8-48 『神』の思考は理解と程遠く
「ふぁ~。おまたせおまたせ。ごめんね、昨日夜更かししちゃってさ」
「あ、いや、別に大丈夫っす」
パソコンのモニター越しに、一組の男女が顔を突き合わせる。
片や緊張した面持ちで背筋を伸ばす青年に対面するのは、眠そうに目をこする、それよりもさらに若い少女の姿。
一見、学生同士のやり取りのようにも思えるが、それは紛うこと無き大企業のミーティング風景だった。
「あれ、あの小太りのおじさんは?何でいないの?」
「中原さんっすか?なんか新しい企画の関連で会食に行ってるっす」
「あぁ、なんとかキングダムだっけ。それはどうでもいいや」
中原とは、夏目の代わりにプロデューサーとなった人物のこと。
少女としてはやけに下手に出てくるゴマ擦りがうまいおじさんという印象でしかないため、すぐさま話題そのものから興味を失う。
「それで今日は何について話すんだっけ、えっと、橋本くん?」
「あ、張本っす。これ三回目っすよ栞さん」
「あれ、ごめんごめん」
決して短くない付き合いであるにも関わらず、未だに名前を覚えてもらえないことに、張本と名乗った青年が嘆息すれば、栞と呼ばれた少女は全く悪びれない様子で謝罪する。
それに対して張本はもう一度、諦めたように大きくため息を吐けば、今回の議題について話し始める。
「えっと、まずは【演じるは王、たとえ道化になろうとも】がクリアされたことについてっす。当初の予定通り、各エリアに邪神の残骸と【邪神の先兵】を出現させるっすけど、これは問題ないっすか?」
「うん、それで」
最初に口にしたのは、あくまでも確認事項。それに栞が肯定を返せば、張本も特に反論することなく次の話題に進む。
「続きまして、ワールドクエストが3つ一気にクリアされた件についてなんすけど……上から色々せっつかれてるんですよね。何とか引き延ばせって――」
「あー、無理無理。そんなくだらないことやりたくないから」
「そっすか……」
次の議題は他でもない中原から指示され、なんとしても説得しろと言われた内容。
自分が言い辛い内容を部下に押し付けて逃げて行ったあの背中を思い出して、張本の腸がぐつぐつと煮えかえるも、栞はそんなこと知ったことかといわんばかりに即座に却下する。
「そんなことより、凄い盛り上がっていていいね!個人的にはようやくここまで来たかって感じだけど!」
「そんなことよりって……はぁ……」
そして、説得の言葉を挟む間もないまま栞がテンションを上げてしまったため、張本は疲れたように肩を落とす。
「このまま行く末を見守るのも悪くないけど、せっかく面白い状況だし何か手を加えたいよね……。畑中君はどう思う?」
「いや、だから張本っす。個人的にはこのままでもいいっすけど……イベントでも開くんすか?」
「イベント……イベントか。いいね、悪くない。【アーテナー渓谷】はともかく、他の二つはほぼ情報が秘匿されてるからそれを争わせて――」
問われた質問に何となく返した言葉だったが、それを拾った栞は何やらぶつぶつと考え込み始める。
その姿にしまったと顔を顰めるも後の祭り。また仕事が増えるんだろうなぁと若干の諦観を含めつつ、なんとか気を逸らそうと話題を振る。
「えっと、ちなみに本当に終わるんすか?ちょっともったいない気もしますけど……」
「は?……ふーん、君はそう思うんだ。私と随分、価値観が違うようだね」
そしてまた、余計な一言で地雷を踏む。
怒りとも呆れとも少し違う、冷たい雰囲気の笑みに当てられた張本が固唾を飲めば、栞は後ろのチェアに体を預けながら言葉を紡ぐ。
「きっと夏目君ならこう言うだろうね。新しいコンテンツを作るべきだって」
「……あー、確かに言いそうっすね――って」
その名前を聞いた瞬間、張本の顔が一気に強張れば、その嫌そうな顔を見て、栞は愉快そうに笑みを深める。
「おや、何か言いたそうだね?」
「……いや別に」
「良いんだよ、素直になって。お前が言うなよってさ」
「……」
まるで心を見透かされたように語り掛けてくる栞に、張本は遂に何も言えなくなる。その姿を嘲笑うかのようにクスクスと笑みを零した。
「あぁ、そういえばあの件だけど。お願いした通りに進めてくれてる?」
「……あの件って、例の『復讐者』についてっすよね?まぁ調査は進めてますけど……」
「あぁ、よろしく頼むよ。彼等の最終目的さえ知れればそれでいいんだ」
その時、ふと思い出したような態度で張本へと問いかければ、それに対する回答に満足げに頷く栞。
もはや隠そうともせず、不審げな表情を浮かべた張本は、遠慮なく理解できていない部分について質問した。
「あの、先手を打てばいいんじゃ?相手がだれかは分かってるんなら、自由にする必要もないでしょ」
「チッチッチッ、分かってないなぁ田中君は」
いや、だから張本……と名前を訂正するも、栞は全く気にした素振りを見せずに自身の考えを述べ始める。
「全部予定通りなんて、そんなの面白くないだろう?予想の外からアクションを起こしてくれるのが、私としてはなによりも嬉しいんだ」
「……件の少女もっすか?」
「そうだね。でも他の全プレイヤーも等しくその対象だよ」
やたらと話題に上がる、彼女のお気に入りのプレイヤーを頭に思い浮かべながらも、張本には彼女の考えがまるで理解できない。
正確には、言っている事は分かるのだが、どこか別の次元から見ているかのような、そんな得体の知れなさを強く感じていた。
「他に何か聞いておくことは?」
「え?あ、あぁいや、もう大丈夫っす」
「それじゃ、僕は寝るから。分かんないことがあったらメールでもしといて」
「は、はいっす」
「んじゃ佐藤君、またよろしく」
それだけ言い切った栞は、張本の言葉を待たずに通話を切る。
「もう原型ないじゃん……はぁ……」
それに愚痴を漏らしつつも、張本は耳につけイヤホンを外して姿勢を崩す。
相変わらず訳の分からない天才と、ゲームのゲの字も分かっていない無能な上司の板挟みに、彼の精神はギリギリの所まで追い詰められている。
「夏目さん何でいなくなったんすかぁ……早く帰ってこないと辞めちゃいますよぉ……」
だがそれでも、何もせず状況が変わる事などなく。
かつての上司に恨み言を吐きつつも、山積みとなった作業を消化するためにパソコンへと向かっていった。
[TOPIC]
NAME【張本優】
身長:183cm
体重:81kg
好きなもの:ゲーム、漫画、筋トレ
がっちりとした、体育会系のような肩幅をした童顔の青年。
『ToY』シリーズのプログラマーとして採用され、夏目と共にスタートアップメンバーとして活躍。
見た目とは裏腹にかなりのオタク趣味で、なおかつそれなりに人当たりは良いため、夏目なき今、中原の代わりに実質的なとりまとめ役を務めている……が、現場に全く顔を出さない上司の存在や、全く言うことの聞かない協力者によってストレスが限界どころか軽く突破しており、最近、後頭部に十円ハゲができてしまったことを気にしている。




