8-41 激闘の後に
強烈な一撃を受けた【ヨトゥン】がその場に制止する。
立ったまま微動だにしない姿はある意味で不気味ではあったが、それでもレイは頭上にあるHPゲージを見て満面の笑みを浮かべた。
「――勝った!」
その一言が示すように、彼女の視線の先にあるのは灰色となったHPゲージ。それはHPが尽きたことを証明しており、それと同時に【ヨトゥン】の体が光り輝き始める。
「我々の勝利だ!」
「レイさんがやりましたよ~!」
遥か下からは多くのプレイヤーから勝鬨が上がり、襲い来る吹雪は勢いを落としていく。
そして、【ヨトゥン】の体から放出された結晶がスターダストのようにキラキラと、彼等を祝福するように周囲を舞えば、やがて暗雲が消え去るのとともに、完全にその姿が消滅した。
・おめでとう!
・やるわ
・流石レイちゃん
「ありがと。でも今回の立役者は私じゃないからさ」
「ふぅ、ただいまにゃ」
「ぎゃう」
脅威が完全に消えてなくなり、晴れ渡った空を見ながら、レイはコメント欄の称賛の声に感謝の言葉を述べる。そこへ、役目を終えたニャルとじゃしんがゆっくりと近寄ってきた。
「うん、おかえり」
「ぎゃう~……」
「にゃんだ?もうへばったのかにゃ?」
「ぎゃう~。ぎゃうぎゃーう」
かなりくたびれた様子のじゃしんと、その背中に乗るまだまだ元気なニャル。対照的な二人の言い合いにレイは微笑みつつ、労いの言葉をかけた。
「二人ともお疲れさま。格好良かったよ」
「ふふん、当然ですにゃ!」
「ぎゃうっ!」
それに至極嬉しそうに返事をするニャルとじゃしん。彼等の間に和やかなムードが流れていると、不意に彼等の前にウィンドウが表示される。
[レイドボスが撃破されました。【愛猫剣ティソーナ】に能力が継承され、【霜刃のティソーナ】へと進化します]
・ティソーナ?
・なにそれ?
・どゆこと?
そこに書かれた内容に、それを見た全員が首を傾げる。すると、周囲を漂っていた輝きを放つ結晶がニャルの持つ剣へと集まっていく。
「むむっ?」
「あー、なるほど。ラストヒット判定はニャルだから、ニャルの剣に力が継承されたのか」
暫くして、ニャルの持つ剣が、ダイヤモンドのような美しい輝きを放つ刃へと変化する。
その一連の流れで、通知の意味に合点がいったレイだったが、強化を受けた本人は何やら申し訳なさそうな、微妙な表情を浮かべていた。
「私には必要にゃいんですが……。それに、これはご主人様が受け取るものでは……」
「そんなに気にしなくていいよ。そもそもニャルがいなかったらクリアできてないと思うし」
「ぎゃう!ぎゃうぎゃう!」
差し出そうとした剣をレイが首を振って拒否すれば、それを横から『なら俺に寄こせ!』とでも言いたげなじゃしんが掠め取ろうと手を伸ばす。
「はぁ?にゃんでポンコツにあげにゃきゃいけにゃいにゃ!」
「ぎゃう~!?」
「にゃふふ、ありがとうございますにゃ!大切に使わせていただきますにゃ!」
「うん、よろしく!」
それを華麗に躱しつつ、ニャルはレイへと満面の笑みで感謝の言葉を述べる。それにレイも満面の笑みを返すと、耳元に愉悦の交じった声が響いた。
「おめでとう、プレイヤー諸君」
「ッ!」
その声に顔を上げたレイの目に、パチパチと拍手をする黒づくめの男の姿が映る。
「良い物を見させてもらったよ。もっとも、ラストヒットは少し気に喰わないがね」
・あいつまだいたのか
・何様だよ
・まだなんかあるの?
相変わらず告げる言葉が何を意味しているのか理解できなかったが、それでもまだまだ何かを隠している様子にレイはスッと目を細める。
そんなレイの警戒態勢を感じ取ったのか、拍手をしていた方の男が降参とでも言わんばかりに両手を上げた。
「そんな怖い顔をするな。ここは大人しく去るよ。準備は整ったしな」
「何を言って――」
「じきに分かるさ。……お前は何か言っておきたいことはないのか?」
「……テメェだけは潰す。いい気になんのも今の内だ」
「だそうだ。楽しみにしているといい」
ここまで一言も発していなかったもう一人の存在から、明らかな敵意をぶつけられたレイは思わず言葉を失ってしまう。
その間に彼等の体が砂嵐に包まれると、逃げ道を塞ぐように展開されていた砂の壁と共に一瞬にしてその姿が消えてなくなった。
「なんだったんだろ……?」
・さぁ?
・考えるだけ無駄じゃない?
・ってかHP大丈夫なの?
「あ、やばっ。じゃしん、ニャル、降りるよ!」
結局何一つ分からぬまま、嵐のように去っていた存在にレイは首を傾げる。
彼等に嫌な予感を覚えつつも、考えても仕方がないと悟ったのか、コメント欄に流れた一言に従って急いで地上へと向かう。
「……結局お前がいい所を持っていくのか」
「あはは、悪いね。でも今回は私じゃなくてニャルだよ」
「ふん、同じことだ」
他のプレイヤー達が待つ元へと降り立てば、第一声に嫌味をぶつけてくるギーク。その姿に苦笑を浮かべていると、今度はイッカクが声をかけてくる。
「おめでとうレイさん。やっぱりすごいね」
「イッカクさん。いやぁ、それほどでも」
「ううん、すごいよ。あのタイミングでランクアップの条件を達成しちゃうんだから」
イッカクの言葉によって、後回しにしていた疑問が再燃したレイは、素直にその思いを呟く。
「あ、そうだ。でもなんで条件が達成したんだろ?」
「どうやら『100メートル以上落下する』というのが条件だったみたいですよ~」
それに会話に参加してきたスラミンが回答する。大方ギーク辺りから聞いたのだろう、そう判断したレイはもう一つの条件に付いても同様に訊ねた。
「そうなの?じゃあラスト一個は?」
「それは分かってないけど、恐らくHPがゼロになる、とかじゃないかな?」
・え?でもそれは試した人がいるんじゃ?
・ランク9にならなきゃダメとか?
・あー、すべてを手に入れてってそういう
「なるほど……」
自身に起きた事象とイッカクの言葉、そこからでたコメント欄の考察の3つを照らし合わせて思考を深めていくレイ。そこへ苛立たしげに腕を組んだギークが口を挟む。
「おい、あんまりぺらぺらと喋るな」
「え?でもレイさんは全部クリアしたしいいでしょ?」
「配信しているだろうが。それにこいつが最後に失敗しないとも限らん」
「はいはい、分かったよ」
まるで子供のように我儘をいうギークに肩を竦めつつも、イッカクは改めてレイに向きなおって健闘を称える。
「なにはともあれ、おめでとう。これで一番乗りだね」
「ありがとう、でも何だか申し訳ない気もするなぁ」
その惜しみない賞賛に、レイは言葉通りに頬をかく。
そこには自分一人の力ではないというのと、偶然によって手に入れた名誉であるという認識があったからだが、それは他でもない、ギークから一蹴された。
「はっ、今更だろう。少なくともここにそれを咎める者はいない」
「たしかに」
「そうですよ~」
「また一つ、お姉様の伝説が……!」
「これで我々にも箔が付くからな」
「みんな……そっか、そう思う事にするよ」
それに続く形で、多くのプレイヤーがレイに向けて肯定の声を投げかける。
周囲を見渡してもそれに異を唱える者はいないようで、レイはやがて苦笑と共に栄光を受け入れることにした。
「やぁやぁ、随分と盛り上がっているようだね!」
「えっ」
その時、レイの目の前に半透明の白いチャシャ猫が現れる。
「ノラ!どうしてここに?」
「そりゃもちろん、僕の後継者を一目見るためさ」
「にゃ?」
満面の笑顔で困惑するレイの顔を眺めつつ、視線を横にいるニャルへと移すと、これまた嬉しそうにスッと目を細める。
「……うん、随分といい目をしてる。これは期待できそうだ。それじゃ、いつもの場所で待ってるからね!」
必要最低限の言葉を投げかけつつ、すぐに消えていなくなるノラ。あまりにも突然な事に一瞬固まったレイだったが、隣にいたギークが催促する様に声をかけた。
「……だ、そうだが?」
「……うん、早速行ってくるよ。じゃしん、ニャル、もう少しだけ付き合ってくれる?」
「もちろんですにゃ!」
「ぎゃうっ!」
レイが二人に声をかければ、疲れを感じさせない気の良い返事が返ってくる。それに頷きを返した後、レイは最後の大仕事に向けて、ゆっくりと歩き出した。
[TOPIC]
WEAPON【愛剣ティソーナ】
彼にとってその剣は、生まれた時から共にあるもう一人の自分であった。
要求値:-
変化値:-
効果①:-




