7-9 公認宗教となりました
「疲れたぁ……」
「ぎゃう~」
およそ100人ほどのプレイヤーを捌き終え、別室へと移動したレイとじゃしんはソファにもたれ掛かりながらため息を零す。
確かに一人当たりの平均時間は一分ほどでそれほど多くはないが、それでも数が集まるとどうしても作業感が増してしまう。特にここまで多くの知らない人と会話したことのないレイにとっては、余計に気疲れしてしまったようだった。
「お疲れ様」
「あぁ、うん、ウサありがと」
「それよりも」
たまった疲れを取るように脱力していると、背後からウサが声を掛けてくる。レイがソファに腕をかけて腰を捻ると、ウサはずいっと顔を寄せてきた。
「なんで呼ばなかった?」
「呼ばなかった?なにが?」
「【バベル】」
「あー……」
どうやら、この前のウサはつい先日の騒動に関われなかったことに一抹の思いがあるらしい。それに気が付いたレイが言葉を濁すも、ウサは止まらず、不満を吐き出す。
「それだけじゃない。【ポセイディア海】の時もそう。私じゃなくて、なんでアレと一緒に?」
「アレって……あの時は向こうからの依頼だったし、そんな余裕なかったんだって」
「疑わしい……」
・修羅場?
・浮気した夫とそれを責める妻の図ですねこれは
・いいぞもっとやれ(後方腕組み百合好きおじさん)
じとっとした疑惑の眼差しを向けてくるウサに、やましいことはないものの少したじろいでしまうレイ。そんな中、からかってくるコメント欄を横目に、同じ境遇にいた相棒に助けを求める。
「そんなこと言ってもしょうがなくない?ねぇ、じゃしん?」
「ぎゃう~」
「じゃしんくん、痛くない?」
「ぎゃうっ!」
ところが、横を向いた時には既に頼みの綱の姿はなく、『僕は関係ないですよ』とでも言わんばかりにミツミの膝の上で撫でられ、気持ちよさそうに目を細めていた。
その光景に見捨てられたことを察したレイはぐっと怒りを抑えつつも、目の前でじっと見つめるウサへと視線を戻す。
「あんにゃろう……でもウサだって急に呼ばれても困るでしょ?」
「そんなことない。喜んで協力した」
「……えーと、ほら、そんなに言うならウサの方から来てくれればよかったじゃん」
「行った。でも声はかけてない」
「えっ来てたの?気付かなかった……」
・俺も気付かんかった
・声かければよかったんじゃ?
・たしかに。なんで参加しなかったん?
まさかの返答にレイと視聴者は目を見開く。その一方で、それを聞いたウサは少し寂しそうに俯いた。
「楽しそうだったから。邪魔するのも悪い。けど、蚊帳の外になるのは悔しいし寂しい」
・あー、なるほど
・知り合いが知らない友人と楽しんでると入りづらいよな
・分かる分かる
「それは……ごめん」
ウサの言いたいことを理解したレイは素直に謝罪の言葉を口にする。レイが悪いわけではないのだが、それでも友人を悲しませてしまったことに少し負い目を感じていた。
「大丈夫。でもこれで分かった」
ただウサはすぐに顔を上げると、どこか決意したように真っすぐとレイの目を見る。
「たぶん、レイは一人で大丈夫な人。だから待っているだけじゃダメ。これからは無理してでも隣に立つことにした。もちろん、みんなで」
「みんな?」
「はい~、是非【じゃしん教】のみんなで~」
そこへ、扉を開けてスラミンが現れる。服装はいつもの白衣……ではなく、他の【じゃしん教】のメンバーと同じように黒いローブを纏っていたが、青みがかったおさげの髪に、大きめの瓶底眼鏡の奥に移る糸目からはどこか理知的な雰囲気があった。
「レイさんお疲れ様でした~。みんな喜んでましたよ~」
「あぁうん。それは良かったんだけど……?」
「もちろん、説明させていただきますよ~」
スラミンはよいしょと声を出しながらレイの対面のソファへと腰を下ろす。それと共にウサもレイの隣に座った。
「実はですね~、先ほどウサさんが仰っていた【バベル】と『海賊連合』とのいざこざの件ですが~、【じゃしん教】内からも疑問の声が上がっていまして~」
「疑問の声?」
「はい~。これまでの方針としては~、レイさんから協力の要請があった場合のみ力になる、それ以外は極力邪魔をしない……となっていたのですが~、それだと一生役割はこないんじゃないかという懸念がありまして~」
スラミンは困ったように眉を八の字に下げると、現在噴出している問題をレイに説明する。
「レイさんは素晴らしい力をお持ちです~。あの『魔王』を倒し、登録者も30万人突破、今最も勢いがあると言って過言ではありません~」
「そ、そうかな?」
「ただ、それ故にみんな焦っているわけですね~。早い話、『このままだとクランを作った意味がない』ということです~。みんな我慢できなくなってるんですよ~」
・えぇ……(困惑)
・でも気持ちは分かる
・見てるだけなら配信でいいし
賞賛の言葉に照れたレイが頬をかいていると、スラミンはやれやれと言った様子で首を振る。その言葉に視聴者が理解を示す中、レイも同様に言いたいことを察する。
「だから、私についてくるってこと?この前みたいに何かに参加する時に、さっきいた皆が協力してくれる……って事でいいのかな?」
「えぇ、レイさんがイベントを起こした際に、相乗りさせてもらうといった具合ですね~。もちろん、レイさんがクリアできることを最優先で動きます~」
レイの確認にスラミンは首を縦に振って肯定する。
話だけを素直に飲み込むのであれば、そこまで悪い話ではない。むしろレイにとってはプラスでしかなく、どこまで信用できるかは置いておくとして、強力なサポートになるだろうと思う。
ただ一方で、少し動きにくくなりそうだなという懸念もあった。それと同時に、レイの心情的にはやはり申し訳ないという思いも存在しており、どうしたものかと思案する。
「もちろん、レイが嫌と言ったら辞める」
「そうですね~、その場合は泣く泣くですが解散という形に……」
「えっ、いやそこまでしなくても……」
そこへ、その思考を遮るようにウサとスラミンが口を挟む。解散という大げさな言葉に反応したレイだったが、ウサは目を光らせると、その言葉尻を掴んで離さない。
「ということは、勝手にやっても問題ないということ?」
「え?あぁ、まぁ迷惑にならなければ――」
「レイさんならそう言ってくれると思いました~!という訳で、【じゃしん教】は本日より、本格的に活動を開始します~!具体的な活動内容などは~、私のチャンネルにて行っていますので~、レイさんのリスナーの方は是非登録お願いします~」
・ちゃっかりしてて草
・登録しました!
・あの黒服軍団が暴れるのか……
見事な連係プレイであれよあれよという間に決定事項になってしまい、レイは理解が追い付かず呆然と瞬きをする。
ただコメント欄を見れば、多少の同情はあるものの、その大多数が祝う声で埋め尽くされており、好意的に受け止められていることに気が付くと、まぁいいかと過ぎたことは気にしないことにした。
「しめしめ、これでコバンザメの如く登録者を増やせます~。そしてゆっくりと、スライムの素晴らしさを刷り込んでいって……」
「ねぇ、私利私欲漏れてない?」
その間に人知れずトリップしていたスラミンに声を掛けると、コホンと気を取り直すように咳払いする。
「おっと、失礼しました~。さて、と言ってもレイさんにただ乗りするだけでは怒られてしまいますからね~。我々が有能だという事を証明するためにも~、一つとっておきの情報をお伝えしようと思います~」
「とっておき……?」
「はい~。レイさんの大好きな、ワールドクエストに関する情報ですよ~」
そして、にこりと笑って告げられた言葉に、レイは再び呆気にとられたように瞬きをするのだった。
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