8-4 やはり試練は容赦なく
・どうすんだこれ
・固まっちゃった
・気まずい……
「……ぎゃう?」
握手をやめたギークとレイはお互いが何とも言えない気まずさを抱えながら目を逸らす。それに気が付いていないのか、イッカクは『照れてるのかな?』などと呟きながら小首を傾げていた。
圧倒的な善意によるお節介によって、場の空気がこの上なくギクシャクする中、ようやく周囲の異変に気が付いたじゃしんがレイのお腹から顔を上げる。
「おっと、君がじゃしんくんかい?」
「ぎゃう?ぎゃうっ!」
「元気いっぱいだね。とても魅力的だし、人気なのも頷ける」
「ぎゃう~!」
ニコニコと笑顔を向けられながら告げられた称賛の言葉に、『見る目あるなお前!』とでも言うようにじゃしんは気分を良くすると、ふわふわと浮いてイッカクの下へと飛んでいく。
もしかしたら、自分のことを撫でさせてあげようとしたのかもしれない。恐らくじゃしんなりのお礼を行おうとしたのだが、残念ながらそれは突如現れた白銀の壁によって防がれた。
「ぎゃうっ!?」
「アポロ?」
その正体は、イッカクの背後にじっと控えていた龍によるものだった。
高さ3メートル程の痩躯に、燦然と輝く純白の体。鱗の一つ一つが宝石のように輝き、傷どころか汚れすら一つもない姿は、周囲の空気すらもオーラのように輝きを放ち、神々しさすら感じるほど。
背中からは巨大な翼が生え、臀部からは自身の体長と同等サイズの細長い尻尾が続いている。その近くには発達した後ろ足が二足歩行を可能にしており、翼と前足でイッカクを抱きしめるように包み込んでいた。
「ぎゃう~……ぎゃうぎゃう!」
「グルルァ……!」
「ぎゃ、ぎゃう……」
そんな見るからに強敵を前に果敢に噛みついていったじゃしんであったが、残念ながらチワワと龍では勝負にすらならないらしい。
鋭い睨みに加え、何故かじゃしん以上の怒りの感情を込めた威嚇の声に、一瞬にして弱気になったじゃしんが口をもごもごさせれば、それを見かねたイッカクが動く。
「こら、アポロ。仲良くしないとダメじゃないか」
「グルゥ……」
窘めるように一喝した後、優しくアポロの下顎を撫でる。それに気持ちよさそうに目を細めたアポロは、先程の怒りを容易に捨て去り、そのままねだるようにイッカクへと頭をこすりつける。
「そうそう、良い子だ。じゃしんくんも悪かったね」
「ぎゃ、ぎゃう」
ただ、イッカクから視線を送られる度にその背後からもれなく鋭い視線が飛んでくるため、じゃしんは気が気でなく、反応に困ったようにたじろぐ。
そんな一連の流れを見て、いつの間にか正気に戻ったレイが抱いたのは、じゃしんに負けず劣らずの異常性であった。異様とも取れる執着に若干引き気味になりつつも、思わず小声で視聴者へと訊ねる。
「あのドラゴンもユニークモンスターなんだよね?」
・そうだよ
・どこに行っても追いかけてくるらしい
・通称ヤンデレドラゴン
「ストーカーじゃん。よく我慢……って、付き纏われているって部分ではじゃしんも似たようなモノか」
「ぎゃうっ!?」
かなり簡潔だが、すっと理解できる特徴を聞いて、ユニークモンスターは全員こうなのかとレイはどこか親近感を覚える。
そんな呟きを耳聡く反応したじゃしんが『嘘だろっ!?』と言わんばかりに勢いよく振り返るが、レイはそれを華麗に無視して話を進める。
「それで、ワールドクエストっていうのは?どういう状況なの?」
「ん?あぁそれは……いや、説明するよりもか」
「そうだね。百聞は一見に如かずって言うし、レイさん、ついてきてくれるかな」
レイの問いかけに対して言葉を交わしたギークとイッカクは、方針が決まったのか頷き合うと、先導するように歩き始める。
「すごい人だかりだね。これ全部プレイヤー?」
「そうだ。【商人】のジョブを持つプレイヤーからしたら絶好の機会なんだろう」
「僕達も損はしないし、大歓迎だけどね」
そんな二人の後に続いて歩けば、周囲の人影はどんどん増していく。加えて、なにやら屋台のような出店もちらほらと現れ始め、ちょっとした催しのようになっていた。
「ぎゃう~……!」
「はいはい後でね。んで、これはどこに向かっているの?」
「もうすぐだ。ほら、見えてきたぞ」
空腹を刺激するような香ばしい匂いに釣られているじゃしんを捕まえつつ、レイが行き先を訊ねれば、ギークはすぐさま目の前に指先を向ける。
・何やれ洞窟?
・人工物だろあれ
・祠っぽくない?
そこにあったのは、地面から幾つかの石が盛り上がり造られた遺跡の一つ。ただ他の物と異なる点として、かろうじて原型を留めており、特別凝った装飾などはないが、綺麗に揃えられた岩が門のように構えられ、その先に地下への階段が続いている。
「ここは?」
「ワールドクエストが受けられる場所さ。この前、渓谷の狭間で弱った猫を助けたらこれが出てきたんだ」
「弱った猫?」
「うん、僕らの体よりも大きくて白い猫。大丈夫、すぐ会えるから」
投げかけた疑問に対して倍以上の気になる点が返って気がしたが、ニコニコと笑うイッカクからこれ以上何か聞き出せるとは思えず、レイは諦めたように遺跡の中を見る。
「意外と挑戦している人は少ないんだね」
「まぁ、今回ばかりは特殊だからな」
「意味深なこと言うね……まぁいいや、ちょっと行ってくるよ」
「あぁ」
「頑張ってね」
応援の言葉を背中に受けつつ、レイはじゃしんを連れて遺跡の入口へと向かう。
先ほどの人混みに反して遺跡には一切の人影なく、そのことを不気味に思いつつ階段を下っていけば、そう時間がかからない内に開けた空間へと辿り着いた。
「ここは……」
「おや、次の挑戦者かい?」
ドーム状の空間に乱雑に石の障害物が設置された広間を見渡していると、不意にレイ達を呼びかける声が耳に届く。その声の方向に視線を向ければ、そこにいたのは一匹のチャシャ猫。
その大きさは確実に3メートルを超えており、奥の台座らしき部分に悠然と横たわっていた。恐らく、この猫こそイッカクの言っていた存在だろう、間違いなくキーマンであると想定したレイは、いくつか対話を試みる。
「もしかして『聖獣』?」
「いかにも。僕の名前はノラだよ、よろしく」
「あぁ、よろ――」
「とはいっても、その力はもうほとんどを失いかけているんだけどね。残された時間は僅か、胸中は焦燥感でおかしくなりそうなんだけど、みんなそんな風に見えないって言うんだ。君はどう思う?」
「えっ、それはどう――」
「うんうん、そうだよね。だから早く後継者を見つけなくてはいけなくてね。そのためにこういう機会を設けているわけだけれども、おや?その子は僕の化身じゃなさそうだけど、本当に大丈夫かい?」
「いや、一回止まって――」
「まぁいいか。これから分かることだし。それを覚悟の上で来ているのだろうから、聞くのも野暮だったね。よし、じゃあさっさと継承の儀を始めよう」
「だからちょっと待っ――!?」
一度主導権を握られたら最後、永遠にしゃべり倒してきたノラにペースを崩されるレイ。それを引き戻す事が出来ぬまま、目の前にウィンドウが開かれる。
[World Quest]
【演じるは王、それが道化となろうとも】
・ノラの課す試練をクリアし、王の力を継承する
・報酬:???
※ワールドクエストが発生しました。これよりクエスト完了まで配信は出来なくなります。
彼女にとって見慣れた内容がいとも簡単に、あっけなく姿を現していた。
[TOPIC]
WORD【ヤンデレドラゴン】
イッカクの召喚獣であるアポロの通称。とある女性配信者の配信にイッカクがゲスト出演した際、親の仇の如く女性配信者を睨みつけては怯ませた挙句、戦闘中に事故を装って排除しようとした経歴から嘯かれるようになった。
他にも、絶対にイッカクから離れようとしなかったり、イッカクが敵のモンスターに触れるだけで嫌な顔をするなどエピソードは尽きないが、被害者であるはずのイッカクがなんとも思っていないため、その度数は日に日に増しているらしい。




