第108話 クラーケン討伐後
僕はラウラさんの腕から、アイリさんの腕の中に移動していた。
「で、クラーケンを倒したから、これで依頼は達成よね?」
アイリさんに抱きしめられた余韻を楽しんでいたマリーさんが、楽しみ終わってからそう言った。
そうだ、クラーケンを倒したら黒雲病の完治薬をもらうって話だ。
「ちゃんと完治薬とレシピは貰えるのよね?」
マリーさんが念を押すようにそう確認する。
これで断られたら、なぜクラーケンを倒しに来たのかわからない。
僕も早く一つだけでも薬を貰って、エリオ君に届けないといけないんだ。
クラーケンを倒したのに薬はあげません、ってしらばっくれられたら――。
「あっ、そういえばそういう話だったわね。じゃあ帰ったらあげるわ」
困る……えっ、そんなあっさり?
ナディア女王は簡単に約束してくれた。
マリーさんも少し拍子抜けなのか、
「あっ……そう。ならいいわ」
と気が抜けた返事をした。
「待ってください陛下。そんな簡単に他国に差し出していいものでは……」
しかしラウラさんがナディア陛下を止めようとする。
黒雲病の完治薬はそれだけ他国に流したくないのだろう。
フォセカ王国やエルフの国は外交をあまりしないようなので、難しいところなのかもしれない。
「ラウラ、簡単に差し出してるわけじゃないよ。今のクラーケン、私たち三人だから案外すぐに終わったけど、軍に任せてたら、結構な被害が出たと思う。マリーは本当に死にそうだったしね」
ナディア女王が珍しく真面目な顔をしてそう言う。
僕には見えてたけど、ラウラさんにはクラーケンとの戦いは見えてなかったはず。
確かにマリーさんはギリギリのところでアイリさんに助けられてて、もう少し遅かったら致命傷を喰らっていた。
マリーさんは見抜かれていたことが恥ずかしいのか、「別に、死ぬほどじゃなかったわ」と顔を逸らしながら言った。
「普通に完治薬とかレシピを渡すぐらいのことはしてもらったよ」
「……はぁ、わかりました。陛下がそこまで考えていらしてるのであれば、私からは言うことはありません」
「えっ、私が何も考えてないと思ってたの?」
「ええ、ノリと勢いで渡そうとしてると思っておりました」
「ねえ、不敬罪だよね? 不敬罪って最悪だと死刑に出来るの知ってるよねラウラ?」
「すいませーん」
「ラウラが語尾伸ばした!? 初めて聞いたけど、だけど今聞きたくなかったなぁ!?」
その後も「不敬罪だよ! 死刑だ!」とナディア女王が言うが、適当にはぐらかすラウラさん。
「陛下、人に死ねとか死刑とか言ってはいけません」
「あっ、ごめんなさい」
「わかればよろしい」
「はい……ってだから違うじゃん! 本当に死刑になるぐらいのことだからね!」
二人の信頼関係があるからこそ、こんな漫才みたいなことが出来るんだろうなぁ。
これからフォセカ王国に帰って、色んな書類とかの手続きをして完治薬を数十個、そしてレシピを貰うことになるみたいだ。
フォセカ王国が作ったものだから勝手に他の国に流したりしない、とかそういう条約を結ばないといけないらしい。
「えっ、それってまた私の書類仕事が増えるってこと?」
「はい、そうです」
「ごめんマリー、やっぱり完治薬あげるのやめる」
「ラウラ、こいつ殺していい?」
「手伝います」
「冗談だから! やめて! ラウラもなんで手伝うとか言ってるの!?」
ナディア女王がやめるって言った時も本気だったと思うし、マリーさんもラウラさんも本気だった気がする。
というかそうだ、多分なんか条約結ぶのは時間かかると思うけど、僕は完治薬を一個貰って先に帰らないといけないんだ。
アイリさんやマリーさんと一緒に持ち帰ってしまったら、エリオ君に渡す分が無くなってしまうかもしれない。
「キョ、キョー」
「ん? どうしたのキョースケ」
僕はアイリさんにそのことを伝えようとする。
ヘレナさんが書いてくれた手紙をもう一回確認してもらえれば、僕が何を言いたいかわかるだろう。
頑張って身体で色々と示して、アイリさんにヘレナさんの手紙のことを思い出して貰った。
「あっ、そうだったね」
「アイリ、キョースケはどうしたの? なんかすごい暴れてたけど」
丁度よくナディア女王が話しかけてくれたので、アイリさんが伝えてくれる。
僕が先に完治薬を一個貰って、帰ってエリオ君に渡したいということを。
「それくらいならいいけど、キョースケの言葉よくわかったね。アイリの肩の上で暴れただけじゃん」
「手紙に書いてあったから」
「手紙?」
アイリさんは説明するよりも見せた方が早いと思ったのか、懐から僕が持ってきた手紙を出して渡す。
ナディア女王は「ほうほう、そういうことね」と言いながら読んでたけど、最後の方を読むと目を丸くした。
「えっ? ヘレナ? もしかして……ねえこの手紙書いた人って、エルフじゃないよね?」
「エルフだけど……どうして?」
アイリさんがそう答えると、さらに驚いた顔をした。
えっ、もしかしてヘレナさんと知り合い?
ラウラさんも気になったのか、ナディア女王の読んでいる手紙を盗み見して、同じように目を見開く。
「まさかこの筆跡、ヘレナ様……!?」
「だよね。ヘレナお婆ちゃんだよね」
「ヘレナ、おばあちゃん……?」
「キョ……?」
やっぱり知り合いみたいだ。
だけど、お婆ちゃんって……?
ラウラさんが驚きながらも説明してくれる。
「ヘレナ様は、ナディア陛下のお祖父様の姉様。つまり第二八代女王になるはずのお方でした」
「えっ……?」
「嘘……!?」
「キョ……!?」
アイリさんにマリーさん、それに僕も声をあげて驚く。
まさかヘレナさんが、王族だった……!?
◇ ◇ ◇
その男は、黒い格好をしていた。
返り血を浴びたはずなのに、もうどこも赤く染まっているところはない。
「はぁ、居場所を聞き出すのに時間かかっちゃった」
首を横に傾け、コキっと骨が鳴る。
「えっと、ノウゼン王国の王都だっけ。ここから結構時間かかるよなぁ」
スイセンの街を出て、王都に続く道を見る。
面倒そうにため息をついた。
「馬とか嫌いだし、歩いていこうかな」
スイセンの街から王都まで歩いたら何日もかかるが、どうにかなるだろう。
歩くのに飽きたら、すれ違う商人を脅して連れていってもらえばいい。
「そうそう、赤い鳥の奴の種族、忘れてたけど思い出した」
男は狂気に塗れた笑顔で、呟く。
「不死鳥だぁ……殺しても蘇るらしいけど、頑張って殺さないとね」
そして黒い男は、王都へ続く道を歩いていった。




