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第67話 不甲斐ない


 シエルとヘレナは、数メートル離れたところで向き合っていた。


「ではシエル様、いつ始めてもらっても構いませんよ」

「ヘレナさんから、攻撃はしないのですか?」

「私から始めたら、不意打ちに近い形になってしまうので」


 シエルはそれを否定できない。


 S級冒険者のアイリさんを圧倒した相手だ。

 しかも攻撃は最後の首元の皮を一枚切る、というものしかしていない。


 シエルはどうやってあんな攻防の中、あんな精密な攻撃をしたのかわからなかった。

 だからヘレナから始めたら、気付かぬうちに攻撃が終わって負けてしまうだろう。


「では、いきます!」

「どうぞ」


 気合いを入れるシエルとは反対に、常に冷静に淡々としているヘレナ。


 シエルは魔力を貯め、放つ。

 放った魔法は、火属性。


 シエルがキョースケと契約してから、一番強くなった魔法だ。

 攻撃魔法としても火属性はとても強力で、防ぐのは容易ではない。


 ヘレナの小さな身体の倍は余裕である炎の球体が、どんどんヘレナに迫っていく。


 そして当たる瞬間――炎はかき消えた。


「っ……!」


 シエルは少し驚いたが、予想はしていた。

 アイリにすら傷一つ与えられない攻撃が、ヘレナに届くわけないということを。


 そして予測していたからこそ、次の攻撃に繋げられる。


 でかい炎の球を囮に、放った小さな炎の魔法。

 炎の球に隠れるほど小さく親指ぐらいの大きさしかなく、威力は先程の魔法より劣る。


 しかし目で追えないほど速く、人に致命傷を与えるぐらいの威力は十分にある。

 こちらが本命の攻撃だった。


 この攻撃は唯一、アイリに傷を負わせることができたものだ。


 だからヘレナにも、少しは効果はあると思った。


「良い戦略です」

「なっ……!」


 だが、あっさりと破られる。


 避けもしない。

 ただその場に立ってヘレナは立って魔法を発動するだけで、シエルの魔法は打ち負けた。


 アイリですらギリギリで避けようとし、避けきれずに傷を負ったというのに。

 微動だにせずに、打ち消された。


「アイリ様やアリシア様にはない、力押しだけじゃない作戦で良いと思います。しかし、まだまだです。そのくらいのものだったら、簡単に破れてしまいます」

「……っ! まだいきます!」

「どうぞ、どこからでも」


 一番自信があった攻撃が破られ、シエルは魔法の威力を高めてがむしゃらに攻撃する。


 威力としてはアイリには及ばないものの、A級冒険者に届くぐらいの攻撃力だ。


 しかし、ヘレナには通じない。

 むしろ威力が高くなっても繊細さが欠けているので、簡単に打ち消されてしまう。


「はぁ、はぁ……!」

「……まだ、やりますか?」


 シエルは膝に手をつき、息を荒げている。

 ヘレナは三戦連続でやっているというのに、息一つ乱れていない。


 身長差で二人の頭の高さに差があったが、今はその位置が逆転していた。


「まだ、やります!」

「……無駄なことをしても、実力は上がりませんよ」

「無駄じゃ……!」

「無駄です。今のままじゃ私には勝てませんよ。その力に自惚れてるだけだったら」

「自惚れて、なんか……!」


 シエルは膝に手をついたまま顔を上げてヘレナを睨む。

 しかしヘレナは睨まれても全く表情を変えずに、淡々と自分が思っていることを口にする。


「その力は、貴女の力ではない」

「っ!」

「貴女の中に異なる二つの魔力を感じ取れます。一つは貴女のものでしょう。そしてもう一つは、魔獣のキョースケ様のものですね」


 ヘレナほどの魔法使いにもなると、相手の魔力の質を感じ取れる。


 熟練の魔法使いでも相手が魔法を放ってから、その魔法に込められている魔力を感じ取る。

 実際にS級冒険者のアイリはそうである。


 しかしヘレナは相手が魔法を出す前に、どれだけの魔力が込められているかなどを判断できるのだ。


「貴女が使っている魔力は、ほとんどがキョースケ様のものです」

「そ、そんな……」

「事実です。その力に自惚れて、貴女は強くなったと勘違いしています」

「っ……!」


 シエルは何も言い返せなかった。


 キョースケと契約し、貰い受けた魔力で強くなったと思い込んでいた。

 貰った力だと認識していたが、それでも自分の力になったと勘違いしていた。


 だがこれは自分の力ではなかったのだ。

 キョースケと契約していなかったら、自分は何もできない。

 ずっとD級冒険者でくすぶっていただろう。


「なぜキョースケ様とシエル様が契約したのか私にはわかりませんが、その力に溺れてしまっては強くなれません」


 今まで自覚していなかった自分の弱みを突かれて、何も言えない。


 自分が恥ずかしい。

 貰った力で強くなった気がしていた。


 その力も、目の前のヘレナやS級冒険者のアイリには遠く及ばない。


 前にアイリが怪我をして自分だけ街に帰還して助けを呼びに行ったとき、とても不甲斐なかった。

 もっと自分が強ければ一緒に戦えたのに、と。


 だからもっと強くなりたいと思って、ヘレナとの戦いを申し出たのだ。


 それが、この様だ。

 手も足も出ずに、自分の不甲斐なさをさらに自覚させられた。


「うぅ……!」


 自分の情けなさからか、悔しくて目から涙がこぼれる。


 もっと強くなって、キョースケと黒雲を晴らすためにあの依頼を受けたいのに。

 自分がこんなに弱かったら、足を引っ張ってしまう。


 だけど貰った力しか使ってないと言われて、これからどうすればいいのかわからない。


 そう思うと、なおさら涙が止まらない。


 涙が頬を伝って、地面に落ちた――その瞬間。



「――っ!?」

「えっ……?」



 赤い物体が飛来し、ヘレナを吹き飛ばした。



 

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