8-38 我が身よりも大切な
「ぎゃーうー!?」
「くっ、これはピンチにゃね……!?」
吹雪に揉まれ、錐もみ状に宙を舞うじゃしんとニャル。じゃしんの背にニャルがしがみつくことで何とか離れ離れになることをふせいでいるが、今にもどこかに消えていきそうな儚さがあり、レイは酷く取り乱した様子で叫ぶ。
「なんで!?どうしてまだ宙にいるの!?」
・逃げ遅れたのか?
・この吹雪のせいかもしれん
・なるほど、状況が変わったのか
その理由を問えば、コメント欄からそれらしき答えが散見される。
確かに、改めて様子を窺えば、【ヨトゥン】の覚醒モードによって強まった吹雪が彼等の自由を奪い、それどころか更に上へ上へと運んでいるようだった。
「とにかくマズい……!みんなフォローを!」
「今やってる!」
「ダメです~!ヘイトがこっちを向きません~!」
ただ、それが分かった所で事態は好転しない。
レイが急いで周りのメンバーにフォローを求めれば、真っ先に状況を理解したギーク達【WorkerS】は、【ヨトゥン】の気を逸らすために最大火力をぶつけ、それに合わせる形で、【じゃしん教】の面々も火力を集中させるが、【ヨトゥン】は全く気に留めることなく、ただ一点を見つめていた。
「ッ、イブル!行くよ!」
「が、合点承知!」
もはや遠距離ではどうしようもないと判断したのか、自らが動くことを決めたレイがイブルの名を呼ぶも、スキルを発動させる直前で引き留めるように腕を掴まれる。
「ダメだ、突っ込んでも無駄死にするだけだよ!」
「分かってる!でもそんなこと言ってる場合じゃない!」
イッカクの正論に対して、それでもなりふり構わず、振り払って前へと進もうとするレイ。
当然、一番まずい状況なのはニャルである。ただ、その胸中では、さきほどHPの減少もなく凍ってしまったジャックの姿があった。
「もしかしたらじゃしんも……!私が何とかしないと!」
「っ、それは……」
じゃしんはダメージを受けない。だが、それはイコール不死身と言うことではない。
もし仮に、HPの有無にかかわらず即死させるスキルだったら。
もし仮に、じゃしんのスキルが機能しなかったら。
もし仮に、じゃしんのHPが尽きてしまったら。
脳裏に浮かんだ仮定に対する答えをレイは持ち合わせていない。それはその場にいる誰もが同様で、故に最悪の事態が思考にこべりついて離れない。
「今行かなかったら後悔する!だから――!」
「……分かった。そこまで言うなら僕も行く」
レイのゆるぎない決意に当てられたのか、真剣な表情で目を見返したイッカクは、未だ背後で震えているアポロに体を向けると、その額に自身の額を重ね合わせる。
「アポロ。お願いだ。一緒に飛んでくれないか」
「グル……」
「分かってる、怖いんだよね。でも大丈夫、僕が君を守るから」
アポロの怯えが混ざった鳴き声に対し、イッカクは優しく語り掛けるように、ゆっくりとその心をもみほぐしていく。
「彼女達には借りがあるんだ。ここで、それを返したい。そのためには、君の力が必要なんだ」
「……グルゥ」
「さすが、それでこそ僕のパートナーだ」
そして、心の底から告げられた願いを、無碍にすることはできないようだった。
諦めたようにぐりぐりと顔をこすりつけたアポロは、くるりと反転して、イッカクに自身の背に乗るように促す。
「おまたせ、行こう!」
「イッカクさん、ありがとう!」
「感謝はアポロに伝えてあげて」
「グルァ!」
イッカクからアポロに視線を移せば、『お前の為じゃないからな!』とでも言うように威嚇してくる。
すっかり元通りとなったアポロの姿にレイは苦笑いを浮かべつつも、すぐに真剣な表情でスキルの名を口にする。
「イブル!【邪法:黄泉ノ翼】!」
「アイアイさァ!」
イブルの返事と共に、彼女の背中にイブルが噛みつく。その瞬間、本の背表紙と表表紙の部分から黒色の炎のような翼が服出せば、レイの体を宙へと浮かび上がらせる。
「イッカクさん!私がヘイトを稼ぎます!だからじゃしん達を!」
「分かった!」
アポロに跨ったイッカクと並走しつつ、自ら危険な役割を買って出るレイ。それに短く返答したイッカクは、そのタイミングでレイから離れていく。
「イブル、あいつの目の前へ!」
「えぇ、それはいくら何でも……」
「ごちゃごちゃうるさい!じゃしんがいなくなってもいいの!?」
「あぁ、もう本使いの荒いお方でさァ!」
その後、イブルへと無茶苦茶な指令を飛ばせば、文句を言いつつも、イブルは風の流れに上手く乗って猛スピードで上昇していき、レイは瞬く間に【ヨトゥン】の眼前へと躍り出て、手に持った拳銃を放つ。
「このデカブツ!私が相手になるよ!」
それは、じゃしん達から視線を逸らさせるための行動。最悪、自分だけが倒れるのを良しとした捨て身の行動であり、身代わりとなるために側面へと回り込んだ……が。
「なん、で!こっち向いてよ!おい!」
レイが目の前でどれだけ動こうとも、【ヨトゥン】はただ一点、じゃしん達を凝視し続けている。
まるで眼中にないとでも言わんばかりの姿に、彼女は顔を歪め、喚きながらもトリガーを引いた。
「こうなったら、直接――!」
「ちょちょっちょ、ソイツは無理でさァ!」
やけになったレイが更に距離を近づけようとするも、それはイブルによって止められる。
「なんでさ!」
「そりゃご主人様じゃ無理――ッてあぶねぇ!」
「え?きゃあ!?」
きっと目を細めて告げられた追及の声に、イブルが困ったように言葉を濁らせた、まさにその時、ここまで静観に留めていた【ヨトゥン】がゆっくりと動き出す。
行った動作は、ただただ腕を掲げただけ。だが当たるだけで即死するとんでもない質量を持った物体であり、それを一早く察知したイブルがすぐさまその場を離脱する。
「ちょっと!何逃げてるのさ!戻って!」
「うるさい!ちょっと黙っててくだせェ!」
急いで距離を取るイブルはレイの言葉を遮るように怒鳴り声をあげて加速する。
荒れ狂う吹雪の中、迫りくる腕の射程圏外へ辛うじて逃れるも、その動きについて回るように、突風がレイ達に襲い掛かる。
「じゃしん!来てるにゃよ!」
「ぎゃうっ!?」
「ぐっ、じゃしん!」
「くっ、間に合わない……!」
錐もみ状に舞ったレイが見たのは、伸ばされた腕が今まさにじゃしんとニャルへと迫る光景。
救助を頼んでいたイッカクとアポロも、レイ達と同様に風に足を取られて上手く動けていないようで、誰一人としてそれを助けられる状況ではない。
「イブル!」
「そんなこと言われたって……!」
「ぎゃ、ぎゃう……」
今すぐ彼等の元に向かおうと、イブルに声をかけるも、その場で停滞したまま体は前に進まない。
その間にも、伸ばされた腕はじゃしん達を捕らえ、今まさに掴まれようと――。
「――チッ、世話が焼けるにゃね」
「ぎゃっ!?」
その時、じゃしんの背中をニャルが蹴飛ばし、じゃしんの位置が大きくずれる。
突風に乗ったというのもあるのだろう、ものすご勢いでその場を離れることに成功したじゃしんだったが、その代わりに残ってしまった者に向けて精いっぱい腕を伸ばす。
「ぎゃう!」
「ここは任せて先に行けってやつにゃ。大丈夫、ポンコツ……いや、じゃしんはもう十分強いにゃから」
だが、その短い腕では届くことはない。
どんどんと距離が離れていく中、儚げに笑ったニャルを閉じ込めるように、【ヨトゥン】の掌が包まれていき――。
「ご主人様のこと、任せたにゃよ――」
「ぎゃーうー!」
――そして、無慈悲な悲鳴とともに、あまりにも残酷な景色が眼前へと広がった。
[TOPIC]
MONSTER【積乱霰帝 ヨトゥン】
20xx年10月08日にリリースされた『ToY』パッチVer.2.13『災害級の支配者達』にて追加された超大型モンスター。出現と同時に白銀世界へと変わり、吹雪が舞う。
全長100メートルを超える、レイドボスの中で最も巨大な個体であり、それに見合う耐久力が特徴。
SPスキルである【積雪循環】は、一定の環境下で自動回復を可能とするため、継続ダメージで削りきることは不可能と考えてよいだろう。
『環境耐性ゲージ』によって発生する特殊状態異常の【極凍】は、発症した時点でデス扱いとなるため対策は必須。また、覚醒モード時の攻撃に関して、こちらは状態異常ではないものの、ダメージ軽減効果などは無視されるため、このモードに入った場合は基本的には遠距離攻撃での対処を推奨。




