2-10 友達との交渉
レイが目を開くと、そこは豪華なシャンデリアが煌びやかに輝く玄関ホールだった。
目の前には赤いカーペットが敷かれた大きな階段が存在していたり、その奥には3メートル近い両開き扉が見えていたりと、まるでお城の中に入ったような感覚に陥る。
「え?何処ここ?宿屋?」
「ぎゃう?」
想定と大幅にズレた景色にレイとじゃしんは顔を見合わせる。それに後ろから来たウサが答える形で声を掛けた。
「ここは私達のホーム。とりあえず付いてきて」
「あ、うん」
ウサは最小限の言葉だけ口にすると、スタスタと階段を上っていく。
相変わらず口数の少ないウサに困惑しながらも、まぁ良いかとレイ達は彼女の後を付いていった。
そうしてたどり着いたのは階段を上りきった先にみえていた巨大な扉。レイ達がその前に辿り着くと、蝶番が軋む音を立てながらタイミング良く扉が開かれる。
「「「「「「「お帰りなさいませ、お嬢様」」」」」」」
「え、えぇ……?」
「ぎゃう!?」
その先にあったのは食堂だった。
これまた広い部屋の中央には白いクロスの敷かれた10人掛け位の大きなテーブルがあり、壁には【Gothic Rabbit】のメンバー達の写真が絵画調で飾られている。
そこまではツッコミどころを覚えつつも少し豪華な部屋だという感想で終わるだろう、だがそれ以上にレイが理解できないのは、以前会ったことのある【Gothic Rabbit】のメンバーが、何故かメイド服の姿をしていることだった。
「えぇっと、聞きたいことは沢山あるけど……なんでメイド服?」
「ここでは私がお嬢様でみんなが召使いという設定」
「設定……うん、まぁいいや。そういう事ね」
・諦めてて草
・もうちょっと頑張れw
・まぁこのクランだしで終わるもんな
もっと深く掘っても良かったレイだったが、これ以上聞いても無駄だと思い直し、無理やり自身を納得させる。その代わりに聞かなければならないことを聞いた。
「ねぇ、宿屋って話じゃなかったっけ?」
「そう。とりあえず座ろう」
そう言って椅子を指さす姿に、もはやイエスマンと化したレイは特別反論することなく腰を下ろし、それに追従するようにウサも腰を下ろす――レイの隣の椅子に。
「え?」
「え?」
驚きの声を上げたレイにウサも同じ言葉を返す。
「いや、おかしくない?」
「何が?」
「こういう時ってさ、普通対面とかに座るんじゃ……」
「友達だから隣の方が良い」
「いや、喋り辛くない?」
至極まっとうな疑問に、感情優先で答えるという、酷く時間の無駄な問答を幾つか繰り返していると、突然ウサが俯いて心なしか悲しそうな声を出す。
「レイは嫌……?」
「い、嫌じゃないけど……」
・レイちゃんが押されてて草
・レイちゃんってウサちゃんに弱いよね
・まさかロリコン!?同士か!?
・てぇてぇ…てぇてぇ…
「あぁもううるさいなぁ!これで良いよっ!それで?本題は?」
ウサの上目遣いにも、コメント欄の盛り上がりにも耐えきれなくなったレイは大声をだして有耶無耶にしようと試み、それを見たウサがクスリと笑顔を見せる。
「レイ照れてる。可愛い」
「ウサもうるさい。それで宿屋ってどういう事なの?」
照れ隠しか、少し悪態をつきながらも話を進めようと、本題について話を戻すと、以前も会ったことのあるクランメンバーの一人が一歩前に躍り出た。
「それについては私の方からお話しさせていただきます」
「あ、えーとぱうんどさんでしたっけ?」
「えぇ、合ってますよ」
地味な黒縁眼鏡に給仕服を着た女性――ぱうんどは綺麗なカーテシーを決めると、ぴんと姿勢を正して説明を開始する。
「まずは宿屋という点から。聞いているかもしれませんがここは【Gothic Rabbit】のクランホームとなります」
「あぁ、たしかにさっきウサが言ってたね」
「そうです。『クランハウス』のことはご存知ですか?」
「あー、名前くらいは」
少し考える素振りを見せた後、レイが首を横に振ると、ぱうんどは一度頷いてから言葉を続ける。
「ではまずそこから説明させていただきましょう。『クランハウス』とは主に三つの役割があります」
説明の最中、パウンドが手を二度叩くと他のメンバーがフリップのようなボードを手に持って整列する。
「え、これわざわざ用意したの?」
「こんなこともあろうかと」
「こほん。説明してもよろしいでしょうか?」
その様子にヒソヒソとウサに確認を取ったレイだったが、ぱうんどが分かりやすく咳払いをしたことで、慌てて姿勢を正して話を聞く体勢へと戻す。
「では1つ目。クランの共有財産というものを設定することができます」
そう言って一人目のメイドがフリップをオープンする。そこにはアイテムや¥マークの書かれた袋の絵が描かれていた。
「こちらのメリットとしましては、一人では難しい素材やお金の工面を比較的容易に達成できることでしょうか。当然信頼関係が成り立っているという前提がありますが」
・個人でもやりとりは出来るよね?
・その手間を省けるって感じ
・どちらかと共通倉庫っていうイメージかな
「へぇ、そんなのあるんだね」
リスナーからの補足にも目を通しつつ、レイはなるほどと感心する。
ぱうんどは特に疑問が出てこないことを確認すると、別のプレイヤーに目を向けて次のメリットを紹介する。
「二つ目はギルドホームをリスポーン地点に指定できるというもの――つまるところ宿屋になる、という意味です。これはギルドメンバー以外にも貸し出すことができ、ギルドの資金源として活用することができます」
次のメイドが掲げたフリップには大きな家に宿屋のマークが書かれていた。
「あぁ、ウサはこのこと言ってたんだね」
「そういうこと」
「最後はクラン特典というものです。そこそこクランのレベルを上げなければ使えませんが、ステータスに補正や場合によっては特殊なスキルを覚えることが出来るんです」
無表情で得意げに胸を張るウサの様子にレイは苦笑する。その間にも、最後のフリップが捲られており、そこに描かれた二頭身のキャラクターが力こぶを見せている絵と、耳に届いた解説に思わず目を見開く。
「そんな良い効果があるの!?」
・知らんかったんかい
・俺も知らんかった。友達いないから
・あ…
・泣くなよ
レイを置いて盛り上がるコメント欄。だが軽いカルチャーショックを受けているレイはそれどころではなかった。
「ここまでで何か質問は?」
「これは私もクランを造った方が……え?うん、大丈夫。すごくわかりやすかったよ」
ぶつぶつと呟き、どこか上の空だったレイの意識が、ぱうんどの言葉で引き戻される。
本格的に検討を始めたレイだったが、一先ずそれは置いておいて今現在の懸念事項に目を向けることにした。
「ということは客人としてここに泊めてくれるってこと?」
「はい、今回は無料でご利用して頂いても構わないと考えています」
とある単語が聞こえ、ピクリと眉を動かす。
「……なにか目的がある感じ?」
「流石レイ様、その通りです。我々はコンテストを本気で勝ちに行こうと考えております」
その言葉を待っていたかのようにぱうんどは本心を語り始めた。
「そのためにはお二人の協力が必要不可欠だという結論に至りました。かなりの時間拘束してしまう事になりますが……」
そこで一度言い淀むと含み笑いを浮かべながら自信満々の表情をレイに向ける。
「そこでもう一つ、交渉材料がございます」
「交渉材料?」
「はい、我々はワールドクエストの情報を一つ有しております。それをお教えしようかと」
・!?
・まじ!?
・は!?
あまりの爆弾発言にコメント欄から驚愕の言葉が溢れ出す。それを聞いたレイも冷や汗を感じながら聞き返した。
「……配信で言っちゃって良かったの?」
「それ位の覚悟だと思っていただければ」
余りにも冷静なぱうんどの姿をしばらく観察したレイだったが、やがてふっと息を吐くとニヤリと笑う。
「そこまで言われて断るとかはできないなぁ」
「ということは交渉成立ということでよろしいでしょうか?」
「うん。これからよろしくね」
レイがそう口にすると、ぱうんどは胸に手を当ててほっと安心したように息を吐いた。
「レイなら受けてくれると思ってた」
「ん?まぁ流石にね」
その様子にレイが微笑んでいると隣に座っていたウサが立ち上がりレイの手を取る。
「じゃあ行こう」
「行く……?何処に?」
「撮影部屋」
その言葉にレイはピシリ、と石のように固まる。
「え、いやじゃしんだけでしょ?」
「そんな筈ない。前の売り上げを見たらレイもやることは明白」
真顔でそう言うウサに唇の端をひくつかせながらぱうんどの方を見るレイ。
「いや、私はちゃんとお二人の協力だと言いましたよ?」
「ちくしょう、やられた!」
ニヤリと笑うぱうんどに悔しげな表情を浮かべたが、起死回生の一手を思いついたレイはじゃしんの方に向き直る。
「じゃしん!【じゃしん賛歌】だ!その間に逃げ――」
絶句したレイの視線の先にいたのは両手を頭で組みながら口笛を吹いて明後日の方向を向く相棒の姿。そこで完全に詰んでいることを否が応でも察してしまう。
・じゃしんは いうことを きかない!
・召喚獣www
・うっそだろwww
・まぁここで逃げたらレベル上げ地獄だしなぁ…
「さ、早く」
「う、うわぁぁぁぁ!!!」
がっしりと腕を掴まれ逃げることも封じられたレイは、絶望した表情を浮かべながらずるずると奥の部屋に引き摺られていった。
WORD【クランハウス】
クランを結成した際に相応のゴールドを支払う事で購入できる施設。
クランメンバーの人数、レベル、投資額に応じてレベルが設定されており、それに応じた機能が解放される。




