7-22 きょうじんウォンテッド
「本当に、どうしてこんなことに……」
自室にて頭を抱え、呆然と呟く玲。
彼女の脳裏に焼き付いているのは、実際に燃え盛る木々の姿。結果的には起死回生の一手となったものの、それがどうでも良くなってしまうくらいには大変なことになっていた。
「そこら中で燃えてるよ……わーい、注目の的だぁ……」
目の前にあるパソコンのモニターには匿名の掲示板サイトが映し出されており、中には強く非難する声もちらほらと確認できる。
その言葉自体はレイにとって特に気にするほどのものではなく、『そりゃそうだよなぁ』と何処か他人事のように眺めている。
……というよりも、そうするしかないくらい、既に彼女の手におえる範囲ではなくなっているようだった。
「問題なのはコレだよなぁ……」
そう言ってマウスを数回動かすと、モニターに表示される画面はとある動画サイトへと切り替わる。
数秒後、自動的に再生された動画には、以前訪れた【聖ラフィア大聖堂】と、そこに立つ『聖女』の姿が映し出された。
『皆様、お集り下さり、ありがとうございます』
どうやら彼女の演説を撮影した誰かが動画をアップしたらしい、広間の階段の上、大聖堂の入り口前に騎士団を背にしながら立った『聖女』は、深くお辞儀をした後、物憂げな表情で聴衆を見つめる。
『今回お話しするのは、皆様もご存知の通り【ヘティス大森林】で起きた出来事についてです。トリス、よろしくお願いします』
『はっ!』
『聖女』が背後に目配せすると、彼女より頭一つ分背の高い、甲冑を身に纏った騎士が一歩前へと進む。
『昨日、とあるプレイヤーの使用したスキルにより森の一部が燃え盛った。それを受けて、【リーベ教】の教皇より、異端者を捕らえよとの命が下った!』
そのまま彼女の話を引き継ぐように口を開くと、仰々しくも端的に眼下にいるプレイヤーに通達する。
『もう一度言う!これは【リーベ教】からの依頼、すなわち世界の選択に相違ない!その証拠に、報酬もそれ相応の物が用意されている!』
トリスの説明と共に彼の背後に控えていた騎士の一人が両手を掲げれば、それを見たプレイヤー達があからさまにざわつき始める。
『これは教皇様より託された【神剣カラドボルグ】!『きょうじん』を捕らえた暁には、こちらを進呈して下さるそうだ!』
その手には銀色の鞘に収まった一振りの直剣。
派手な装飾もなく、一見すると地味に見えるが、太陽の光を浴びて燦然と輝く姿はまさしくユニーク武器の風格を放っており、プレイヤー達はどよめきを上げた。
『『きょうじん』様とは一度お話しさせて頂きました。私としては彼女が理由もなくそんなことするとは思えないのです』
思わぬ豪華な報酬にプレイヤー達の熱は伝播し、会場のボルテージがじわじわと上がっていく中、最後に『聖女』が静かに口を開く。
『ですから、彼女と話をする時間を私にいただけないでしょうか?きっと、きっと話をすれば分かり合えると思うのです』
それは、悲し気に目を潤ませた『聖女』の願い。
その心優しき言葉に、多くのプレイヤーが胸を打たれ、そして大義名分を手に入れる。
『皆様、私にどうかお力を貸してください』
再び頭を下げた『聖女』に浴びせられるのは、これ以上ないくらいの大歓声。
怒号にも思えるこれ以上ないくらいの声量と勢いをもって鳴り響く声はおよそ三十秒ほど続き、そこで動画がぷつりときれる。
それを受けて、当事者は。
「めちゃくちゃ悪人じゃん私……」
大きくため息を吐き、もう一度頭を抱えていた。
もはや何を言おうとこの流れは止まらないんだろうなと思いつつ、解決策を模索する。
「取れる選択肢は三つ……ほとぼりが冷めるまでログインしないか、自首しちゃうか、それとも逃げるか。ログインしないのは論外として……う~ん」
一番の安全策ともいえる方法は『ログインしないこと』なのは重々承知の上で、自身の楽しみが阻害されてしまうため玲は真っ先に切り捨てたようだった。
とはいえ、残りの選択肢もどう転ぶか分からず、玲は腕を組んで頭を悩ませる。
「……取り敢えず、ログインしてみてから、かな」
結局結論は出なかったようで、思考放棄ともいった様子で玲は『ToYチェア』へと腰を掛けて瞼を閉じる。
「ふぅ、さてと……ん?」
「ぎゃ、ぎゃうっ」
そうして数秒後にはレイとして目を醒ます。
【じゃしん教】のクランハウスのベッドの上から立ち上がると、すぐさまじゃしんがばつの悪そうな表情で近づいてきた。
「あーあ、またじゃしんのせいで……」
「ぎゃ、ぎゃうっ!?」
「ははは、嘘嘘。今回ばかりは気にしなくても大丈夫だよ」
「ぎゃ、ぎゃう~」
少しからかってやれば、『そ、そんなっ!?』と目を見開くじゃしん。
そんな姿が面白かったのか、レイは口元に手を当ててくすくすと笑うと、じゃしんは冗談だと理解したのか冷や汗を拭うように額を腕でこすった。
「あ、レイさんお疲れ様です~。また派手にやりましたね~」
「あ、スラミン。ごめんね、迷惑かけて」
「いえいえ~、ようやくレイさんの力になれるとみんな張り切ってますよ~」
そこへガチャリという音と共に室内へ入ってくるプレイヤー。
相変わらずほわほわと緊張感のない間延びした声を出すスラミンは、レイに向けて現状を説明する。
「とはいえ、もう既にここにも押しかけているプレイヤーは多くいてですね~。何とか対応はしているんですが~」
「えっ、もう!?……本当にごめん」
想像していたよりも早い展開に、レイは驚きつつも申し訳なさそうに眉尻を下げる。ただそれを受けてなおスラミンはからからと笑っていた。
「大丈夫ですよ~。それで、これからどうするんです~?」
「う~ん、自首しちゃうのが一番早いかなって。配信見てた感じ、ちゃんと説明すればどうにか――」
「いや、それはおススメできませんね~」
レイの中では一番穏便に解決できると思っていた案を口にすれば、スラミンは即座に一蹴する。そのことにレイが首を捻れば、スラミンは一つずつ順番にその理由を紐解いていく。
「どういうこと?」
「あくまでも予想になっちゃうんですが~、この騒動ってNPCが発端って言ってましたよね~?」
「あぁ、言ってたね」
それは、トリスの宣言にあった一言。それを思い返しつつもレイが肯定を返せば、スラミンもまた頷きながら説明を続ける。
「例えば憲兵NPCにキルされた場合~、レベルダウンのペナルティを受けますよね~?じゃあ『フェンガリ組』の場合、どうなるか覚えてますか~?」
「えっと、確か借金を背負わされる、とかだったよね?それがどうしたの?」
「はい~。じゃあこの教皇とやらが課してくるペナルティは何でしょうね~。レベルダウン?借金?もしかしたらないかもしれないし、原因となったじゃしんを取り上げるなんてのもあり得るかも~」
「あ……」
そこまで聞いたレイは、ようやくスラミンの言わんとしていることを理解する。
「つまりですね~、NPCからのペナルティはプレイヤー間同士のやり取りと違ってゲームシステム的な制約はないので~、いっちゃえば何でもアリってことなんですよ~。そんなもの、態々受けるのは怖くないですか~?」
「……確かにそうかも」
スラミンの言葉を理解して飲み込んだレイは、改めてリスクを考える。
そうして考えれば考えるほど、先程まで見えていた話し合いで解決するという選択肢が、まるで『鴨がネギを背負って歩いている』ように思えてきて、レイは自嘲気味に笑った。
「そっか、逃げる一択だったんだ」
「それが賢明かと~。それじゃあ早速、準備を始めましょうか~」
そうして方針の決まった二人は計画を立て始める。
決行は今夜、夜逃げという名の逃走劇が幕を開けようとしていた。
[TOPIC]
OTHER【NPCペナルティ】
特定NPCと敵対した場合、該当プレイヤーは指名手配され、捕らえられた後に発生するペナルティの事を指す。
例:憲兵NPC
指名手配条件:街中での攻撃モーション、及びNPCに害をなす
ペナルティ:レベルダウン(危険度によって増減)




