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7-23 宗教戦争、前哨戦


 陽はすっかり落ち、雲一つない空に天上の星が輝き始めた頃、普段は物静かでムードのある街並みが、今日ばかりは異様な雰囲気を放っていた。


「おい、ここに『きょうじん』がいるんだろ!」


「神とは何か、気になったことはありませんか?」


「何言ってやがる!誤魔化せると思うなよ!」


「世間一般では崇高な存在こそ神たり得るなどとありますが、我々の考えは違います」


「おい、いい加減にしろよ。遊びに付き合ってるほど暇じゃねーんだ!」


「【じゃしん教】における神とは『邪である』必要があります。つまり、俗物であればあるほどいいのです!」


「いや、だから!そんなの聞いてないんだけど!」


「立場を誇示し!周囲に崇拝を求め!その上で理不尽な目に遭う親近感!可哀想こそ可愛い!そう思いませんか!いや、思わない訳がない!」


「ちょっ、待っ――」


「そう!じゃしん様を信じれば救われるのです!いあ、いあ、じゃしん!」


「「「いあ、いあ、じゃしん!」」」


「ダメだこいつら話にならねぇ!」


 場所は【リョッカ】の街のほぼ中心部に存在する【じゃしん教】本部のビル。


 その前では全身を黒色に統一した覆面軍団と多種多様の装備のプレイヤー群が睨み合っており、百を優に超えるほどの声が喧騒となって周囲に響いていた。


「お疲れ様です電電さん。どんな感じですか?」


「ん、まぁ見ての通りって感じだな」


 プレイヤー達の怒号を意にも留めず、狂ったように合唱する覆面軍団。そんな中、ビルから出てきた一人が声をかける。


「見ての通りと言われても、いい感じに狂ってるなぁとしか……。みんな怒って帰っちゃたりしないんすか?」


「いや、そうでもないぞ。むしろ人は増えてると思う」


「えぇ……。こんな不毛なやり取りよくやるっすね……」


「そりゃここが最有力だからな。あんなユニーク武器見せつけられたら、そう簡単に諦めらんねぇだろ」


 どうやらその覆面プレイヤーは今来たばかりらしく、現状を把握してうへぇと嫌そうな声をあげる。それを見たもう1人の覆面は苦笑しながら言葉を続けた。


「とはいえ向こうから仕掛けるわけにもいかないからな。根気勝負ならこっちに分があるだろうよ」


「それはそんな気がするっすね!こっちの方が楽しそうだし!じゃあ俺もちょっと――ってん?」


 未だ熱狂しながら続くじゃしんコールに当てられたのか、途端に楽しそうな声を上げた覆面プレイヤー。ただそのタイミングで、プレイヤー群を割って先頭へとやってくる男達がいた。


「『聖女』様の命で参った。要件はただ一つ、『きょうじん』を引き渡せ」


 それは銀色に輝く甲冑を見に纏った軍団。その先頭に立つ男――トリスは目の前に立ちはだかる覆面軍団を見下ろしつつ事務的に告げる。


「じゃしん様の声を聞くのです。さすれば幸せは与えられるでしょう」


「そうか」


 先程と同様に煙に巻こうとした覆面に対し、トリスは短く返事をすると一切の容赦なく切り捨てる。


 まさかの出来事に周囲は絶句して言葉を失う中、トリスはまるで血を払うように手に持った剣を一度横に振ると、冷めた目つきで再び要求をする。


「もう一度言う。『きょうじん』の身柄を寄越せ」


「……『聖女』の側近ともあろう人間が街中で殺人なんてしてもいいんですか?」


「正義のためならば問題ないだろう。現に、これを咎める者などいない」


 その言葉に正気を取り戻した覆面の一人が、責めるような口調で言葉を刺すも、トリスは微塵も動揺した素振りは見せない。


 覆面達が強気だったのは、憲兵NPCの存在があるからだ。街中での暴挙を見過ごすことのない彼らの働きが牽制となり、多勢に対して優位を保てていた――筈なのだが。


「な、なぜ……?」


「言った筈だ、これは教皇の意志であると。それはつまり【リヨッカ】の民意そのものになる」


 トリスの行った強行手段に対し、いくら待てども憲兵NPCが来る様子はない。むしろ【リヨッカ】に住むNPC達の視線は称賛するような熱気を帯びているようだった。


「一体どういう……」


「我々は教会より街の治安維持の役割も任されている。流石にペナルティを課したりすることはできないが、下手人を成敗する権限があるのだ。『きょうじん』()を捉えるために動く我々(正義)を邪魔する者もまた悪であろう?」


 先ほどの勢いはすっかりと鳴りを潜め、混乱する覆面軍団に説明するトリス。それを聞き、先ほどまで押されっ放しだったその他のプレイヤー達も勢いを取り戻していく。


「抵抗するならばこじ開けるまでだ。さぁ、次はないぞ。『きょうじん』を引き渡せ」


「くっ!」


「待って」


 剣と同時に突きつけられた最後通告に対し、もはややるしかないといった様子で武器を構える覆面軍団。


 まさしく一触即発の状況の中、全員が待ち望んでいた少女の声が響く。


「それくらいにしておいてもらえる?この人たちは関係ないから」


「ようやくきたか」


 ビルの中から現れたのは他の覆面軍団よりも豪華な全身白の覆面プレイヤー。その隣にはふよふよと何かが浮いており、トリスはスッと目を細めて質問を飛ばす。


「お前が『きょうじん』か?」


「そうだよ。久しぶりって言えばいい?」


「世間話など必要ない。我々がここに来た理由は分かっているな?」


「もちろん。ここで戦ったって誰も得しないだろうし、そもそも面倒だし早く終わらせたいんだよね」


「賢明だな。ただその前に」


 肩を竦めてそう答える白い覆面に対し、トリスは剣を腰の鞘へと納める。だがその鋭い視線は未だ目の前の白い覆面に向けたまま、一つ命令を口にした。


「覆面を外せ」


「……何故?」


「疑り深い性格なのだ。悪く思うな」


 冗談めいた声のトーンだが、トリスの視線は『こいつは『きょうじん』ではない』と確信しているようであった。


 それを受けた白い覆面はぐっと押し黙り、数秒後諦めたように覆面に手をかける。


「……分かったよ」


 焦らすようにゆっくりゆっくりと被った覆面を上げていく。その場にいる全てのプレイヤーの注目を集めるかのような仕草にトリスがますます確信を強めていく中、端にいたプレイヤーが突然声を上げる。


「ん?1人逃げてねぇか?」


「え?……本当だ!まさかあいつ!?」


「追え!」


 その指の先には一人の黒い覆面とその隣に浮かぶお化けのようなローブ姿のナニカが人ごみを抜け出し走り去っていく姿があった。


「トリス様!」


「ふん、尻尾を出した――なっ!」


「ッ!?」


 そちらに気を取られた瞬間、白い覆面のプレイヤーは懐からダガーを取り出してトリスへと襲い掛かる。


 だがそれすらも読んでいたのか、トリスは即座に剣を引き抜いてダガーを受けると、白い覆面の腹を全力で蹴り飛ばすと、その勢いのまま黒覆面軍団へと吹き飛ばす。


「貴様らの考えることなどお見通しだ。次はもう少し上手くやるといい」


 もはやここに用はないと言わんばかりに吐き捨てたトリスは剣をしまうと周囲へと指示を飛ばす。


「念のため何班かこちらに残す!それ以外の者はついて来い!」


 そうしてトリスは何人かの騎士達を連れて逃げた一人を追いかけていく。


 大通りを抜けて細い路地へ、バシャバシャと水溜まりを踏みぬくような音を鳴らしながら、黒い覆面を先頭に鬼ごっこは勢いを増していく。


「人混みのせいで状況がよく分からないですね……」


「なに、人混みを追っていけばいずれ辿り着く」


 先行していたプレイヤー達の波に阻まれ、思うように進めないトリス達だったが、逆に言えば見失う可能性もまた少ないという事だった。


 それを証明するように現在進行形で追うプレイヤーたちの声が響き渡っており、いずれ袋小路になって捕まるのは時間の問題……そう考えたトリスだったが、ここでふと違和感のようなものにぶつかった。


「……妙だ。何故こちら側に進んでいる?」


「え?あぁ確かに。出入り口は反対側ですよね?」


 黒い覆面は【リヨッカ】の街の中心部へどんどんと入り込んでおり、自ら逃げ道をなくしているようだった。それに気が付いた瞬間、トリスはすぐさま踵を返す。


「陽動か。全員、引き返すぞ!今すぐ【ヘティス――」


 だが、走り出そうとした脚は前に進まない。


 まるで地面と接合してしまったかのような違和感に思わず目を向ければ、そこには水溜まりだと思っていたナニカに、自身の足が足首まで埋まってしまっている光景が映った。


「あら~、もう気付かれてしまいましたか~。もう少し引きつけたかったんですが~」


 背後を振り返れば、どうやら自身の部下達も同様に足をとられているようだった。その事に気が付いたトリスが舌打ちし、脱出方法を模索しようとしたその時、上空から間延びした声が投げかけられる。


「……スラミンか。一体何をした?」


「【スワンプマン】のスキル【底ナシ沼】ですよ~。攻撃はしてないので~、怒らないでくださいね~?」


 そこにいたのは黒いローブを着た眼鏡の女性と、その隣に立つ緑色の体をした顔のない人間。


 予め調査していた要注意人物を前に、トリスは嵌められたことを悟る。


「最初からこれが狙い、か」


「貴方さえ止めてしまえば~、あとは何とかしてくれると思うので~」


『ト、トリス様!こちらに『きょうじん』が現れました!しかし【じゃしん教】の面々が邪魔を――うわっ!』


 スラミンの言葉を証明するように、【じゃしん教】前に残った部下たちの報告がトリスの下へと届く。だが、それを聞いたとしても、すべて後の祭り。


「一筋縄ではいかないか……。正直舐めていたよ」


「うふふ~、褒め言葉どうも~。ま、死ぬことはないので~、ゆっくりしていってください~」


 【じゃしん教】vs【清心の祈り】。


 その前哨戦ともいえるNo.2同士の争いは【じゃしん教】に軍配が上がったようだった。


[TOPIC]

SKILL【底ナシ沼】

三歩進んでヤバいと気づき、一歩下がってもう動けない。

CT:600sec

効果①:フィールド『沼』を設置(継続時間:200sec)


field【沼】

効果①:1歩進むごとにスタック付与(x)

効果②:<敏捷>低下(1/x)

効果③:【行動不能】付与(x>=10)

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― 新着の感想 ―
[一言] スワンプマン「ぷるぷるしてたい(仕事放棄
[一言] >>理不尽な目に遭う親近感!可哀想こそ可愛い!そう思いませんか! 思いまぁす!!!(魂の叫び) >>「『聖女』様の参った 聞きたいね!
[一言] >それを証明するように現在進行形で追うレイヤーたちの声が響き渡っており、 ここはコスプレ会場だったか(あながち間違ってない)
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