8-15 目的地は下、さらに深く
イッカクとギークが並んで前を歩き、その後ろをレイ、ウサ、シフォンがついていく。
じゃしんとアポロ、それから化身も合わせれば総勢十一にも及ぶ大所帯だが、一際喧しいのはその中の二人だった。
「聞いてくださいご主人!このポンコツが言うことを聞かにゃいせいで酷い目に会いましたにゃ!」
「ぎゃう~!?ぎゃうぎゃう!」
「にゃにおう!?よくもぬけぬけと!」
「ぎゃう~!ぎゃうぎゃう!」
「バカ!アホ!間抜け!」
「ぎゃう!ぎゃう!ぎゃーう!」
「あー、もう!うるさいな!」
「にゃっ!?」
「ぎゃうっ!?」
先程の失態の責任を押し付けるように、互いに指をさし合って罵倒し合う二人。しばらくは静観していたものの、いい加減我慢の限界にきたレイが二人の頭にゲンコツを落とす。
「うんうん、二人は仲がいいんだね」
「どこがにゃ!」
「ぎゃう!」
・そういうところでは?
・息ピッタリかよ
・喧嘩するほどなんとやらか
ただそれでも懲りていないのか、ほのぼのとしたイッカクの言葉に同時に反論し、またしても至近距離での睨み合いを開始する。
「だめだこりゃ……」
・犬猿の仲だな
・まぁしょうがないよ
・ってか何この音?
「ん?音?」
頑なに変わらない二人の様子にレイが額に手を当てていると、コメントの指摘通り微かに聞こえる謎の音。それは前に進むにつれて大きくなっているようだった。
…………――ドドドドドドドドドドドッ
「うるさっ!なにこれ滝!?」
「あぁ!そうさ!」
・うるせぇ
・会話するってレベルじゃねぇぞ!
・なんも聞こえん
その音の発生源はなんとも巨大な滝であった。高さ数十メートルから放たれるとんでもない量の水は、地震と錯覚するほどの地鳴りを巻き起こし、音という音を全て上から塗り潰している。
「ここを降りるからね!」
「え!?なんて!?聞こえないんだけど!」
「ここ!ここから!下に!降りるから!」
「下……えっ、下って言った!?」
外の音に負けないよう、大声で叫ぶイッカクの言葉に二度聞き返した後、その意味をようやく理解して叫び返す。
「来れないなら置いてくまでだ!」
「うん!下で待ってるから!」
だが、ギークとその化身がレイを待つ事なく滝下へと飛び込めば、アポロの背中に乗ったイッカクがレイに笑顔を向けてその後に続いていく。
そうして置いていかれる形となったレイは信じられないと言わんばかりに目を開きつつ、すぐさま隣にいたじゃしんの体を掴んだ。
「ちょっ、じゃしん!出番だよ!」
「ぎゃう!?ぎゃうぅ……」
「にゃにしてるにゃ!さっきの失敗を取り返すにゃ!」
「ぎゃ、ぎゃうぎゃう!」
今までの経験からまともな扱いをされるとは思えなかったようで、じゃしんは嫌々と首を振りながらレイの指示を渋る。
そこへニャルがここぞとばかりに語気を強めれば、『うるせぇばか!』とでも言うように睨みつけるじゃしん。またしても一触即発の空気が流れる中、そこに待ったをかけるようにウサが口を開く。
「任せて。【どらごーん】」
それと同時にウサが〈アイテムポーチ〉から赤色のぬいぐるみを取り出して、空中へと放り投げる。宙へと投げ出されたそれはどんどんと肥大化していき、やがて3メートル大のフェルトで出来たドラゴンへと変身した。
「乗って」
「え、いいの?」
「もちろん」
「……じゃあ、お言葉に甘えて!」
「私も失礼しますね」
翼をはためかせて浮かぶ【どらごーん】の背中に乗ったウサがレイ達に向けて手招きをする。それに悩みつつも、好意に甘えることにしたレイは睨み合うじゃしんとニャルの首根っこを掴んで背中に乗った。
それに続くようにシフォンが乗ったのを確認すると、ウサはひとつ頷いて【どらごーん】の頭を軽く叩く。
「じゃあ、出発」
「ぎゃおおん!」
ウサの掛け声とともに大きく咆哮した【どらごーん】が一際大きく翼をはためかせると、滝から少し離れて降下していく。その途中、滝から弾かれた岩や倒木が飛来してくるが――。
「【聖結界】」
シフォンの発動したスキルによって【どらごーん】の周囲に正方形の結界が出現すると、壁となって飛来する物体を弾いていく。
「ん、ありがと」
「ふふっ、こちらこそ。乗せていただいてる身なのでこれくらいはしないと」
・こっちも息ピッタリだな
・これくらいのレベルが高すぎませんか?
・めっちゃ仲良くなってね?
・これレイちゃんいらないのでは……
「いやいや、そんなまさか……え?ないよね?」
ここ来た時からは考えられない微笑ましい二人のやり取りに、視聴者が一人蚊帳の外のレイを揶揄う……というよりは心配するようなコメントを残す。
最初は笑っていたものの、次第に『もしかしたら』という思いが強くなっていき、彼女の胸中をなんとも言えないモヤモヤが支配する。
「さすが、早かったね……って、どうかした?」
「……ううん別に。それで、ここは?」
「【アーテナー渓谷】の下層だよ。上級エリアって言ったほうが分かりやすいかな」
ただウサとシフォンのお陰で、大きな問題なく下層の地面へと降り立つことができていた。イッカクとアポロが出迎えてくれる中、レイは興味津々といった様子で周囲を見渡す。
そこは当たり前だが滝壺となっており、中心の水溜まりを囲うように円状に陸地が続いている。相変わらず滝による爆音が凄まじく、上とは違い太陽が届かない影響か、夜のような薄暗さとなっていた。
「ふむ、じゃあここでレベル上げをするってこと?というかギークは?」
「ううん、もう少し歩くんだ。ギークも先に行ってるよ」
レイがこれからのことを訊ねれば、イッカクは滝の方向に向かって歩いていく。
一見、行き止まりに向かっていくようなその行動にレイは訝しげな視線を送る。だが、イッカクの体は滝の側面から裏側へと消えていった。
「えっ」
「なにしてるの!はやく!」
予想外の展開に一瞬固まったレイは、イッカクの呼び声を聞いて慌てて同じルートを辿る。すると、右回りの陸地から滝の背後へと続く隠し通路を発見した。
・なんだここ
・こんな場所があったのか……
・知らんかった……
「ここは僕とギークが見つけた場所でね。あの大きな白い猫と出会ったのもこの先なんだ」
「そうなんだ……」
得意げに言ったイッカクはそのまま通路の奥へと進んでいく。なだらかな坂になっているその道は、奥に行くにつれて明かりを失っていく。
「さぁ、着いたよ。ここが最下層さ」
「随分と遅かったな」
やがて辿り着いたのは、少し開けたドーム状の空間。
先に待っていたギークがイッカクと正反対のことを言うのを聞き流しつつ、レイは少し警戒しながら呟く。
そこは、継承の儀で訪れた遺跡の中とひどく酷似していた。ただし、明かりは地面から溢れ出る溶岩のみのため、随分と怪しい雰囲気を纏っている。
「……随分と不気味な場所だね」
・なんかでそうじゃない?
・おどろおどろしい
・地獄みたい
視聴者と同様に、嫌な予感を抱いたレイ。それを肯定するようにイッカクが頷く。
「うん、僕もそう思う。それから、それは間違いじゃない」
イッカクが目を細めた瞬間、正面にある溶岩溜まりが僅かに揺れる。
「さぁ、来るぞ」
「あれは……」
その揺れはどんどんと激しくなり、全てを溶かす高温のマグマから迫り出したのは三ツ首の犬の頭。地獄の番犬が、侵入者であるレイ達を射殺さんばかりに睨みつけていた。
[TOPIC]
SKILL【聖結界】
聖人の慈悲は具現化し、弱者を守る盾となる。
CT:100sec
効果①:攻撃を防ぐバリアを展開(〈信仰〉× 10/dmg)




