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7-13 調理の合間に


「で、なんでこんなことに?」


「なんでとは?」


 中央広間の喧騒から離れ、再び【じゃしん教】のクランハウスへと戻ってきたレイ一行。


 ただし、現在立っている場所は先ほどいた体育館のようなホールではなく、寧ろ家庭科室のような調理場が設置された場所であった。


「いや、なんででしょ。お菓子作りするのもそうだし、その設備がここにあるのもそうだし」


「このクランは優秀。鍛治スペースも裁縫スペースもある」


「談話室とか演習スペースもあるみたいですよ」


「なんでそんなに凝ってるんだ……」


・いいね

・そりゃいい家住みたいじゃん?

・偏に、愛だよ


 全身を覆っていた黒色のローブの代わりに、同色のエプロンを身に付けながらも、レイは困惑した声を漏らす。


 始まりはミツミの放った「やりたいことがある」の一言。それ自体は断るつもりもなく、二つ返事で了承したわけだが、この展開は流石に予想外だったようだった。


「ぎゃう!」


「君が一番やる気なのもよく分かんないしさぁ……」


「レイさんは嫌ですか……?」


「えっ、違う違う!そういう訳じゃないよ!?」


 やる気満々といった様子で目を輝かせるじゃしんに、レイはいつもの調子でジト目を向ける。


 それをマイナス方面に受け取ったミツミが落ち込んだように呟けば、レイは慌てて首を振る。


・あ~あ

・レイちゃん?

・見損なったわ……


「レイ」


「ぎゃう?」


「わ、分かってるって!さぁ、早く始めよう!」


 周囲からくる非難の声を浴び、レイは覚悟を決めたのか腕をまくる。


 それを見て、ミツミはぱぁと顔を輝かせると、楽しそうに説明を開始した。


「じゃあまずは生地作りからです!このバターを混ぜてください!」


「ぎゃうっ!」


 ミツミが取り出したのは銀色に輝くボウル。それと同時に差し出されたヘラを受け取ったじゃしんは、ボウルの中にあるバターを潰しながらかき混ぜ始める。


「じゃしんくん、上手!」


「ぎゃう~!」


・かわいい

・なんて平和なんだ

・もうこれだけでええ


 なんてことはない単純作業だが、ミツミは惜しみなく称賛の声を与え、それを受け取ったじゃしんは得意げになってますますやる気になっていく。


 そんな微笑ましい二人のやり取りを眺めつつ、手持ちぶさたのレイは先程の出来事について話し始めた。


「それにしても凄いんだね『聖女』って。見た目も声もすごい綺麗だったし、立ち振る舞いがすごい様になってて感心しちゃった」


・ね

・思った

・オーラがあるわ


「シフォンはいつでもあんな感じ」


 先程であった女性を思い返しつつ感想を述べれば、思わぬところから声が上がり、レイは驚いた様子でそちらに目を向ける。


「え?ウサ知り合いなの?」


「昔、装備を提供したことがある。知り合いというほど仲がいい訳ではない」


「へぇ、そうなんだ」


 相変わらずの顔を広さに、驚き半面、ウサだからと納得の気持ちがもう半面を占めていた。


 そんな視線にウサのどや顔が炸裂しており、レイはそれに苦笑しつつ、別方向へと視線を向ける。


「でもまさか、本当にワールドクエストの情報を握っているとはね。流石の情報網……といいたいところなんだけどさ」


「いいんです褒めなくて~……どうせ私は主人公にはなれない存在なんです~」


 そこには机に突っ伏した状態でさめざめと泣くスラミンの姿があった。そんな姿に呆れた視線を向けたレイが、励ますように声をかける。


「もう、落ち込みすぎだってば」


「そりゃ落ち込みますよ~。調子に乗ったくせに手のひらの上で転がされたんですから~。ダサすぎますもん~」


・ダメだこりゃ

・実際ダサい

・ねぇ、どんな気持ち?ねぇねぇ


「やめなってば。それよりもシフォンさんだっけ?彼女について教えてほしいな。たしか職業も【聖女】なんだよね?」


 さながらスライムのような無気力状態に陥ったスラミンに、視聴者から容赦のない言葉が浴びせられる。


 それを制しつつも、レイは隣に腰を掛けて優しく質問すると、スラミンはゆっくりと顔をこちらに向けてそれに返答した。


「ですね~。能力はバフ系だとか回復系だとか言われていますが~、詳しい内容はあんまり分かっていないんです~」


「へ?そうなの?」


「彼女はRP重視。だから能力もすべて『神の加護』と説明する」


 要領を得ない回答にレイが目を丸くすれば、レイの隣に座ったウサが補足を加える。


「戦闘関連は基本的に『誓いの騎士(オウス・ナイツ)』の方達が対応しますからね~。ただ彼らが強いのは確かです~」


・あの取り巻き連中?

・そう、聖女バフを受けてるって噂

・集団戦ならWorkerS並って聞いたことある


 それに続くように、スラミンは『聖女』の近くにいた騎士達の説明につなげる。その内容を聞いた視聴者からも噂話程度ではあるが説明が追加され、レイは興味が惹かれたのか何度も頷いていた。


「へぇ、ちょっと気になる。動画とかあるかな?」


「確かエリアボスを討伐している姿が残ってたと思います~」


「本当に?じゃあ見てみようっと」


 ますます気になる情報を手に入れたレイは、頭の中のやることリストに一つ書き加える。そんな中、何か腑に落ちない事があるのか、スラミンが首を捻りながら疑問を口にした。


「それにしても~、なんでまだ『八傑同盟』とか言っているんですかね~?」


「本当に。不思議」


「ん?どういうこと?」


「あれ、レイさん知らないんですか~?ちょっと前に解散宣言してましたよ~?」


「は?」


 スラミンとウサが分かり合っているため、レイがその理由を尋ねれば、返ってきたのはかなり想定外の内容であった。


 意識外から殴られたような衝撃にレイは一瞬フリーズした後、呆然とした様子で呟く。


「全然知らないんだけど……」


「【WorkerS】のギークさんが謝罪動画出してました~。レイさんにも謝ってましたよ~」


「なにそれ。直接言ってくれればいいのに」


 まさか預かり知らないところでそんなことになっているとは露にも思わず、どこか仲間外れにされたように感じたレイは唇を尖らせる。


 色々とギークに思う事はあるようだが、取り敢えず、脳内のやることリストに追加されたことは間違いないようであった。


「そうなると、何でワールドクエストについて話したんだろ?あの理由って嘘になる?」


「嘘って程ではありませんが~。義理立てするほどのものでもないですよね~」


・確かに

・教えても追いつけないだろうとか?

・ハッタリ説

・聖女RPだし、清廉潔白で行きたいんじゃね?


 それを踏まえて、改めて『聖女』の言葉を吟味すれば、確かに違和感を覚えた。


 『八傑同盟』が崩れ去っているのであれば、突っぱねることも出来た筈なのだが、それでも敢えてその名を口にした理由が分からない。


 視聴者からもいくつか憶測が上がるが、いまいちピンとくるものはなく、やがて諦めたようにレイは天を仰ぐ。


「う~ん、分からん。でも結局待つしかないんだよね?」


「そうなりますね~。ただこっちでも、もう少し調べてみますよ~。このままだと悔しいので~」


 結局、今できるのは受け身の姿勢で待つのみであると結論付けるレイ達。


 そこへ、チーンという高い音と共に、甘い匂いが室内に香り始めた。


「皆さんできました!じゃしんくんお手製のクッキーです!」


「ぎゃう!」


 そしてパタパタと小走りで駆けよってくるじゃしんとミツミ。その手にはトレイが握られており、じゃしんの顔を象ったようなクッキーが置かれている。


「丁度良いから、お茶会でもしますか~」


「お、いいね」


「賛成」


 それに合わせてスラミンは重い腰を上げて、飲み物の準備に取り掛かる。


 この先何が起きるかは分からないが、今はこの平和を堪能することに決めたようだった。


[TOPIC]

WORD【じゃしんクッキー】

【じゃしん教】共同出資者に当たるミツミが、じゃしんと共に開発したクッキー。

効果はなく、ただただじゃしんの形をしているだけの何の変哲もないクッキーなのだが、これが【じゃしん教】で爆発的大ヒットを記録、それは【じゃしん教】だけにとどまらず、その他プレイヤーにも広く愛されるようになった。まさしく、【じゃしん教】内における最初のヒット商品と言えよう。

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― 新着の感想 ―
[一言] さらば八傑同盟 それはそれとして単純に聖女とその仲間達が解散知らないだけとかかねぇ 昔はたまーにクッキー焼いてたなぁ・・・なつかし
[一言] 危険人物の定義からして迷惑プレイヤー以外(レイちゃんとか)も含まれてておかしかったし、解ってる範囲でもクラン毎にスタンスがバラバラで半ば烏合の衆だったとはいえ、全クランが登場する前に解散しち…
[一言] 焼きたてのクッキーは美味いんだよなぁ! もう何年食ってないかなぁ・・・食いたくなってきた! オーブン買わなきゃ(錯乱)
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