8-34 雷公一擲
白き巨人の振るう剣と雷の化身の操る槍がぶつかり合い、周囲へと途轍もない衝撃波が発せられる。
「にゃにゃにゃ!?」
「ぎゃうっ!?」
・映画か何かですか?
・現地行っておけばよかった……
・本当に勝てんのかこれ
およそ人がたどり着くことのできない境地。尋常じゃないスケールで送られる剣戟は、じゃしんとニャルの体を吹き飛ばし、見るものすべてを魅了する。
そこに割り込むどころか近づくことさえ馬鹿らしくなる光景に、それでも歴戦の戦士達はじっと観察の目を向けて勝機を探っていた。
「……なんか、無茶苦茶な戦い方だね」
「肉を切らせて骨を断つ、と言えばいいのか?」
レイ達が注目したのは、【ヨトゥン】の戦い方。
【シャクラ】の繰り出す雷の槍に対してほとんどガードする姿勢を見せず、腕を突かれようが顔の一部を削られようがお構いなしに捨て身の姿勢を続けている。
それは【ヨトゥン】の特性である再生能力によるものが大きく、現に欠損した部位も降り注ぐ雪によって瞬く間に元通りとなっていた。
「……ねぇ、体を守ってない?というよりも……心臓?」
そんな中、レイは【ヨトゥン】の動きの違和感を指摘する。
型などあったものじゃない、なりふり構わぬ乱舞の中で、左胸――人間で言うところの心臓の部分に当たる攻撃だけは必ずガードしていた。
「心臓が弱点部位……ありえそうだな」
「もしかしたら、あそこは再生しないとかかも。試してみる?」
「いや。試してみたいけど、流石に今は止めとこう」
レイの指摘に納得をみせるギークとイッカク。また、イッカクからその検証に対する提案がなされるが、レイは状況が大きく変わるのを懸念して首を横に張った。
結局、特に手出しすることなく状況を見守ることに決めた各クランのリーダー達。その方針をメンバーに伝えていく間も、【シャクラ】と【ヨトゥン】の争いは激しさを増していく。
「もしかして、このまま削り切れちゃうんじゃない?」
・まさかの相討ち?
・理想的だな
・漁夫が最強ってわけ
先程プレイヤーと戦っていた時とは考えられない速度で削れていく二匹のレイドボス。
あまりにも都合のいい状況に、レイと視聴者が楽観的な感情を吐露すると、ギークがそれに待ったをかける。
「いや、そう上手くは行かないらしい。HPゲージをよく見ろ」
「え?あっ」
ギークの声にレイは改めて二匹のレイドボスの体力を確認する。すると、片方は目に見える形で減少しているのにも関わらず、もう片方は微減……どころかほとんど変化がないと言っても過言ではないようだった。
「回復分、【ヨトゥン】の方が有利なのか……。減ってないことはないけど…….ねぇ、このままいったらどうなると思う?」
「どうもこうも……【シャクラ】が先に倒れて、【ヨトゥン】の矛先がこちらに向くだけだろう」
「まぁそうだよねぇ……」
レイの問いかけに至極当然な回答を返すギーク。それはレイも想定していたようで、ギークと同じように疲れたようにため息をこぼした。
・【シャクラ】が倒れたらまずいの?
・マズイだろ。【ヨトゥン】がこっちを攻撃してくるんだぞ
・プレイヤーだけで倒さなきゃいけない
・今の減り方を見るに、半分も行かないだろうな
・【ヨトゥン】が倒れると、残るのはレイちゃん達だけ
「うん、流石に私とじゃしんとニャルだけじゃ勝てないかな……どうする……?【シャクラ】のフォローに入るべき……?」
今後想定される展開がコメント欄にて書き込まれ、レイも同意するようにその内容に苦悶の表情を浮かべる。
残された時間は僅か。その間になんとか打開策を……と必死で思考を回すレイだったが、そんな彼女を嘲笑うかのように事態は移り変わっていく。
「おい、来るぞ!」
「えっ、なにが――」
ギークの大声にすぐさまレイが顔を上げれば、閃光と同時に爆音が耳へと叩きつけられる。
ぼやける視界の中で掴み取った情報は、全体の四割を切ったHPゲージと、雷を纏って立ち上がった【シャクラ】の姿。
・自分で自分の雷を!?
・何が起こってんの!?
・シャクラが!シャクラが立った!
「あの姿は……」
「覚醒モードだな……前回と同じだ」
明らかに違う雰囲気を醸す【シャクラ】の姿に、レイが呆然とした様子で呟けば、スッと目を細めたギークがその姿について注釈を加える。
前回というのは【跋】のことを指しているのだろう、発狂モードに類似した形態変化だとレイは理解した瞬間、【シャクラ】の掲げた4本の腕へと、強烈な雷撃が直撃した。
「えっ!?」
・やったか!?
・勝ったなガハハ!
・いや、どう考えても違うだろ
青白い輝きを伴う雷撃は【シャクラ】の掌の上で形を変え、そして四本の槍となる。誰もがそれを大技だと確信する中、その切先のすべてが【ヨトゥン】へと向けられ――。
「あ――」
音と視界が、消え去る。
放たれた雷槍は目にも止まらぬ速度で【ヨトゥン】へと着弾。信じられない轟音とともに、強烈な閃光が周囲を包み込み、その場にいるすべての者の自由を奪い去った。
「あ、頭が……」
「ぎゃ、ぎゃうぅ……」
「これが【シャクラ】の本気……」
彼らが自由を取り戻したのは、数秒の時間が経った後。衝撃で揺らめく聖域内にて、誰もがその威力に言葉を失う。
当然レイも今の一撃が到底耐えられるものではなく、真正面から打ち崩すことが不可能だと本能で悟る。だが、何も悪いことだけではないようだった。
「……あ!【ヨトゥン】のHP!」
先の一撃によって両腕を欠損し、脇腹を抉られた【ヨトゥン】の頭上には、半分を切ったHPゲージの姿。
今も体の修復とともに徐々に増加しているが、初めて致命傷と呼ぶべきダメージに、レイは僅かに目を輝かせる。
「これをもう一回やれば……!」
「いや、ダメだ」
希望を含んだレイの呟き。だが隣にいたギークがそれを否定し、それを指し示すかのように【ヨトゥン】が行動を開始する。
・動いた!?
・今まで剣振ってるだけだったのに
・これマズイんじゃ……
四肢の再生が完了した瞬間、ただ大きく一歩、前に進む。それだけで【シャクラ】との距離を0にすると、腕を伸ばして【シャクラ】の体を掴んだ。
いくら【シャクラ】が50メートルを超える巨大と言えど、相手は優に倍を超えるサイズ。
加えて必殺技を繰り出した後の硬直も相まって、容易く自由を奪われると、そのまま果実を絞るかのように握り潰されていく。
「ヤバい!このままじゃ【シャクラ】が負けちゃう!ギーク!」
「分かってる!」
ひっくり返ったと思った状況が瞬く間に引き戻され、レイは焦ったようにギークの袖を引っ張る。
拘束された【シャクラ】もなんとかもがきながら自分ごと雷を与えているが、それでも【ヨトゥン】は手を離すどころかどんどんと力を込め、【シャクラ】のHPをガリガリと削っていた。
「せめてもう一発さっきのが当たれば……【ヨトゥン】を止める方法はないの!?」
「今考えてる!『きょうじん』こそなにかないのか!」
「それは……」
「あるじゃないか」
このままでは決着も近い……そう決断したレイがギークに問いかけるも、それは彼も同様で、返す刀で問い返される。
その声に明確な答えを持たないまま、つい押し黙ってしまったレイ。そんな彼女に、背後からとある男が声をかけた。
「え?トリス?」
「アイツを止めるのだろう?ならば適任がいるじゃないか。アイツと同じサイズになれる存在が」
「……あ」
「……ぎゃう?」
黒の甲冑を纏った青年が指を指した先を見て、彼の言いたいことをレイは理解する。ただその先にいる人物――いや、神は訳もわからぬと言った様子で首を傾げていた。
[TOPIC]
WORD【覚醒モード】
レイドボスのHPが一定数減少した際に起こる現象のこと。正確には姿の変更と必殺技を繰り出すことを指しているが、公式名称ではなく、ギーク命名したものである。
【天照大君 魃】 →大爆発の後、蒸気を纏い俊敏性が上昇する
【雷霆公主 シャクラ】→自らが雷を浴び、より強い雷撃を繰り出す。
【砂塵嵐王 セテカー】→砂塵が強まり、複数の砂嵐を周囲に展開する。
【積乱霰帝 ヨトゥン】→???




