1-21 月の光に激しく昂る⑥
「それで、レイさんは私に一体何の用なんですかね?」
「なんで急に敬語なの?」
「え?本気で言ってる?」
人通りのない裏通りにて、レイとリボッタはドラム缶に腰を掛けて相対していた。急に態度を変えたリボッタにレイは首をかしげる。
それに対して、正気を疑うような視線をリボッタが浮かべたものの、それに対してレイが何か変わることはなかった。
「とりあえず、気持ち悪いから敬語やめてほしいかな」
「……はぁ、勝手だな。分かったよ」
反抗しても無駄だと感じたのかリボッタはレイの言葉に素直に従う。それに対してレイは満足げに頷くと本題を切り出した。
「おっけぃ。じゃあまずはこれ受け取ってよ」
「あぁん?なんだこれ?」
レイが麻袋をリボッタに向けて投げるとそれをキャッチする。重みのあるそれに対して疑問が浮かんだリボッタだったが、中身を見て驚愕した。
「はぁ!?なんだこの金!」
「まぁちょっと稼ぐ機会があってね。この前の迷惑料だと思ってよ」
レイの笑顔に胡散臭いものを見るような疑いの目を向けるリボッタ。
「信じられないんだが……」
「そんなこと言わないでさ、ほらビジネスって信用が大事でしょ?」
かつて取られたアイテムと同等か、それ以上の金額に一瞬受け取るのを躊躇ったリボッタだったが、やはり魅力的だったのかほどなくしてそれを懐にしまった。
「まぁ、そういう事なら……ただこれで許したと思うなよ」
「ん~、まぁそれで良いよ。で、こっからはお願いなんだけど」
レイのねだるような声にリボッタは死ぬほど嫌な顔をすると、先ほどしまった麻袋を突き返す。
「断る!返す!」
「もう受け取ったから無理です~。ってか話くらい聞いてよ」
まったく受け取ろうとしないレイを見て早まったかと後悔したリボッタだったが、ため息を吐くとドラム缶に腰を掛け直した。
「……言ってみろ」
「教えて欲しいことがあって。あの首飾りってどこで手に入れたの?」
レイが尋ねるものについて心当たりのあるリボッタは、何のことかなんてとぼけたりはしなかった。
「【三日月の首飾り】の事か?」
「そ。まだ仮定の話なんだけど、もしかしたらワールドクエストに続きがあるかもしれなくて」
その言葉にリボッタは驚いたような顔をすると腕を組んで考え込む。その顔は先ほどまでの情けない表情ではなく商人の顔をしていた。
「俺のメリットは?」
「ん?」
「ビジネスなんだろう?当然こっちにもメリットがないと困る」
ようやく交渉の場に乗ってきたリボッタに、レイはニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「もちろん。ワールドクエストで手に入れたアイテムの中から1つだけ貰うことが出来るってのはどう?」
「俺が選んでいいのか?」
「当然」
即答したレイにリボッタはもう一度リスクとリターンを計算する。そしてレイと同じようにニヤリと笑った。
「OK、その話乗った」
そういうとリボッタは右手を差し出す。それに対してレイは――。
「いや、女の子の手を握りたいとか引くわ……」
「なんでだよ!握手する流れだったろ今のは!」
最後までどこか締まらない2人だった。
◇◆◇◆◇◆
カツカツと錆付いた階段を上がる音を響かせながら、レイは十階ほどの階段を上っていく。
やがて辿り着いたのはこれまた錆びついた鉄の扉。レイはそのドアノブに手をかけると躊躇なくドアを開けた。
「お邪魔しまーす」
その先には長い一本道が続いていた。目に映るすべてがボロボロで不気味な雰囲気を醸し出しており、レイの宿泊する宿屋よりも数倍汚く、もう既に使われていないのだろうと推測する。
「いいねぇ、この雰囲気嫌いじゃないよ」
異様とも言える雰囲気に、レイは不敵に口の端を吊り上げると、全く怖がる様子もなく歩き始める。
足元には腐った木材が転がり、天井には無数のクモの巣、空気中には埃が満ちた劣悪な環境に顔を顰めながらも、やがて最奥へ辿り着くとそこで片開きの木のドアを見つける。
「さてと」
一度ドアの前で立ち止まったレイは大きく深呼吸すると一言呟いて気合を入れ直す。そして意を決した彼女はドアノブに手をかけると、ガチャリとドアを開けた。
部屋の中は廊下の様子とうって変わって綺麗に整えられていた。どこかムーンライトファミリーのアジトに似た雰囲気を感じたが、正面奥の窓の手前に置かれた机と椅子以外は何も置かれておらず、酷く殺風景に感じる。
「よく来たな」
廊下の様子とうって変わり、部屋の中は綺麗に整えられていた。机と椅子の必要最低限の家具しか置かれておらず、ひどく殺風景にレイは感じる。
扉の正面には向かい合う形で机が設置されており、その奥には逆方向を向いた人物が椅子に座っている様子が窺えた。
「一人?てっきり黒ずくめのスキンヘッドが出てくるとでも思ってたんだけど」
「あいつ等は関係ないからな。今回は外れてもらった」
そう言って椅子ごとくるりと振り返ったのは、【スーゼ草原】で見たラビカポネと似た見た目をした黒色の兎だった。
顔もラビカポネの色違いだと認識できるくらい似ていたが、どこか飄々とした雰囲気を感じられるし、その服装も真逆の白色をしている。
「あなたがラビー・アルカッドでいいんだよね?」
「あぁそうだ。教えたのは……リボッタあたりか」
予想通りの展開にレイは心の中でガッツポーズをする。いきなり始まったのは少し予想外ではあったが、まぁ遅かれ早かれこうなるだろうと覚悟していたため驚きは少ない。
あとはワールドクエストの概要を聞いて攻略を進めていくだけ、とレイは考えていたが残念ながらそう上手くはいかなかった。
「ここに来たってことは準備が出来たってことでいいんだよな?」
「へ?」
てっきりこれから説明してもらえると思っていたレイは素っ頓狂な声を上げる。
「いや、まずは状況を――」
「時間がない。早速出るぞ」
その言葉を聞く前にラビーは立ち上がると、レイとすれ違う形で扉から出ていく。
「え?本当に?ちょっと待ってよ!」
呼び止めるがラビーに振り返る様子はなく、レイは状況が掴めないままその背中について行くことしかできなかった。
[TOPIC]
NPC【ラビー・アルカッド】
ムーンライトファミリーの一員であり、首領アルカポネの兄弟分。
どこか気楽な飄々とした掴みどころのない性格であり、アルカッドの力と人柄に惚れ込んでその下に付いた。
だがある事件によって、袂を分かつことになり、その影響か顔には陰りが見える。




