第2章 4-6 余計な褒美
「魂魄移植により、確かに字の読めなかった少女が、もし読めるようになったとしたら……それはたいへん興味深い事実です。ぜひ、次のドラム開発へ向け、研究対象とさせていただきたく」
(そら中身がちがうんだから、字も読めるようにならあ)
桜葉は心中で舌を出す。研究するとしたら異世界のおっさんをどうやってイェフカの魔力炉がひっぱってきたか、なのだろうが、それは云えぬ。
「何をおっしゃっているのか」
「まだそんな異常に高価なドラムを造る気ですか!!」
「閣下……イェフカの成績次第では、けして新たな開発費を認めてはいけませぬぞ」
「財政が破綻しては、本末転倒なり!!」
もう方伯が手を上げても、喧々諤々、誰も云うことを聞かなかった。
(どんだけ高いんだよ、この機体……)
桜葉はあきれた。自分の褒美はどうなったのか。
「分かった、分かった!! もうよい。イェフカ、その褒美は、またの機会に。博士も、それでよろしいな」
スヴャトヴィト博士が片頬を歪ませながら肩をすくめる。桜葉も同じ仕種をしたい気持ちだった。そのまま、博士はもう興味が無くなったかのように出て行ってしまった。
「……狂人が」
誰かがつぶやいた。
「イェフカ、では、ちがう褒美をやろう」
おっ、なんだろう。桜葉は順当に金銭か宝飾を期待した。ボーナスだ。
「里帰りを許す。久しぶりに家族と会って英気を養い、また……その特殊な戦闘法の根源をいま一度確認し、ハイセナキス七選帝侯国代表戦へ備えるため、いちどコロージェン村へ帰ることを許す」
「…………」
はあああああ~~!? な、な、なんっっじゃそりゃああ!! 桜葉はあきれて立ちつくした。
「ありがとうございます!!」
代わりにクロタルがステップを踏んで両手を上下した。方伯が立ち上がり、重臣たちも妙な踊りで伯爵を見送った。それを見て、志村けんか!! と心の中でつっこむ。
桜葉は目元がピクピクと動くほど嫌な予感に苛まれた。
(……実家に……帰る……!?)
完全に、まずい。ヤバすぎる。
5
ハイセナキス七選帝侯国代表選手権開催の三週間前。スケジュール的にはもう、アークタたちと申し合いをする日程であったが三日だけそれを遅らせ、侯命により桜葉はスティーラの故郷であるコロージェン村へ向かった。その場しのぎの適当な発言が積もり積もって、こういう事態となっている。しかし「記憶障害の設定」は、ここでも役に立つだろう。
また、いざとなったら何もかも忘れたふりをするだけだ。問題なのは、コロージェン村に伝わる特別な武器だの戦闘方法だののインチキをどう誤魔化すか、だが、そんなもの適当に報告すればいい。そう思った。
クロタルが一緒に行くと云うまでは。
「えっ……クロタルさんも行くんですか!?」
「村まで一人で行けますか?」
桜葉は黙りこんだ。どこにあるのかもとうぜん知らぬ。考えてみれば三日間の糧食の管理も必要だ。危うく、どこかも分からない場所で機能停止になる憂き目であった。イェフカへ多額の投資を行ったテツルギンだ。クロタルが着いて来るのは当たり前だったし、むしろその他の職員がぞろぞろ着いて来ないのが不思議なほどだ。
「既にコロージェン村には連絡が行っており、村を管理する代官のカッテラー様から人を借りてドラム用の滞在施設が整っております。食事は大丈夫です。質的には、流石に質素になりますが」
「あ、はい。……そうですか」
「では、明日の朝一番で出発します」




