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6-51 紡がれた思いは未来と共に⑦


「見事だ、英雄候補達よ」


 ボロボロと崩れ落ちる邪神の体と共に、ゴードンの声が響き渡る。


「ぎゃう?……ぎゃう~!?」


 瞬間、レイ達の服装が普段の装備へと戻り、じゃしんを乗せていた不死鳥もその姿を消す。


 乗っていた筈の足場が消えたことに気が付いたじゃしんは、空中を泳ぐようにバタバタと手を動かすも、何の成果もなく落下を始めた。


「よっと、おつかれさまじゃしん」


「……ぎゃうっ~!」


 ただ落下地点にはレイが待機しており、降ってきたじゃしんを優しく抱き留めると、その顔を見て笑顔を見せる。


 それを見たじゃしんは一瞬呆けた後、緊張の糸が切れたのか大粒の涙を零して鳴き声を上げた。


「戻ったんだから跳べたのに……って私の服で鼻水拭かないでよ!」


「あ、あっしの体が……」


 胸に顔をうずめながらズビズビと音を鳴らすじゃしんをレイは引きはがそうとするも、思いの外力が強く、中々解放されることはない。


 一方その横では、いつもの本だけの姿に戻ったイブルが名残惜しそうに地面を見つめていた。


「勇気、知恵、信頼。かの英雄達はこれらを兼ね備えることで邪神を打倒した。そんな彼らの姿に我は心躍った者だが、それを継承せんとする芽が育ってきているとは。これは興奮で夜も眠れなくなるに違いない」


 そこへゴードンが『Re:Code』を片手に持ちながらゆっくりと近づいてくる。


 相変わらず淡々と、背筋がぞわぞわするようなことをのたまっており、そのことにレイは少しだけ顔を顰めるも、特に言及することなく質問を投げかける。


「ねぇ、これで終わり?物語的にはまだ続くよね?」


「その通りである。だが、我が友デコードが伝えたかった部分は終了した。後は『RECORD』に記された通り、邪神を封印し、汚染された地を浄化、そして十日続いた宴と続き物語は幕を閉じる」


「ぎゃうっ!?」


 その内容はゴードンの言う通り、『RECORD』に記載されていたものでレイの想定した通りのものであった。


 そんな中、『宴』という言葉を聞いたじゃしんが勢いよく顔を上げる。


「汝らが望むのであればこれも再現することが出来るが、どうする?」


「ぎゃう!ぎゃうぎゃう!」


 ゴードンが尋ねれば腕の中にいるじゃしんが『やろうやろう!』と必死でレイの腕を揺すっている。ただ、そこまで魅力を感じなかったレイはうーんと少し悩んだ後軽い調子で答えた。


「いや、それはいいかな。長いしスキップで」


「ぎゃう!?!?」


「承った」


 その答えに『信じられない』といった表情でレイを見上げれば、ゴードンはぺらぺらとページをめくっていく。すると周囲には笑顔で喜びを分かち合う人々の姿が走馬灯のように流れていった。


「ぎゃ、ぎゃうぁ……」


 目の前を横切る肉や魚といったごちそうに手を伸ばすも、それに届く前にどんどんと流れ去っていく。


 決して触れることの出来ないという事実にじゃしんはか細い声を漏らすと、絶望の表情でつぅっと両眼から涙を流した。


「これが最後のページであり、友人からの最後の言葉だ」


 やがて宴の景色が終わる頃にはゴードンの手に持つ本も残り数ページとなっていた。


 一言、ゴードンがそう告げると、彼の体がぶれてぶかぶかのローブを被った男へと姿を変える。


「ふぅ、初めまして、でいいのかな。僕の名前はデコード。もしかしたら『賢者』といったほうが分かりやすいかも」


 ローブの男が被っていたフードを脱げば、短い金髪がユラリと揺れる。


 その顔は想像以上に幼く、レイよりも年下のように感じられた。だがその声はどこか聞き馴染みがあり、身に纏う雰囲気には全てを見透かされるような不思議な凄みを感じてレイは思わず喉を鳴らす。


「この声が届いているということは試練をクリアしたんだね。そして、僕達の想いを受け取ってくれた」


「ぎゃ――」


「しっ」


 その言葉で、レイは目の前のデコードが先ほどと同じように記録だけの存在であることを悟ると、驚きの声を上げようとしていたじゃしんの口を素早く塞いだ。


「ごめんね。本当は僕が直接話をしたいところなんだけど、それは残念ながら不可能でさ。代わりに友人であるゴードンにお願いしたんだけど、変なこと言ってなかったかな?」


「いや、滅茶苦茶言って――」


 デコードの予言するようなセリフにツッコミを入れようとしたイブルだったが、言葉を発した瞬間レイに捕まれると、素早い動きでベルトを閉じられてしまう。


「1000年前、僕達の手では封印することしかできなかった邪神。その力の一端と対峙してどう思った?すごく強かった?怖かった?それとも意外と大した事なかったり?」


 随分と軽い調子で問いかけてくる声。最後の言葉に少しだけドキリとしたレイだったが、デコードはそんな様子を知ってか知らずか、言葉を続ける。


「どう思おうと構わない。でも、次は君達の番だ。君達の手でこの世界の未来を、物語を守ってくれ。……なんて、倒しきれなかった僕が言える事じゃないんだけどね」


 デコードは申し訳なさそうに笑うと、人差し指を立て、本当に対峙しているかのようにレイの目をじっと見据える。


「最後に一つだけ。そうは言っても、君達に見てもらったのは僕達の物語で、もう終わった過去の物語だ。たとえこの先、同じような光景が広がったとしても、それは似て非なるモノだよ」


 優しく諭すように告げるデコードの声。その落ち着いた声音にレイは思わず聞き入ってしまう。


「だから、君達は君達の物語を信じて進むんだ。不安になっても大丈夫、君達の傍にはきっと信頼できる仲間がいるはずだから」


 それを聞いたレイは目線を下げて胸の中のじゃしんを見る。じゃしんもこちらを見上げていたようで、二人が何とも言えない空気感で見つめ合っていると、微笑んだデコードの体がゆっくりと透けていく。


「さようなら、未来の英雄達。これからの世界を、そして僕の友人達をよろしく頼んだよ」


 そうしてレイが顔を上げる頃にはデコードの姿は完全に消えており、『Re:Code』を持ったゴードンが静かに佇んでいた。


「……ご清聴感謝する。そして、これが我が友人の物語の区切りとなるだろう」


 どこか寂しげなゴードンが噛み締めるようにそう呟くと、じっとレイを見つめて真剣な表情で気持ちを伝える。


「ここに、我が友人が残したバトンは汝らに受け継がれた。そして、我はまた観測者の役目に戻るであろう。だが、我はいつまでも汝らの成長を願っている。たとえ離れていたとしても、我は汝らの味方であり続ける事を、ここに誓おう」


「うん、分かった」


 その言葉にレイも同じく真剣な表情で頷けば、ゴードンはわずかに微笑みを浮かべた後、手に持った本を閉じる。


「汝らの知恵と勇気に敬服を。そしてこの先の未来に幸あらんことを」


 パタン、という音と共に周囲の景色がぶれる。それと同時に、レイの目の前にウィンドウが表示された。


[〈ワールドアナウンス〉プレイヤーネーム:「レイ」がワールドクエスト【紡がれた思いは未来と共に】を初クリア致しました。※これは全プレイヤーに伝達されます]

[称号【歴史を創る探究者】を獲得しました]

[ITEM【賢者の手記】を入手しました]

[ITEM【透けた万能鍵】を入手しました]

[ITEM【未の紋章】を入手しました]

[WEAPON【魔法の羽ペン】を入手しました]

[デスペナルティ中のため、経験値は取得されません]


「終わった……」


 クリアを伝えるウィンドウから視線を外せば、朽ち果てた荒野から崩壊した塔の最上部へと景色が切り替わっている。


 そこでようやく肩の力を抜いたレイは腕に抱えたじゃしんを開放した。


「簡単かと思ってたけど、意外とボリューム多かったね……」


「ぎゃう~」


 レイの目線まで飛び上がったじゃしんは彼女と同様に『疲れた~』と言わんばかりに肩を落とす。その顔をレイはじっと見つめた。


「ぎゃう?」


「……ううん、何でもない。これからもよろしくね」


「ぎゃうっ!」


 デコードの言葉を聞いたからか、様々な感情が胸に宿ったレイだったが、目の前で変わらない笑顔を浮かべる自身の相棒を目にして、力を抜いて笑う。


「じゃあ帰ろうか」


「ぎゃう!」


 そうして二人は歩き出す。今は崩れてぼろぼろの足場だが、いつか必ずゴールへと続いている、そう信じて――。


 その刹那、頭上で何かが光る。


「あ」


「ぎゃう?」


 ワールドクエストに入る前。その時の出来事をすっかり失念していたレイに、迫る雷を躱せるはずもなく。


「ぎゃうっ!?」


 声を漏らした瞬間には視界は真っ白になり、自身の体を一直線に電気が貫く。耳に届くじゃしんの驚いた声が次第に遠のいたかと思えば――。


[これより1時間の間、デスペナルティを付与いたします]


「わ、忘れてた……」


 いつの間にか、彼女の体は安っぽいベッドの上へ。


 そこで呆然と、顔を青褪めさせるのだった。


[TOPIC]

MONSTER【ゴードン】

観測者の役割を与えられた聖獣は、先の大戦で唯一戦うことなく静観し続けた。

だが、その思いは他の者と同じく未来へと向けられていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] しまらないなあ
[一言] 宴をスキップされた、じゃしんが今までで一番可哀想でしたwww
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