7-5 目的地は森の中
「あ、あの!サイン貰ってもいいですか!」
「サイン?特に用意してないんだけど……」
「大丈夫です!ここに名前を書いてくれるだけでいいので!」
レイとじゃしん、それから全身黒づくめの見るからに怪しい三人のプレイヤーは【ブラウ】を抜け、【デテル砂漠】を歩いていた。
その道中にずっとそわそわしていたプレイヤーのうち、一番小柄な一人が意を決して声を発すると、レイの前にずいっとサインペンと色紙を突き出す。
「はい、これでいい?」
「やったぁ!ありがとうございます!」
そんなアイテムがあるのかと少し驚きと呆れ交じりの感想を抱いたレイだったが、言われるがままその二つを受け取ると、大きく『レイ』と書く。
何の変哲もない文字に書いた本人は納得がいっていない様子だったが、それを受け取ったファンは空に掲げて目を輝かせており、その姿を見た残りの二人も同様のアイテムをもってレイの前に並ぶ。
「あ、俺もお願いします!」
「こっちも!」
「えっ、あ、あぁうん」
「ぎゃう~……」
その様子を見てじゃしんはどこか羨ましそうにレイを睨みつける。ただ、彼女達の崇拝の対象はレイだけではなかったようだった。
「じゃしんちゃん……じゃなくて、じゃしん様もこちらにお願いします!」
「ぎゃう?」
サイン色紙をしまったプレイヤーはそれと入れ替える形で新しいサイン色紙を取り出すと、じゃしんの前にとあるアイテムと共に差し出す。
「はい、そちらに手を置いて頂いて、ぽんと……」
「ぎゃうっ!」
それは黒いインクに染まった朱肉であり、説明を聞いたじゃしんが右手をその上に乗せた後、サイン色紙の上に勢い良く振り下ろす。
数秒時間をかけて染み込ませれば、サイン色紙の上にはじゃしんの手形が見事にくっきりと映し出されていた。
「ありがとうございます!うわぁ、めっちゃいい……!」
「うわっ、すげぇ!」
「羨ましい~!」
「ぎゃう~?」
それを見たプレイヤーは恍惚な表情を浮かべ、レイにサインをお願いしていた残りの二人も我先にとじゃしんに殺到する。
そんな態度に気を良くしたのか、じゃしんは『しょうがねぇな~?』とでも言いたげに、ドヤ顔を浮かべて、残りの二人にも手形という名のサインをプレゼントする。
「なんかテンションすごいな……」
・いいな~、俺もサイン欲しい
・そりゃファンだからだろ
・レイちゃんもセブンと会ってた時あんな感じだったよ
「えっ、マジ?」
レイ達のサービスに狂喜乱舞する三人を見て、レイは少し困惑したように一歩下がる。だが、それに対して視聴者は思うところがあったようで、総ツッコミが入っていた。
・マジマジ
・人のこと言えなくて草
・そういやこれはどこに向かってるの?
「……取り敢えずポータルステーションじゃない?その後は私も分からないけど」
視聴者の声に少し納得いってないようで、レイは不服そうな表情を見せていたが、分が悪いと悟ったのか、それ以上追及することなく、質問コメントを拾い上げる。
「あ、言ってませんでしたね。目的地は【リヨッカ】になります!」
「【リヨッカ】……ってたしか大聖堂があるところ?」
「その通りです!」
ポツリと呟いたレイの一言に目ざとく反応したプレイヤーの一人。その答えにレイが聞き返すと、大きく頷いて説明を開始する。
「『神聖皇国』とも呼ばれる【リヨッカ】は、まさしく宗教の聖地!数多くの宗教が乱立しておりますが、我ら【じゃしん教】も信徒を奪い合う宗教戦争に割って入ろうという訳です!」
「ソ、ソウデスカ……ねぇ、宗教ってなに?」
・クランの事だよ
・作ったクランを宗教って言ってるだけ
・気にしなくていいよ
「なるほど……信徒を奪い合うってのはクランの人数を増やすって意味?」
・そうそう
・一応派閥みたいなのがあるらしいよ
・その辺はもう別ゲーやってるから……
「そうなんだ……」
熱のこもった演説を始めたプレイヤーとの温度差についていけないレイは、小声で視聴者へと尋ねる。そして大まかな概要を掴むと、改めて目的地について尋ねた。
「えっと、【リヨッカ】だとエリアは……」
「【ヘティス大森林】ですね! どんな場所かというと――まぁ百聞は一見に如かず、ですかね」
「ん?あぁ、そうだね」
そこで敢えて言葉を止めたプレイヤー。その視線の先には石造りの神殿のような建物【ポータルステーション】が見えていた。
それを視界に納めたレイは彼女の言うことに納得して頷くと、真っすぐ【ポータルステーション】へと向かう。そうして巨大な入り口をくぐり中へと入れば、そこにいたプレイヤー達がぎょっとした目でレイ達を見ていた。
「な、何だ!?」
「何者だあいつ等……?」
「あれって確か『きょうじん』じゃ……」
・悪目立ちしてない?
・そりゃそうだろとしか
・また悪評が……
「いや、もう慣れたよ……」
「ぎゃうっ!」
遠巻きにレイ達を見てはひそひそと話す姿に、レイはどこか遠い目をして呟くと、その隣では至極ご満悦な態度でふんぞり返るじゃしんの姿。
「レイさん、こちらです!」
「あ、うん。了解」
そんな奇異の視線にさらされながらも、ものともせずに進む三人。それを感心や羞恥心など色々な感情の籠った瞳で眺めつつ、レイ達は緑色の【ポータル】を潜る。
そうして次に彼女達の目の前に現れたのは鬱蒼と木々や草花が生い茂る、密林のような場所であった。
「ここが【ヘティス大森林】か、名前の通りだね」
「ぎゃう~」
・迷いやすいんだよなここ
・出てくるモンスターも苦手だわ
・虫ほんと無理
一歩足を前に踏み出せば、足裏に確かに伝わる土の感触。視界には360度どこを見渡そうと溢れんばかりの緑で浸食されており、それとともに鼻腔をスギのような独特な香りが広がってくる。
また耳には怪鳥のような不気味な鳴き声が響き渡っており、その五感全てで大自然が感じ取れる、より現実感の強いエリアとなっていた。
「本当に迷いそう……。どっち行くの?」
「こちらです」
同じような形の樹がそこら中に生えているせいか、方向感覚を判別するのが難しく、レイは少し苦い顔をする。ただ、プレイヤーの一人がウィンドウを表示すると、一行を先導するように歩き出した。
十中八九案内してくれるという事なのだろう、特に従わない理由もないレイはその後ろ姿を追いかけつつ、雑談交じりに質問を投げかける。
「ここってさ、どんなモンスターが出るの?」
「昆虫系統や植物系統が多いです。見た目的には結構グロテスクなので、私もちょっと苦手だったり……」
「特徴としては擬態するモンスターが多いって所ですかね。思わぬところから攻撃が来たりしますので、結構油断ならないエリアになってます」
「なるほどねぇ」
返ってきた答えにレイは納得の言葉を漏らす。エリアが密林である以上、出現するモンスターに違和感はなく、性質として擬態しているというのもゲーマー的には面白いと感じていた。
普段であれば事前にモンスターを調べたりするが、今回はネタバレは避けようと少しワクワクした気持ちで待ち望んでいると、隣にいたプレイヤーが自信満々な様子でレイの方を向く。
「大丈夫です!そのために私達がいますから!レイさんとじゃしん様には指一本――」
その背後、生えていた一本の木がぐるりと半回転すると、ハロウィンのカボチャに刻まれるような顔が出現する。
それを見た瞬間、レイは目の前の小柄なプレイヤーの手を引くと、胸元に抱き寄せつつホルスターから【RAY-VEN】を引き抜いて容赦なく発砲する。
ドンドンッ!と複数回に分けて発射された炎を纏った弾丸。それが木で出来たモンスターの両目に突き刺さると、苦しげな呻き声をあげながらポリゴンへと姿を変えさせた。
「なるほど、こういうことか。大丈夫?」
「は、はいぃ……」
・ヒューカッケェ!
・堕ちたな
・相変わらずレイちゃんはたらしだな
銃を構えつつ胸元のプレイヤーに声を掛ければ、恋する乙女のような甘い吐息を口から吐いている。彼女の抱かれても良い同性ランキングが大幅に更新された瞬間だった。
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OTHER【とある教徒の抱かれても良い同姓ランキング】
殿堂 レイ
⇒圧倒的!最高!言う事なし!!!
第一位 マフラ
⇒超絶整った美人イケメン!あの低いハスキーボイスで愛を囁いてほしい!
第二位 トーカ
⇒肉食系ワイルド!無理やり組み敷かれたい!あとテクニックありそう!
第三位 シオン
⇒同姓であっても見惚れるほどの可愛さ!お人形みたい!




