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第116話 ヘレナ対ユリウス



 驚異的な速度で、ユリウスはヘレナとの距離を縮める。

 常人の目では全く追えないような速さだ。


 しかしヘレナはそれを余裕を持って躱す。

 先程まで後ろに迫ってきていたユリウスの攻撃を躱しながら、街の人達のことも考えていたのだ。


 一対一で集中して戦える状況で、避けられないはずがない。


 しかもユリウスの攻撃は、近づいてきてヘレナの身体のどこかを掴もうとするだけ。

 おそらくあれに掴まれば致命傷は避けられないが、掴まらなかったらどうってことない。


「んー、小さくてすばしっこいから、面倒だなぁ」


 首を掴もうとしてくる攻撃を紙一重で避け、ユリウスの懐に入り込む。

 そして風魔法を鳩尾に放つ。


「うっ……! あはぁ、今のは効いたかも……!」

「……そうですか」


 ユリウスの身体が浮いて、数メートルほど吹っ飛ぶくらいの威力。

 それなのにユリウスは腹を摩って、すぐに攻撃を仕掛けられるくらいのダメージしか負っていない。


 常人ならば内臓が破裂してもおかしくないほどの威力で魔法を放っている。

 それなのにまるでダメージがない。


 しかもあの細い身体では考えられないほど、力が強い。


(おそらくは魔法での身体強化……それを常時している。アリシア様よりも身体は丈夫と考えるのが妥当でしょう)


 A級冒険者のアリシアも身体強化をする魔法を使っているが、それ以上の強さだ。


(私の魔法の火力では、ダメージを与えるのは困難ですね)


 ヘレナは攻撃を軽く避けながら、冷静にそう考えていた。



 エルフの中でも、おそらく最強の位置にいるヘレナの戦闘力。

 しかしヘレナは昔、落ちこぼれであった。


 王族であったにもかかわらず、魔法の威力が普通のエルフよりも弱いからだ。

 最高最強の血筋を受け継いだのに、なぜそんなに弱いのかはいまだにわからない。


 長女として生まれて王に一番近い存在で期待されていただけあって、その落差は激しかった。


 しかしヘレナはそれで諦めず、自分なりに魔法を研究した。

 子供ながら王宮の書庫にあった魔法の本を全て読破し、逆に足りないと感じて自分で書いた。


 そして数十年かけて完成させた、戦闘方法。

 相手の魔力を感知し、大きな魔法でもその弱点を突いて無効化する。

 ヘレナはそれを目を瞑って、手足を縛られても出来るほどの練度に仕上げていた。


 隙がない戦い方、隙を見つける戦い方において、ヘレナの右に出るものはいない。



 だがそれでもヘレナには、やはり魔法の力が足りない。

 普通ならば多少足りなくても勝てるのだが、今は純粋な火力を求められる状況だ。


 何度も人体の急所を攻撃しているにもかかわらず、ユリウスは血を流しながらもすぐに攻撃してくる。


 血を流しているのも、鼻血や口が少し切れて出ているぐらいだ。


(……色々と聞きたいので、殺したくはないのですが)


 ヘレナはまだ攻撃してない場所がある。

 それは致命傷となる、首だ。


 風魔法でそこを切れば、一瞬で片はつくだろう。


 しかしユリウスを尋問したいヘレナとしては、それは避けたい。

 色々と聞きたいことがあるが、殺してはそれが聞けない。


(ではあまり攻撃したくなかった場所を、狙いますか)


 鳩尾などで気絶、もしくは悶絶などもしないユリウス相手に狙いを変える。


「申し訳ありません。貴方が命を狙ってくるので、こちらもそれ相応の対応をさせていただきます」

「んっ? もちろん、命の取り合いだもんね。殺す気で来なよ」

「いえ、殺す気はありません。再起不能にするつもりなので、ご容赦を」

「へー、やってみなよ……っ!?」


 瞬間、ユリウスの右目には闇が広がった。


 否……闇が広がったと勘違いしたが、これは――。


「あっ、ああぁぁぁ!?」


 遅れてくる激痛。

 ユリウスは右目を押さえて後ろに下がる。


「あは、あっはは……!! まさか、目を潰されるとは思わなかったよ……!」


 閉ざされた右目から、鼻血などとは比べ物にならないくらい血が流れ落ちる。


 ヘレナの風魔法は、一瞬にしてユリウスの右目を奪った。

 動く対象の目を狙って攻撃するのは至難の技だが、ヘレナにとっては朝飯前だ。


「申し訳ありません。ですが貴方に対して、一番の攻撃手段だと思ったので」

「そう、だね……目とかはさすがに、魔法で強化しても限度があるからね」

「降参をお願いします。でないと、次は左目を奪います」

「あはっ、やってみなよ……!」


 痛みで顔が青くなってきているユリウスだが、それでもなお狂気的に笑った。



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