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8-3 その光、あまりにも眩しく


「ぎゃう~!?」


「おっと、しっかり掴まってなよ?」


 前方から向かってくる強い向かい風によって、肩に乗るじゃしんが吹き飛んでいきそうになるのを抑えつつ、レイは前方を見据える。


 そこは、切り立った崖の上だった。


 山というには傾斜はなく、かと言って平地というには高低差がありすぎる。


 その証拠に十数歩進んだだけで道は消え、大地を真っ二つに断絶する裂け目を覗き込めば、吸い込まれそうなほどの黒が支配していた。


 名を【アーテナー渓谷】。読んで字のごとく渓谷を舞台にしたステージであり、飛行系のモンスターが多く生息する、『ToY』屈指の難関ステージである。


「随分風が強いね。じゃしんじゃないけど、私も油断すると飛んでっちゃうかも」


「ぎゃうっ……!」


 お腹側に移動して力強くしがみつくじゃしんを一撫でしたレイは、目を細めつつ気持ち前のめりになって踏ん張る。そんな彼女の両腕に何者かが触れた。


「安心してくださいお姉様。私がしっかりと捕まえておきますから」


「大丈夫。私がいる」


 その犯人は、言わずもがな例の二人ウサとシフォン。相も変わらず牽制し合う様子にレイは辟易したように呟く。


「……暑いから。離れてくれない?」


「ですって。早く離れたらどうですか?」


「私じゃない。貴女に言った」


・両手に花じゃん

・これがハーレム系主人公ですか?

・そこ変わって


 ただその呟きさえも燃料に変え、バチバチと火花を散らす二人。それを視聴者も面白がっているため、味方がいない事を悟ったレイは諦めたように話題を変える。


「……はぁ、もういいや。で、【ブラーク遺跡群】はどっちに行けばいいんだっけ?」


「あっちですね」


「あれを渡る」


 レイの疑問に即座に反応した二人は、ほぼ同時にレイの腕を引いて歩きだす。


 さながら三人四脚の並びで真ん中のレイがこけないようにバランスを取りながらついていくと、やがて木で出来た吊り橋へと辿り着く。


「えっ、これ渡るの?」


 チラリと下を覗くも、底が見えることはない。強風の影響か簡素な吊り橋は大きく揺れており、どう考えても危険な状況にレイは恐怖で脚が竦んでしまう。


「そうですよ」


「もちろん」


「ちょ、ちょっと待って!心の準備をぉぉぉ!?」


 だが両端にいる二人はそんな様子に気付いた素振りも見せず、我先にと吊り橋へと足を踏み入れる。当然ながら両腕をがっしりと掴まれているレイも引きずられる形で前へと進んでしまう。


 いくら制止の声を叫んでも何故か二人の耳には届かない。最終的には声にならない悲鳴を上げつつも何とか渡り切ったレイは、力が抜けたのかその場でガクリと膝をついた。


「あれ、お姉様どうしました?」


「レイ?大丈夫?」


「……二人とも嫌い」


 ようやくレイに心配の声を掛けたウサとシフォンだったが、レイが涙目で睨みつけながらぽつりと呟けば、さながら雷にでも打たれたように硬直する。


「そ、そんな……」


「嫌い……」


・これは泣く

・えー、ダブルノックアウトです

・言い過ぎでは?


「自業自得でしょ。ちょっとは静かにしてもらわないと困るってば」


 魂が抜けたのか、放心状態で呟く二人に心配の声が上がるも、レイはまだ怒りが収まっていないのか冷徹に切り捨てる。


「そんなことより、ここが【ブラーク遺跡群】でいいんだよね?なんか【召喚士】が多い気が……」


 足の震えが収まったレイは、立ち上がって大きく深呼吸をした後、周囲の様子を見渡す。


 相変わらず崖の上ではあるものの、端が見えないくらいには広い空間であり、明らかに人工物と思われる石柱が建てられている。


 また多くのプレイヤーの姿が見え、ほぼすべてと言っても過言ではない程に、隣に四足歩行の猫のようなモンスターを連れていた。


・あってるよ

・言われてみれば……

・猫ブーム来てる?

・ワールドクエストに関係するのかも


「うーん、誰か説明――あ」


「ん?げっ」


 視聴者に訊ねても状況が良く分からず、首を傾げるレイ。ひとまず情報収集を……と言った所で、顔馴染みである青年と目が合った。


「久しぶり、ギーク」


「俺は会いたくなどなかったんだが……」


 軍服の青年ギークへとレイが満面の笑みで近づけば、それに反比例して顔が歪んでいく。ただ、ついぞ諦めたのか一度大きくため息を零すと、自分からレイへと話題を振った。

 

「また随分と派手に暴れたそうだな」


「あはは。でも今回は正直巻き込まれたようなもんだけどね」


「いつも、の間違いじゃないのか?」


 じろりと睨みつけてくるものの、その言葉に敵意はない。そのことにレイは『ギークも成長したんだな』と謎の上から目線の感想を抱きつつ、早速本題に移る。


「ギークがここにいる理由は、やっぱりワールドクエスト?」


「まぁな。そもそもワールドクエストを見つけたのは俺達なんだが」


「へぇ~……って、俺達?」


 その疑問と同時に、ギークの陰に隠れていた人物がレイの前へと躍り出る。


 どうやらギークは彼と会話していたらしい、その事に気がついたレイが視線を向けると、爽やかな笑顔を浮かべて自己紹介を開始する。


「どうも初めまして、イッカクです。レイさん……でいいんだよね?」


「イッカクって、確か【聖龍騎士団】の?」


「あ、知ってくれてるんだ。嬉しいね」


 照れ臭そうにはにかむ青年は茶色のパーマがかかった髪をしており、どこか人懐っこい犬を思わせるような雰囲気を醸し出していた。


 その姿にレイが初対面にも関わらずどこか親近感を抱いていると、突然イッカクは笑みを消して、その頭を深く下げる。


「えっ、どうしたんですか!?」


「まずは謝罪させてほしい。君の話も聞かずに、さも悪人のような扱いをしてしまったことを。そのせいで、随分と迷惑をかけてしまったみたいだ」


「えっと……?」


「……恐らく、『八傑同盟』のことだろう」


 真剣に謝罪の言葉を口にするイッカクに対して、レイが心底困惑した様子でギークへと視線を移せば、どこか気まずそうにフォローを加える。


「あー……いや、イッカクさんには何もされてないので別に――」


「いや、僕とギークが主導になって行ったことだから。彼を止める立場にありながら、それができなかった時点で同罪だよ」


「悪い、こういう奴なんだ」


 心の底から言っているのが分かるくらい神妙な空気を作り出すイッカクに、逆に申し訳なくなってきたレイが縋る思いで再度視線を送れば、ギークはすかさず助け舟を出す。


 ただそれが少し気に障ったのか、イッカクは一度顔を上げると、少し怒った様子でギークへと問い正した。


「ギーク、君も頭を下げるべきじゃないか? 僕達の罪だろう?」


「……そうだな。すまなかった」


 それが心に刺さったのか、それとも単に面倒臭くなったのか。ギークはその言葉通り素直に頭を下げ、それを見届けたイッカクも再び頭を深く下げる。


 その結果、残されたレイのみが困惑の渦に囚われてしまう。当初は理解が追いつかずに呆然としていたものの、次第に周囲がざわつき始めたことで慌てて我に返ると、必死で声を張り上げて謝罪を受け入れる。


「いやいや、もう気にしてないので!本当に!だから顔を上げてください!」


「……そうか、ありがとう。償いと言うべきかは分からないけど、困ったことがあったら何でも言ってほしい。微力ながら力になるよ」


「すまん……」


 何とか二人に顔を上げさせたレイが肩で息をすると、その耳に嬉しそうなイッカクの声とギークの小さな謝罪が届く。


 だが、これだけでは終わらない。


「じゃ、仲直りの握手をしよう!ほら、二人とも!」


「え?」


「いやそれは……」


 さも二人のためだと言わんばかりのイッカクの提案に、レイとギークは頬を引き攣らせる。何とか辞めさせられないかと思考するものの、爛々と輝く陽のオーラにあてられたのか、レイとギークはどちらともなくスッと手を差し出した。


「よし、これで完全に仲直りだね!本当に良かった!」


「なんか、凄いね……」


「すまん、悪い奴ではないんだ……」


 一人満足気に笑みを浮かべるイッカクと、そんな彼に聞こえないような声量でやり取りをするレイとギーク。


 奇しくもイッカクの思惑通り、二人の仲はより深まったようだった。


[TOPIC]

AREA【ブラーク遺跡群】

別名『名も無き遺跡群』。

NPCが存在しない【アーテナー渓谷】にある唯一の人工物。遺跡自体はエリア内にいくつか存在するが、その中でも最北端、一番遺跡の数が多い場所を指す。

遺跡の周辺はモンスターが出現しないため、セーフティエリアとしての役割と噂されていたが、今回ワールドクエストが発生したことで、それに関連したオブジェクトであることが発覚した。

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― 新着の感想 ―
[一言] 良くも悪くも一直線って事かイッカク ・・・つまり今回の聖獣は猪か!(暴論 なんか渓谷=底移動=馬って思考してたんよね(回毎に考えが手のひらドリル
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