7-10 『聖女』は誰とか為す
「じゃしんくん、どっちが良いと思う?」
「ぎゃう~……」
【リヨッカ】の街のとある通り。本通りから少し外れた閑散とした場所に存在するとある菓子屋の前で、一人の少女と宙に浮いた怪しげな黒いローブがガラス越しにケーキを眺めていた。
そんな姿を遠目に見つつ会話するのは、これまた怪しい集団。
「この格好であんまりうろつきたくないんだけどなぁ」
「そんなこと言わないでくださいよ~。我々の正装なんですから~」
「これは慣れるしかない」
「嘘でしょ……って着てない人が言う?」
一人は真っ白の先端が尖った白い覆面で顔を隠し、それと同色のローブで身を隠す少女、レイ。その隣には似たような黒いローブを纏ってはいるものの、顔は出したスラミンと、いつも通りのゴスロリ姿のウサの姿があった。
「それで、さっきの話を詳しく話してもらえるんだよね?」
「もちろん~。そのために外に出てきましたから~」
・さっきの話って?
・ワールドクエストだよ
・半ば信じがたいが……
どうやら彼女達は買い物をしている二人を待っているらしく、手持無沙汰で暇を持て余しているのか、レイは先程した話を振る。すると、そこに視聴者から懐疑的なコメントが飛んだことで、レイは肩を竦めた。
「私だってそうだけど、嘘を言うメリットもないかなって」
「そうですよ~。我々は【じゃしん教】ですから~」
・嘘ではないんだろうけど嘘くさいな
・いつか裏切りそう
・で、結局これから何するの?
「む、失礼ですね~」
無礼なコメントに対してスラミンが頬を膨らませる。ただそれを見たレイは言わんとすることが分かるのか、誤魔化すように曖昧に笑った後、本題へと舵を戻す。
「【ブラウ】でのワールドクエストをやったことがある人なら分かると思うんだけど、ストーリー上重要人物と思われるNPCが三人いるんだよね」
・三人?
・まだそこまで行ってない……
・『英雄』のこと?
「そうそう。『勇者』と『賢者』と『聖女』、この三人はストーリーに関わってくるだろうってのが、今話題になってるんだよね。となると、そこに関連する場所にワールドクエストの秘密が眠っている可能性が高いだろうって話になるよね?」
「その通り、今回はその中の一人、『聖女』に関するものです~」
あらかじめ持っていた情報を口にして、レイが確認を取るように流し目を向けると、スラミンはそれに一度頷いてから説明を引き継ぐ。
「『ToY』の世界にある唯一と言ってもいいNPC主体の宗教、その名も【リーベ教】。NPC、プレイヤー問わず多くの信徒を抱えている、紛うことなき最大派閥です~。【じゃしん教】が発展するための一番のライバルと言っても過言ではないでしょう~」
「間違いない」
「……まぁそれは好きにやってもらうとして。【リーベ教】はどう関わってくるんだっけ?」
スラミンの言葉に同調するようにウサが頷く。それに対して話が逸れる予感を感じ取ったレイは、すぐさまその流れを断ち切るようにスラミンへと問いかけた。
「そうですね~、ベータ時代の話なんですが、【リーベ教】では【清らかな乙女に告ぐ】というクエストが受けられたんですよ~」
・なにそれ?
・あ~、あったなそんなの
・めっちゃ文句出たやつな
【清らかな乙女に告ぐ】。まだ『ToY』の世界が始まってから間もない頃に発見されたそのクエストは多くの物議を呼んでいた。
クエスト内容は【リーベ教】に入信し、神より与えられるとされる試練をクリアすること。その内容自体も話題を呼んだのだが、それ以上にその受注条件に問題があった。
「女性アバター限定というなんとも特殊なクエストでして~、結構不満があったみたいですよ~?」
「そりゃそうでしょ」
「懐かしい」
スラミンの解説に、レイは呆れたようにため息を零し、一方でウサは懐かしむように頷いている。
当然、スラミンの説明の通り理不尽ともとれる縛りには相応のバッシングがあり、当時はかなり議論を生んだ事件である。だが当然それには理由があった。
「それで、ここからが大事なんですが~。その報酬がなんと……ユニークジョブの【聖女】だったんです~」
・な、なんだって~!?
・そういうことか
・男(聖女)だと違和感凄いもんな
「良い反応どうも~。まぁこれは有名な話なんですけどね~」
あえて言葉に溜めを作ったことによって、視聴者は分かりやすく反応を見せる。そのことにスラミンが笑っていると、話を纏めるためにレイが口を挟んだ。
「物語における重要人物であろう名前を冠したジョブ……だからこそワールドクエストが関係するだろう、ってことなんだよね?」
「そういうことです~。ちなみにどうやらロックスさんが【賢者】のジョブを手に入れたのも、【英知の書庫】で発生したクエストだったとか~」
「えっ?そうなの?」
ふと口にしたスラミンの言葉に、レイは素っ頓狂な声を上げる。確かに軽い雑談でそんな話を聞いた気がしないでもないが、いかんせん記憶が曖昧過ぎて、しっかりと思い出すには至らなかった。
「という訳で、一度見てもらうのが早いかなと思いまして~。レイさんがいけば何か起きる可能性が高いですし~、存分にやらかしてもらって結構ですよ~」
・確かに
・レイちゃん持ってるからな
・よっ、主人公属性!
「それ褒めてないよね?ねぇ?」
その間にも話は進んでおり、なにやら不名誉な称号を授かった気がしたレイは半眼でスラミンと視聴者を睨みつける。それに対して誤魔化すような口笛が聞こえる中、彼女達の下へ待ち人が戻ってくる。
「お待たせしましたっ!」
「ぎゃう~!」
とてとてと小走りでやってくる少女に一瞬でほんわかとした気持ちになったレイは、優しい口調で問いかける。
「大丈夫?お土産買えた?」
「はいっ!ラッキーも喜ぶと思います!」
「ぎゃうっ!」
「それは良かった」
嬉しそうに顔を綻ばせる少女に、『完璧!』とでも言いたげに胸を張るじゃしん。そんな二人につられるようにレイも笑顔を浮かべれば、スラミンが場を取り仕切るように声を上げる。
「では行きましょうか~。事情を詳しく知るであろう『聖女』様の下へ~」
そうして一行は歩き出す。その正面には街の中央に鎮座する、大聖堂が広がっていた。
[TOPIC]
QUEST【清らかな乙女に告ぐ】
・神の試練をクリア
・報酬 【聖女】に転職可能
ベータ時代に発見されたユニーククエストの一つ。クエスト受注条件は『女性アバター』かつ『【リーベ教】に入信していること』。
簡単な挑戦条件ながらも約半数が足切りされるという事態に多くの抗議の声が上がったが、運営はそれをすべて無視しており、仕様であると突っぱねた。
クエストの内容は【リーベ教】の教皇から課される試練を順番にクリアすること。『【神官】のレベルを10にする』や、『【一角獣の銀角】を持ってくる』などの簡単なものもあれば、『神にその身を捧げる』、『世界を光で照らす』などの謎解き要素もあり、それらすべてをいち早くクリアしたプレイヤー一名のみがユニークジョブの【聖女】となれた。




