6-50 紡がれた思いは未来と共に⑥
「ぎゃ、ぎゃう……」
それはまたしても人の姿だった。
ただ先程とは段違いのサイズを誇っており、立ち上がった姿は雲すら突き抜けるほど壮大で、もはや比べるのが烏滸がましくなるくらいには圧倒的な差をじゃしんは感じ取る。
それ以外にも先程はのっぺらぼうのようにパーツの無かった顔には、大きな空洞が出来ており、その胸には核となる巨大な眼球がぎょろぎょろと忙しなく動き回っていた。
「ぎゃ、ぎゃう……!?」
「――――――――」
象と蟻どころか、石ころとスペースシャトルレベルのサイズ感の違いにじゃしんが言葉を失っていると、邪神はゆっくりとその手を振り上げる。
それだけで周囲には突風が発生し、じゃしん達のバランスを大きく崩したが、本当の恐怖はその先にあった。
「ぎゃ、ぎゃうぎゃう!」
振り上げた掌は当然その後に振り下ろされる。
距離を測る事すら馬鹿らしくなるような面の圧を前に、じゃしんが不死鳥の身体を揺すると、それに従うように不死鳥は猛スピードで範囲から逃れようと移動を開始した。
「ぎゃ、ぎゃう~!?」
何とか指と指の間に逃げ込んだじゃしんだったが、振り上げた時よりも強烈に生じた風圧に巻き込まれ、不死鳥はきりもみ状に回転しながら大きく吹き飛ばされる。
じゃしんはその背中に必死で掴まり、ただひたすら落ちないことだけに全意識を集中させる。そうして途轍もない重力を感じつつも、何とか体勢を立て直したじゃしん達は再び壁のようにそびえ立つ邪神を見上げた。
「ぎゃ、ぎゃう……」
それはただ立っているだけ。その筈なのに、遥か巨体に見下ろされることによるプレッシャーは見た目以上の圧があり、その圧倒的な戦力差にじゃしんは絶望の表情を浮かべる。
それが伝播したのか不死鳥の動きもぴたりと止まり、場は膠着状態に包まれる――かと思われたが、それを切り裂くように、少女の怒声が響き渡った。
「こらじゃしん!何びびってんのさ!そんな偽物にビビる要素なんてないでしょ!」
「ぎゃう!?」
遥か下、地面から聞こえる激励の声。それにじゃしんが目を向ければ、いつもと変わらない笑顔を浮かべたレイがじゃしんを指さしている。
「大丈夫!私が何とかするから!じゃしんは真っすぐ、あの目玉だけを目指して!」
「――ぎゃう!」
その言葉を聞いた瞬間、じゃしんの中にあった迷いが一気に晴れる。そして力強い瞳で邪神の核だけを見つめれば、手に持った剣に白い焔が宿った。
「よし、あっちは大丈夫かな。じゃあイブル、準備は良い?」
「は、早くしてくれないと忘れちゃいまさァ……」
勢いを取り戻したじゃしんを見たレイは、続いて隣でぶつぶつと呟くイブルに声を掛けると、『RECORDE』に書かれていた最後の呪文の詠唱を開始する。
「『我が魔の真髄は純然たる支配と暴力の上に形を為す。かつて神と崇められた至高の悪魔よ、我が魔力を触媒とし、憤怒、嘲笑、堕落、裏切、全ての地獄を糧に再び業火を灯せ』」
「『天に召します我らが父よ。新たな命の灯火に汝の祝福を。積み上げた歴史と発展に叡智を。我らを脅かす災いに救いの光を』えーっと……あっ、『願わくばこの体を供物に全てを照らす主の使いが現れんことを』」
片方はたどたどしくもあったが、何とか詠唱を終えた二人の背後に巨大な魔法陣が出現する。
「【召喚『悪魔神王プルガトリオ』】」
「【『熾天使ヴァンジェーロ』降臨】」
レイの背後、地面に現れた黒の魔法陣から這い出たのは悪魔の王。
左は猫、右はカエル、そして中央には白い髭を蓄えた彫りの深い老人の顔という3つの顔を持ち、上半身は人間、下半身が蜘蛛の身体で出来ていた。
一方でイブルの背後、宙に浮く魔法陣から降り立ったのは最上の天使。
三対六枚の翼を持ち、その内の二枚で頭を、二枚で下半身を隠し、残り二枚の翼ではばたいている。またその顔は彫刻のような整った顔をしており、見えている上半身は芸術のように整っていた。
「あっ、あっしがこんな力を……!」
「いや、『聖女』の力だから」
邪神には及ばないものの、その半分ほどの大きさの召喚獣を呼び出したことにイブルは自分の手を見つめて恐れ慄く。
それにレイは冷静に突っ込みつつも、対になる二体へと指示を飛ばした。
「じゃ、突撃!」
見た目にそぐわない、随分と軽い号令に二体の召喚獣は律儀に動き出す。
悪魔は地を這って邪神の身体を足から登り始めると、その八本の脚を用いて邪神の左半身をを絡めとり、一方天使は羽を使って浮き上がると、右半身を押さえつけながら掴み、背中側に回して関節技を仕掛けている。
「じゃしーん!後は任せたよ!」
「ぎゃう……!」
援軍によって奪われた邪神の自由。それを見たじゃしんは決意を込めた瞳で剣を握りしめる。それと同時に剣に宿る白い焔は輝きを増していく。
「『『賢者』と『聖女』。聖魔を極めし二人が、過去と未来の全てをかなぐり捨てて行った奇跡の顕現。それは破壊の権化たる神を封じることに成功する』」
ゴードンの独白と共に、じゃしんを乗せた不死鳥が邪神に向けて動き出す。
「『一時的に現れた隙。『勇者』は瞬時に内に秘めた闘志を剣に込め、それに導かれるように不死鳥もまた翼をはためかせた』」
目指すは今もなお忙しなく動いている胸の眼球。それに剣を突き立てることだけを考えれば、剣に宿る焔がどんどんと大きくなっていく。
「『宿る焔は人々の思いを焚べて激しく燃え盛る。その熱はやがて世界を滅ぼす災いすらも掻き消す輝きへと進化する』」
周囲を固める悪魔と天使によって思うように身動きが取れない邪神は、抵抗できないまま懐へと入るじゃしんを対処できず、そして――。
「ぎゃーうー!」
可愛らしい咆哮と共に、じゃしんは手に持った剣を突き立てる。その一撃は眼球にガラスのようなヒビを入れ、さらに奥へと押し込まれていく。
「―――――――――」
声にならない悲鳴を上げ、ピシピシと限界を伝える音が響く中、遂にその時が訪れた。
「『人類の希望の刃は、遂に破滅の神の心臓へと突き立てられる。それは襲い来る災いが消滅したことと同義であった』……グッドゲーム。じゃしん」
ゴードンがするであろう語りを先んじて口ずさむレイ。
その視界の先ではボロボロと崩れ去っていく邪神の姿が映っていた。
[TOPIC]
WORD【『勇者』】
かつて邪神を討伐したパーティの一人。
底抜けに明るく、困った人は見過ごせないなどまるで太陽のような少年だったという。
邪神討伐後は思い合っていた幼馴染と婚姻し、一国の王となって多くの民を平和へと導いた。




