7-39 全てを賭して
クランバトル。
その名通り、クランVSクランの対抗戦システムの事を指しており、クランでのもめ事があった際に使用されるシステムである。
仕様は至ってシンプルで、一方のクランの代表者(クランリーダーまたは副リーダー)が宣戦布告を行い、それを受けたもう一方の代表者が受諾することで、戦闘が開始される。
クランバトル中はリスポーン不可やエリア移動不可などいくつかの制約が付与され、最終的にクランリーダーないしは副クランリーダーを先に倒した方の勝利という実に分かりやすい代物だった。
ただし、実際にこのシステムを使用した戦いが行われることは極めて少ない。
「……何を言うかと思えば」
あまりに突拍子のない提案に、トリスは呆れたように鼻で笑う。それを受けてなお、スラミンは柔和な笑みを崩さない。
「え~?そこまでおかしなことは言ってないと思いますけど~?」
「ふざけるな。お前は今、クランを賭けろと言ってるんだぞ」
怒気を孕んで睨むトリスに、スラミンはそれが正解だと言わんばかりに笑みをさらに深める。
そう、クランバトルが盛んでない最も大きな理由はここにあった。
「なんだ、知ってたんですか~」
「当然だ。クランバトルの勝者は敗者のすべてを手に入れることができる。こんなにも無茶苦茶な内容を忘れられるわけがないだろう」
『すべて』とは、まさしくクランに関するモノ『すべて』。
クランの共有資産はもちろん、クランハウスにクランメンバー、果てにはクランに属する各個人が所有するアイテムや装備すらも対象にした『すべて』であり、まさしく極限のハイリスクハイリターン。
一度受けたが最後、どちらかが滅ぶまで戦い、システムによって逃げることも叶わず、最悪の場合、引退することになっても不思議ではない。これこそが、クランバトルの恐ろしい部分であり、形骸化してしまった最たる所以であった。
当然その事を理解しているトリスは、スラミンの提案を一笑に付して首を横に振る。
「話にならん。さっさと失せろ」
「何をそんなにビビっているんですか~?」
「調子に乗るなよ。こちらのリスクが大きすぎるだろうが」
「なるほど、負けるのが怖いってことですね~」
「そうじゃない。こちらに受ける意味がないと言ってるんだ」
「いやいや、ちゃんとありますよ~」
だが並べられる反論に対してスラミンは即座に言葉を割り込むと、そのすべてに反論を返す。
「『ここで全部終わらせられる』。とってもメリットだと思いませんか~?」
「……どういうことだ?」
「仮の話ですが~、もしここで断られちゃった場合、我々のこのやりきれない思いはどこにぶつかるんでしょうね~?」
ニコニコと笑いながら恐ろしいことを宣うスラミンに対し、トリスの眉がピクリと動く。
「脅しのつもりか?」
「いえ、どちらかと言うと予告ですね~。どっちに転ぼうと我々はあなた達を攻撃します~。それこそ、どちらが潰れるまで」
その言葉と共に、彼女の後ろに控える他の覆面達の顔が一斉に彼の顔を射抜く。
それが確かな覚悟を訴えかけているように感じたトリスは、思わず苦虫を噛み潰したように顔を歪ませた。
「それを穏便に一回の戦いで済ませてあげると言ってるんです~。とっても優しいでしょう~?」
「たわけたことを……」
仮にここで断ったとしても、状況は変わらない。
目の前の彼らはたとえすべてを失おうとも、自分達にひいては『聖女』にも刃が向かうことになるだろう。
その全てを防げればいいが、いかんせん【じゃしん教】の人数、戦力、感情などを含めた全貌が全く見えておらず、ゲリラ戦になれば守るものがあるこちらが不利になることは火を見るよりも明らかであった。
「トリス様、『聖女』様を呼んできましょうか」
「……あぁ、一応報告をしておいてくれ」
「かしこまりました」
だが、それでも首を縦に振れるほど天秤は傾いていない。
目の前に表示されている、『クランバトルを開始しますか?』と書かれたウィンドウを睨みつけていると、先程の巨大な騎士が耳元でそう囁き、トリスも小さく頷いて返す。
誰も近づけさせるなとの命令ではあったが、そうもいっていられる状況ではない。あとで頭を下げる覚悟を決めつつ、トリスは時間稼ぎを試みる。
「……分かった、少し時間をくれ。生憎クランリーダーではなくてな」
「え~?副クランリーダーでも権限はあるでしょう~?」
「我々が動くのはシフォン様のお声のみ、それ以上でも以下でもない。それに、こちらにも準備というものが――」
文句を言ってくるスラミンをけん制しつつ、トリスはふと違和感を覚える――どう考えても広間に集まっている【清心の祈り】のメンバーが少ないのだ。
理屈は分かる。何故ならトリス自身が指示を出し、街の警戒をするよう配置しているから。だが、その後確かに【じゃしん教】による騒ぎを察知し、呼び戻す指示も――。
「待て、あれは一体……?」
そこで気が付く、あの騎士は誰だと。
【清心の祈り】は人気クラン故、人の移り変わりが激しい。そのためトリスとて、すべてのクランメンバーを把握しているわけではない。
だがあの2メートルを超える巨体は嫌に目につく上に、声もかなり特徴的であった。
それこそ女性が無理やり低音を絞り出しているような声で、良く思い返してみればどこか聞いたことのある声質……そこまで思考し、トリスは勢いよく振り返る。
「誰かそいつを止めろ!『きょうじん』だ!」
その視線の先には2メートルを超える騎士の姿。
一直線に大聖堂の入口を目指しているが、どこか不安定そうにグラグラと揺れており、注視すれば明らかにその鎧が体に合っていない。
「チッ、バレたか!ミーア、ダッシュ!」
「そ、そんな急に言われても!」
当然その声に気が付いたその騎士は、すぐさま変装を解く。
身に纏う騎士の甲冑がポリゴンとなって消えたかと思うと、その中からはレイと彼女に肩車されたミーアが現れた。
「行かせるわけには――ッ!?」
他の騎士達が困惑して足を止める中を、レイとミーアは二人横並びになって走り出す。
その背中に向けて唯一剣を構えたトリスだったが、背後から感じた殺気にすぐさまその場を飛び退いた。
「意外と気付かれるのが早かったですね~」
「想定通り」
「貴様等……!」
振り返れば、やれやれと首を振るスラミンと、白い覆面を脱ぎ去って周囲に鮫のぬいぐるみを展開させたウサの姿。
最初からこれが目的だったことに気が付いたトリスが歯噛みする――も、時は既に遅し。
「みんな、よろしく!」
「は〜い、では『壁沼さん』、よろしくお願いします~」
いつの間にか大聖堂内に侵入していたレイが扉を閉めた瞬間、空から銀色に輝く巨大なスライムが降り注ぎ、大聖堂の入口を塞ぐように硬化する。
ようやく我に返った騎士達が立ち上がった銀の壁に攻撃を仕掛けるも傷一つ付くことはなく、簡単にはレイ達を追いかけることはできないようであった。
「さて、これで戦うしかなくなりましたが~。クランバトルはどうしましょう~?」
「……いいだろう、後悔するなよ!」
完全に手のひらの上で転がされたトリスは俯いたまま立ち上がると、静かに憤りをぶつけるようにウィンドウの『YES』を選択する。
『クランバトルが承認されました。これより、対戦が開始されます』
響きわたるアナウンスと共に、両軍が武器を取り走り出す。
【清心の祈り】VS【じゃしん教】。
お互いの信じるモノを賭けた、最大規模の宗教戦争が始まる。
[TOPIC]
WORD【クランバトル】
<メニュー>の<クラン>に存在する、一部のプレイヤーのみが使用できる機能。
クラン同士でいざこざが起きた場合の最終手段として想定されていたが、あまりにもリスクが大きすぎたためか、『ToY』の歴史の中でも両手で数えられるほどしか使用されておらず、どこかの『神』がつまらなさそうに唇を尖らせているとかいないとか。




