7-4 黒づくめの正体
「ここに『きょうじん』さんがいらっしゃると聞いて伺ったのですが」
扉を開けた先にいたのは全身を漆黒で包んだ三人のプレイヤー。腕と足先まで隠れるほどの重たいローブに、頭上の先端がとがった黒覆面を着用しており、顔の中央には金色の逆十字が刻まれている。
「知り合いでござるか?」
「いや、ちょっと心当たりはないかな……」
先頭にいたプレイヤーが代表者らしく、黒い覆面のせいでくぐもった女性の高い声が聞こえる。
その問いかけに対してベンケイがレイへと尋ねるも、残念ながらその質問の回答を持ち合わせていないのか、レイの瞳には困惑の色が見て取れた。
「ふむ、ということは追っ払ったほうが良いという訳でござるな?」
「ここは我ら【魔研連】のクランハウスであります。部外者は立ち入り禁止でありますよ」
レイの様子を見てとると、ウシワカとベンケイは彼女を庇うように前へと立ち塞がり、ローブの集団に向けてスッと目を細める。
対してローブの集団は慌てたように手のひらを見せると、警戒を解くためにぶんぶんと左右に揺らし始めた。
「いえ、そんな警戒しないでください。怪しい者ではないですよ」
「いや、それは無理があるでしょ」
「ぎゃう」
弁明するかのような言葉にレイとじゃしんがツッコミの声を入れる。当然ほかのメンツも同様の気持ちを持ったうえ、言葉を発した本人ですら『確かに』とでも言うようにはっとしていた。
「ど、どうしよう。話は通ってると聞いてたんですけど……」
「落ち着け、ちゃんと説明すればわかってもらえるさ」
「そ、そうだね!私頑張る!」
変な空気となった場もお構いなしに、後ろを向いてひそひそと相談を始めた三人。だが、その内容は残念ながら丸聞こえだったようで、警戒するのも馬鹿らしくなったレイ達は困惑した様子でそのやり取りを見つめている。
「――あぁ、そういうことですか。レイさん、ちょっといいですか?」
「ん?ぺけ丸?どうしたの?」
どうしたものかとレイが悩んでいると、ここまで静かだったぺけ丸が彼女の肩を叩く。どうやら今まで誰かと通話をしていたようで、苦笑を浮かべながらウィンドウを近づけてくる。
「スラミンさんです。多分説明してもらえると思いますよ」
「えっ、スラミン?」
『どうも~』
ウィンドウから聞こえてきたのは、どこかのんびりとした女性の声。それを聞いたレイは確かにスラミンであると認識しつつも、それとは別に新たな疑問を覚えていた。
「あ、どうも。で、どういうこと?」
『そっちに行った怪しげな三人組のことですよね~?それは私がお願いしたんですよ~』
間延びした声を読みとれば、どうやら先ほどやってきた三人組は通話の向こうの彼女が派遣したものらしい。そのことにレイが眉根を顰めると、スラミンはさらに言葉を続けた。
『自己紹介はまだなんですか~?』
「そうだね、なんかグダグダしてる」
『なるほど~。緊張もしてますのでちょっと待ってあげてくれませんか~?』
そう言われ、改めて三人組を見れば、どこかそわそわとした様子でレイの通話が終わるのを今か今かと待っていた。
じっとレイを見つめ、マテをされているような子犬の雰囲気を感じ取ったレイは少したじたじとした様子で手を前に差し出す。
「えっと、どうぞ」
「ありがとうございます!では――」
レイの言葉に声のトーンを一段階上げた覆面の女性は喉の調子を整えるように咳払いをすると、声を張り上げて高らかに宣言する。
「我ら神に魅了され、真に狂う者なり!愛は重く深く!哀を想い願い続けん!」
「邪なる神の気まぐれのまま、その願いを叶えんと身を削ることを至上の喜びとし!」
「彼等に仇為す者を屠り、彼女等の道を切り開く為に我等はこの身を捧げよう! そう、我らの名は!」
正面、右、左と順番に発せられた口上。流暢な語り口から余程練習したのだろうと想起させる一連の流れは、最後に行動と共に完成する。
「「「じゃしん教!」」」
一拍おいて揃った声。それと同時に左右の人間はそれぞれ大きく手を広げ、正面の女性は祈りを捧げるポーズをとる。
そして訪れる、静寂。
「なに、これ……?」
「ぎゃう~」
『どうですか~?』
絞り出したレイの言葉と反するように、隣にいたじゃしんは『やるじゃん』と言わんばかりに拍手をしている。そんな中、ウィンドウから聞こえてきたスラミンの言葉によってレイは正気に戻る。
「どうって言われても……待って、今じゃしん教って言った?」
『はい~。あれが我らがじゃしん教の正式なコスチュームとなりました~』
「えぇ……」
改めてその衣装を見るも、レイの反応は微妙であった。正直滅茶苦茶ダサい、という感じではないものの、どう考えても悪人側であり、真っ先に潰される側じゃないかと感じていた。
『ちなみにぺけ丸さん協賛です~』
「ぺけ丸?」
「い、いやっ、僕はこうしてほしいと提案されただけでっ!」
ジロリと製作者に目を向ければ、ぎくりと肩を跳ね上げた後、酷く取り乱しながら言い訳をする。とはいえ、そこまで怒っているわけでもないレイは呆れたようにため息を吐くと、スラミンへと本題を尋ねた。
「はぁ、まぁいいや。それで、わざわざ私の下にやってきた理由って何なの?」
『あぁ、そのことなんですが~。結構大きくなってきたので、現状報告でもしようかと思いまして~』
「大きく?」
『はい~。じゃしん教、かなりの信徒がいますよ~。他の宗教にも負けないくらいには、今最もホットな宗教と言っても過言ではありません~』
「……はぁ!?」
自分のあずかり知らぬところでそこまで大きくなっていたことを知り、レイは驚愕の声を漏らす。
「いつの間にそんなことに……」
『流石レイさんとじゃしん様ですよ~。でもまだまだ盛り上げたくてですね~。この熱を冷まさせないためにも、教祖様のお声が欲しいなぁと思いまして~』
「声って、そんな大したこと言えないよ?」
『そんな難しく考えなくても~。軽いファンミーティングだと思ってもらえれば~』
気楽な調子で提案してくるスラミンを恨みがましく思う一方で、確かにいい機会だと感じるレイ。少し悩んだ後、出した答えは肯定であった。
「……まぁ、いいか。あの子たちが案内してくれるんだよね?」
『はい~。ではお待ちしております~』
そう言って、ウィンドウが閉じる。おそらくスラミンが切ったのであろう、それを確認したレイは今か今かと待ち望んでいる三人組に声を掛ける。
「じゃ、そういう訳でよろしくね」
「「「任せてください!」」」
「ぎゃう~!」
ぶんぶんと嬉しそうに首を振る怪しい黒づくめの覆面という、なんともミスマッチな光景に、レイは思わずはにかむ。その隣では新天地を想起したじゃしんが目を輝かせていた。
[TOPIC]
WORD【じゃしん教 教義】
チャンネル【スラミンのスライム観察日記】にて配信された【じゃしん教布教活動その壱】で決定された、じゃしん教の根幹ともいうべき教え。コメントにて候補を募った結果、『じゃしんが好き』『じゃしんが可哀想な目に合ってほしい』『じゃしんを甘やかしたい』『レイの邪魔をしない』『レイの攻略の手伝いをしたい』という内容が多く、それをもとに作成された。
『我ら神に魅了され、真に狂う者なり!愛は重く深く!哀を想い願い続けん!
邪なる神の気まぐれのまま、その願いを叶えんと身を削ることを至上の喜びとし!
彼等に仇為す者を屠り、彼女等の道を切り開く為に我等はこの身を捧げよう!』




