは少し照れながらもありのままの気持ちを正直に伝える。
「初めて配信で見たときにカッコよくてとっても面白くて、私もこんな配信者になりたいなって思ったんです」
・カッコよくて面白い…?
・嘘…だろ…?
・自分勝手でサイコの間違いでは?
・レイちゃん!まだ戻れるぞ!
そのコメントをみたセブンは不機嫌そうに頬を膨らませるとウィンドウを操作して容赦なく配信画面を閉じる。
「これでよし。いやーレイちゃんは分かってるなぁ!ふんふん、それで?」
「……えっと、それでまずはセブンさんと同じ職の【死霊術師】になろうとしたんです」
「なるほどなぁ。でもそれって違うんじゃない?」
頬杖をついて話を聞いていたセブンは突然レイの言葉を遮る。
「君が【死霊術師】になりたかったのって僕の真似がしたかったてこと?完全な疑問なんだけどさ、それって何が楽しいの?」
「いや、それだけじゃないんですけど……」
否定するレイだったが『セブンのように』という大元の理由は間違っておらず、セブンの言いたいことも理解できるため、その語気は自然と弱くなる。
「あの運営を擁護するわけじゃないけどさ、私はレイちゃんの立場って結構美味しいと思うんだよね」
「美味しい?」
「うん、だって誰も見たことない景色が見れてるわけでしょ?オンリーワンの性能なんてゲームやってる人間からしたら憧れたりしない?」
「それは……そうかもですけど」
至極当然のことように言うセブンに特に反論が思いつかず、レイは自然と俯く形になる。
「それにその時点でレイちゃんの言う『面白い』はある程度担保されると思うしね。あとかっこいいっていうのはどういうモノを想像してる?それは【死霊術師】でしか表現できないものなの?」
「……いや、そんなことはないです」
確かにスケルトンやゾンビは好きではあるが、彼女にとって1番というわけではなかった。改めて考えてみるとレイの中の理想像としてセブンという存在がいかに大きかったのかと気づかされた。
「じゃあこれからこれから。まだ始めたばっかりなんでしょ?ナーフされたのも『ふっ……俺の力が強大すぎて恐れたのか……雑魚め』くらいに考えればいいんじゃない?」
いかにも簡単そうな、なんてことはないように言うセブンにレイは目を丸くする。その様子に彼女自身悩んでいることが馬鹿らしくなってついつい笑ってしまっていた。
「ありがとうございます、ちょっとスッキリしたかもしれないです」
「そう?じゃあ良かった」
レイの言葉にうんうん、と頷いたセブンはニヤリと獰猛な笑みを浮かべた。
「でも幾らなんでもぜーんぶ勝手に決められるのは納得いかないよねぇ」
「え?」
「決めた、僕が手助けしてあげよう」
そう言って立ち上がったセブンはすたすたと出口に向かって歩き出す。それを見てレイも慌てて立ち上った。
「ちょっと待ってください!あ、ごちそうさまでした!」
「ふふっ、またのお越しをお待ちしております」
背後から聞こえるマスターの優しい声音にまた来ますと答えながらレイはセブンを追いかけ【Cafe Piccolo】を後にするのだった。
[TOPIC]
WORD【Cafe Piccolo】
キーロの街の南東に存在するこじんまりとしたカフェ。
中身も壮年と思われるプレイヤーが一人で切り盛りしており、常に繁盛しているようなお店ではないが、一定数の固定客を獲得している隠れた名店。
オススメはブレンドコーヒー『nero』




