表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/6

後日談3 ふたり

 保との生活が4年目に入り、保がせっせと就職活動に勤しむ中、どういうわけか私は就職活動を禁止されていた。

 どういう手管を使ったものか、母からも民間企業には就職しないようにとの指示が来ていたので、従わざるを得なかった。

 さすがに就職についてまで、親から、意見ならいざ知らずほぼ命令形での指示が出されることに唯々諾々と従うのは不本意だったので、どういうことかと説明を求めたところ、民間では不都合があるので、公務員、それも区役所の試験を受けるようにとのことだった。

 なるほど、つまるところ安定したところに就職してほしいとの親心だったか。

 理由を聞いてしまえば、理解できる話だ。

 話の端々に「あんたじゃ民間ではやっていけないから」などと私を貶すような言葉が差し挟まれているところに感じるものがないでもないが、娘に収入の安定した職に就いてほしいと思う親心自体はありがたいものと言うべきだろう。

 特段就きたい職業があったわけでもない私としては、公務員になることに否やはない。

 そういうわけで、私は区役所の試験を受けるべく、保に説明した。

 したのだが。

 不思議なことにというべきか、やはりというべきか、既に保は区役所の受験の申込書を用意していた。


 「どうして保が申込書を用意しているのだ? 私が区役所を受けることが決まったのは、つい先ほどなのだが」


 「知ってる。決まってすぐ俺に話してくれるなんて嬉しいよな」


 「質問の答えになっていないのだが」


 「ああ、悪い。答えは、俺とおばさんで前から相談してたからだな」


 やはりか。予想できなかったわけではないが、相変わらずの根回しだ。もはや暗躍と言って差し支えなかろう。


 「今更言っても詮ないことだが、なぜ私の就職先について、私のいないところで話し合っている」


 詰問すれば、


 「まあ、正論を言えばそうなんだけどな。

  おばさんから言ってもらった方がみぃも受け入れやすいと思ってさ」


などといけしゃあしゃあと言う。


 「答えになっていない。

  少なくとも、保は私が区役所に勤めることを望んでいたということなのだろう?

  なぜ、それを私に直接言わない?

  保のことだ、何かしら理由があるのだろうし、それを言えば話を聞くとわかっているはずだ」


 そう言うと、保は気まずそうな顔をしてそっぽを向いた。この顔をするのは、都合の悪いことを言わなければならないと逡巡している時だ。

 ということは、おそらく、私に言うと反対されるような裏の理由があるということだろう。

 私とて学習能力くらいある。保が暗躍するに当たって、私に知られたくない、何らかの事情があることが多いのは把握している。


 「やはりか。

  保が私を陥れるなどとは思わないが、何か隠し事はあるらしいな。

  私のためというより、保にとって都合がいいから区役所に就職させたいわけか。

  理由はなんだ」


 保は、まっすぐ私の目を見て、頬を掻きながら答えた。


 「先々を考えたんだよ。

  産休をとるにも育休をとるにも、公務員がベストだ。それも、俺の仕事と併せれば、内部でしか異動しない区役所しかないだろ」


 「まともな理由ではないか。

  要するに、私が引っ越す必要のない仕事に就くことを求めたのだろう?

  一言そう言えばすむ話ではないか」


 目を逸らさずに話すだけあって、真っ当な理由だった。

 どうして正面から言ってこないのかと疑問に思うほどだ。


 「産休制度にしても…産休!?」


 産休というと、産前産後休暇というものではないか!?


 「子供を、産む…。私が、保との子供を…」


 子供を産むということは、そのための行為をするということで、いや、卒業したら籍を入れるのだし、そうしたら夫婦になるのだから、性交渉があって当然で、そうだ、夫婦で性交渉がないのは離婚の理由になるくらい必須だったはず。

 性交渉…私と、保が。

 膝枕してやるのも、腰を抱き寄せられるのも、好ましいことだが、性交渉といえば互いに全裸で肌を合わせるということだ。

 私と保が肌を…。


 「みぃが何考えてんのか、手に取るようにわかるよ。

  だから言わなかったんだ。

  絶対目をグルグルさせるから。そうしてるみぃも可愛いけど、建前だけで納得させられるんだから、焦らせる必要はないだろ」


 「わた…私のためか…」


 「ん~、みぃは多分覚えてないと思うけど、幼稚園の頃、大人になったらお母さんになりたいって言ったんだよな」


 お母さん? 幼稚園の頃…。

 少し落ち着いた。

 幼稚園の頃、確かに、将来何になりたいかという質問に「お母さん」と答えた覚えがある。

 “どんな職業に就きたいか”という意図の質問だったようだが、幼かった私は“どんな大人になりたいか”と受け取り、母のようになりたいと答えたのだ。質問の意図を取り違えるなど、今にしてみれば汗顔の至りだが、幼児の頃の微笑ましい思い出といえるだろう。


 「そのようなことを言った覚えはあるが、それがどうかしたのか?」


 「その質問、俺がなんて答えたか覚えてるか?」


 保が? はて。


 「覚えていない。あの頃、保がなりたいと言っていたものか…」


 現状、保はメーカーの商品開発部の内定がもらえたという話だったが、まさか幼稚園の頃からそれを目指していたわけでもあるまい。そういえば、将来の夢のようなものは話したことがなかった気がする。

 私自身に確固とした夢がないせいでもあるが。


 「お父さん」


 「なにがだ?」


 夢の話ではなかったか。


 「だから、将来なりたいものだよ。

  みぃがお母さんって言ったから、俺はお父さんになりたいって言ったんだ」


 「なぜ私に合わせる必要がある」


 全く覚えていないが、そんな頓狂なことを言ったのか。


 「合わせたっていうか、みぃがお母さんになるなら、自動的に俺はお父さんになるなあって思っただけだ」


 「意味がわからないのだが。

  なにが自動的なんだ」


 「みぃがお母さんになるってことは、子供が生まれるってことだろ? だったら、その父親は俺しかいないからな」


 また子供!?


 「いや、ちょっと待て。

  私の記憶違いでなければ、それは幼稚園の時の話だよな」


 「うん、みぃの記憶は正しいよ。幼稚園の時で間違いない」


 「どうして幼稚園児が子供が産まれることを想定しているのか、少々戸惑いを禁じ得ないのだが」


 「子供のままごとにだって子供は登場するんだ、何も不思議はないだろ。

  細かいことは置いといて、結婚すれば子供が生まれることは幼稚園児だってわかってるんだよ」


 「そ、そうか」


 ままごとにも子供は登場する、か。

 たしかに、何度かやったことのあるままごとで、赤ちゃんがどうこうというのはあったような気もする。


 「ちょっと待て。

  その伝でいくと、保はその頃から私と結婚するつもりだったということにならないか?」


 私がお母さんになるなら自分はお父さんになるということは、そういう意味になってしまう。

 私にしてみれば、唐突な新事実の暴露なのだが、保は平然としていた。まるで、何を今更と言っているかのようだ。


 「何を今更」


 言っているかのよう、ではなく、言われてしまった。


 「幼稚園の頃から、私と結婚するつもりだったと?」


 「そうだぞ。言ってなかったか?」


 「初耳だ。

  私は当事者のはずなのだが、どうして聞いたことがないのか疑問に感じる」


 「そりゃ、みぃだからな」


 「答えになっていない」


 「みぃは晩稲(おくて)でニブいからな。

  お父さん云々は、多分俺以外覚えてる奴はいないと思うが、俺がみぃを好きだったことは、うちの親もみぃの親も知ってたぞ」


 たしかに、大学進学と同時に婚約させた上に、同居できるマンションを捜してくるくらいだ、かなり早い時期に親同士で話が決まっていたのは間違いなかろう。

 今となっては、もはや保と結婚しない未来など考えつかないが、高校時代の弁当の件以前から根回しが行われていたと考えるべきだな。


 「いつからだ?」


 「ん?」


 「いつから、その、私と結婚するための根回しをしていたのだ?」


 要領を得ない質問に、珍しく首を傾げた保だったが、根回しと言えば得心がいったようだ。


 「ああ、そのことか。ん~、中学入った頃か?」


 「中学だと?」


 10年も前からというのか。


 「男女の幼なじみが中学高校と疎遠にならないっていうのは、少なくともどちらかが疎遠になりたくないと努力しているからだよ」


 「そんなに以前からだったのか」


 「幸い、みぃも俺といることに違和感なかったようだから、これなら大丈夫だろうと」


 明け透けに言って笑う保に、顔が熱を持つ。

 幼い頃から隣にいて、それが当たり前のように思っていたが、保の努力の賜だったのか。

 高校時代、このままでは一緒にいられなくなる日が来るからと、昼を共に過ごすよう画策していたことを思い出す。


 「保は、ずっと努力してくれていたのだな」


 なぜだろう、目頭が熱い。

 私が当たり前のように享受していた安穏とした日々は、保の努力に支えられていたのだと、今更ながら気付かされた。


 「そりゃあ、みぃを隣に置いときたかったからな」


 なんでもないことのように言ってのけるが、きっとそれは簡単なことではなかったはずだ。


 「私も、保の隣にいたい」


 保がいない生活を考えるだけで、言いようのない不安がせり上がってくる。

 保のために料理を作り、保の服を洗濯する生活は、存外満ち足りていた。

 私も、保と共にあることに執着はしているようだ。


 「みぃがそう言ってくれるのを待ってたよ。

  もちろん、ずっと一緒だ。

  死が2人を分かつまでってやつ?」


 微笑む保を見て、胸が詰まる。

 何を言っていいのかわからない、何か喚き散らしたいような衝動が湧いてくる。


 「うん。うん。

  ずっと隣にいる。生涯支える」


 保に力一杯しがみついた。

 涙が溢れて止まらず、保がいることを感じていたい。

 いつもは戸惑うばかりの口づけも、なぜだか嬉しくてたまらず、もっと長く、深くと求めていた。




 その後は、よく覚えていない。

 これも初めて、保に好きだと言い続けていたような気がする。

 気が付くと、ソファの上で保と寄り添っていた。

 妙に落ち着いたような気持ちで、間もなく保の妻になるのだということが誇らしく思える。保と生涯を共にすることがたまらなく嬉しい。




 「お、起きたか、みぃ。おはよう」


 「おはよう保。夕べは取り乱してすまなかった」


 「いやあ、みぃがやっと自覚してくれて嬉しかったよ。

  あんまり可愛いから、我慢すんの大変だった。

  一応、おばさんからは許可もらってるけど、みぃの性格上、籍入れるまではな」


 それは、つまり、性交渉をという意味なのだろうが、たしかに夕べ一足飛びにしなかったことは、その…。


 「保となら、その、吝かではない」


 どうにもしどろもどろになってしまう。


 「うんうん、焦ることはないからゆっくりいこう。

  俺はみぃと過ごせれば幸せだからな」


 そう言って笑った保の顔は、本当に幸せそうに見えた。

 またしても顔が熱を帯びたが、きっと私もそんな顔をしているのだろう。

 はい、とうとう結婚です。

 最初に前後編で書いた時は、ここまで書く気はなかったんですけどねぇ(^^;)

 朴念仁で晩稲な海里は、鷹羽にとってツボだったようです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] よく我慢したな!Σ(゜Д゜) …でも、保っちゃんはこうじゃなきゃ! 新婚編をリクエストしたけど、海里…就職しても仕事行けてるのかな…?(笑) 自覚したから専業主婦かな(*´艸`*)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ