1-20 月の光に激しく昂る⑤
「クソがッ!」
ホワイティアの街の路地裏で一人の男の叫び声が響く。彼――リボッタは顔を怒りの表情に染めていた。
「貧相になった瞬間足元見やがって!今までどれだけ尽くしてやったと思ってるんだ!」
リボッタは無造作に放置してあるゴミ箱を思いっきり蹴り飛ばす。先程まで大口の取引相手であるフェンガリ組の幹部と話していた彼だったが、その結果はあまり芳しくなかったようだった。
「テメェらが!無能だからッ!こんな目にあったんだろうがぁ!」
一人なのを良いことに、溜まりに溜まった怒りを辺りに撒き散らす。しばらくの間荒れに荒れていたリボッタだったが、疲れからか動きを止めるとはぁはぁと肩で息をする。
「……元はと言えば全部あの女のせいだ」
憎々しげに呟いたリボッタの脳裏には、つい昨日相対した銀髪の少女が嫌でも残っていた。
「アイツのせいで俺は全てを失ったんだ……!アイテムも!地位も!プライドもっ!」
その顔を思い返すたびに、彼の中の怒りのボルテージは上がっていく。
「どれだけ時間をかけたと思ってるんだ!?物乞いみたいな最底辺で、ゴミ漁りを繰り返して、安定したと思ったらヤクザみてぇな奴等に媚び売って!そこまでしてやっと手に入れた居場所だったんだ!」
唾を飛ばしながら叫び散らすリボッタは傍からみれば完全に狂っており、かなり近寄り難い存在であった。幸い周りにいない人は居ないものの、それすら気に出来ないほどに視野が狭まっている。
「それをアイツは一瞬で全部奪いやがった!それどころか自分はワールドクエストだと?しかも俺から奪ったアイテムで!?許せる訳ねぇだろ!」
リボッタはあの後現実世界でレイの配信を見つけている。その配信では彼女は常に楽しそうにしており、この世界を満喫しているその様を彼は許すことが出来なかった。
「……復讐してやる。俺をピエロにしやがったアイツを必ずドン底に落とす……!」
中でも自分が笑い物にされている事が彼の矜持に傷をつけたようで、その身を震わせる。目をギラギラと燃えたぎらせ、復讐を胸に誓う彼は人知れず顔を狂気に歪めた。
「アイツの力は分かった……!召喚獣もあの銃も所詮見掛け倒しなんだ。普通にしてればレベルの高い俺の方が強いに決まってるはず……!」
彼女の動画を見て研究に研究を重ねた彼は、何度も何度もシミュレーションを重ね、次は絶対に負けない自信を持っていた。その熱が冷めないよう、リボッタは覚悟を決めて高らかに宣言する。
「首洗って待っていやがれ……『きょうじん』レイ!」
「呼んだ?」
――その時、背後に悪魔が現れる。
「ヒイッ!?」
先程の覚悟とは裏腹にリボッタから情けない声が漏れた。
「いや、奇遇だね~。私も丁度おじさんに用があったんだよ!」
そう気軽な調子で笑いながらもレイはぐりぐりとリボッタの腰に何か硬いものを押し当てている。
その感触からおそらく前に見た銃を押し当てられてるのだろうと気づいたリボッタは、性能が大したことないと知りつつも、冷や汗が止まらない。
「な、なな何の用だ!?」
「そんなビビらないでよ、取って食おうって訳じゃないんだからさ」
「この前取って食われたばかりなんだが!?」
リボッタのツッコミにそうだっけ?ととぼけた調子で返すレイ。それを聞いたリボッタは先程までの怒りを思い出し、ニヤリと強気に笑った。
「……へっ、今日はあの召喚獣はいないんだな」
「ん?じゃしんのこと?今はちょっと別行動しててね」
それを聞いたリボッタはチャンスだと心の中で笑う。
(今ここで襲い掛かれば絶対に勝てる!いけ俺!ビビるな!)
自身を奮い立たせるリボッタだったが、いざ実行に移そうと思うと足の震えが止まらない。仕方なくもう少し時間を稼ぐために会話を続ける。
「そうか、アイツにも挨拶しておきたかったんだがな」
「そう?じゃあまた会いに来るよ」
何の気なしに言うレイに二度と来るなと怒鳴りたいリボッタだったが、何とかその言葉を飲み込む。
そうしてようやく覚悟が決まったのか、足の震えが止まったリボッタは最後の一押しとして大きく深呼吸した。
「その前に……テメェにお礼参りさせてもらうぜ!」
一気に振り返ったリボッタはレイを組み敷くために腕を伸ばす――が、残念ながらその手は彼女に触れることなく空をきる。
それどころか足を引っ掛けられ仰向けに寝転がされると、その両足で手首を踏まれ地面に磔にされた。
「ぐぇぇ……」
「ダメだよおじさん。女の子に自分から触るなんて」
蛙のようなうめき声をあげるリボッタに可愛い口調で嗜めるレイだったが、リボッタにとっては正真正銘悪魔にしか感じない。
「クソッ!どけ!何で俺が負けてんだよッ!」
「ちょっと、暴れないでよ」
状況を打開しようとひたすらにもがくリボッタだったが、レイをどかすには至らない。身体を動かせないと悟ったリボッタはせめてもの抵抗として口を動かし――そして見事に地雷を踏んだ。
「はっ!知ってんだぞ!そんなクソダセェ雑魚銃でやられる訳ねぇだろ!」
その瞬間、レイは顔から全ての感情を無くし、無言で銃を構える。
バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ
ただひたすら無感情に、淡々と作業を続ける様子でリボッタの顔に向けて弾を撃ち続けるレイ。
「あっ、あっ、あっ……」
どうすることもできないリボッタは、銃声がするたびに声を上げる。特に血が出たり痛みがあるわけではないが、心に深刻なダメージを負わされている気がした。
「これでもう一回撃たれたら死んじゃうね?どう、まだ雑魚銃とか言ってみる?」
やがてリボッタのHPバーがミリになると、レイは撃つのをやめてふっと銃口に息を吹きかける。
とても楽しそうに、それこそ見る人が見れば天使の笑顔とでも言うような満面の笑みを浮かべるレイ。それを酷く恐ろしいもののように感じたリボッタは、レイの問いに全力で首を振ることしか出来なかった。
「さ、これからビジネスの話をしよっか。ね、おじさん?」
笑顔のまま圧をかけてくるレイに対して、ぽっきりと心の折られたリボッタに反抗する気力は残されていなかった。
「はい、喜んで……」
そう言ってリボッタは泣きそうな笑みを浮かべる。
もう二度と、この悪魔に逆らうことが出来ないのだろうなと彼は悟るのだった。
[TOPIC]
WORD【フェンガリ組】
ホワイティアの街を裏から支配する巨大マフィア。
ただその実情は外からの害意に対して町を守ることに特化しており、どちらかというと義賊のような立ち振る舞いをしている。




