第95話 イタズラの結果
誤字脱字の修正をしていただき、助かっております。
昼と言うには少々早い時間にオウルの入口に着く。
貴族用の入り口へ向かい、義父さんに貸してもらった許可証を出すとすんなり中に入ることができた。
ミスラ様は……。
荷馬車を引きミスラ様を探しながらキョロキョロ歩いていると、
「やあ、マサヨシ殿」
と後ろから声がかかった。
振り返るとミスラ様が居た。
「これは、ミスラ様。
先の大集会以来です」
と挨拶をする。
「この門の使用者の報告が来てな。
その報告で義弟になる者の名前が出たので急いで確認に来たのだ」
義弟確定らしい。
「しかし、このようなところでどうした?
それも、そのようなケガをした者を連れて……」
みすぼらしい馬車の上に乗る手や足があらぬ方向に曲がった男を見てミスラ様は顔をしかめた。
「私がゼファードのダンジョンを攻略していることは知っておいででしょうか?」
「ああ、ラウラからの手紙で知っている。
『マサヨシ殿のパーティーはゼファードのダンジョンを順調に攻略している』と書いていた」
「私のパーティーは既に二十階を超え、攻略をしているところです」
「それはすごいな。
ゼファードのダンジョンを二十階以上進むのは一握りの者たちと言われている」
「そこで、珍しい人を助けたのです」
「珍しい人?」
「そこにおられる人です」
ミスラ様は荷馬車の上に居るオブジェのような人の顔をじっと眺めた。
そして、何者なのかに気づき、
「まさか……フラン・フリーデン」
とつぶやいた。
「はい、今を時めくフリーデン侯爵のご子息です。
魔物におもちゃにされていました。
私の治癒魔法では止血と沈痛までしか行うことができず、移動時の苦痛を和らげるため眠らせています」
ちょっとした嘘で、話を作る。
義兄さん? 申し訳ない。
「一度、義父さんに会った後、一緒にフリーデン侯爵の元へ向かうつもりです」
「ゼファードから馬車で来たのなら、フリーデン侯爵への連絡はまだなのだろう?」
「はい」
「それでは、私からフリーデン侯爵の屋敷のほうへ先触れしておこう。
そのほうが、話が早いだろう」
義父さんの読み通りにミスラ様が動いた。
「お気遣いありがとうございます」
「何、気にするな。
義弟になる男のためになるのだ。
このくらいのことは問題ない」
ミスラ様は近くに居た兵に声をかけると、耳元で何かを話す。
すると、兵はオウルの街へと走り出す。
「私は義父さんと合流次第フリーデン侯爵の屋敷に向かいます。
それでは」
と言って荷馬車を走らせ屋敷へ向かった。
「開けてくれ」
と俺が声をかけると門が開き、
「お帰りなさいませ」
とサイノスさんが出迎える。
そのまま荷馬車で玄関に向かうと、すでに義父さんはシルクワームの服に着替え、腰にレイピアのような剣を差し、アンに乗って待っていた。
「首尾は?」
「義父さんが読んだ通り、ミスラ様が先触れに兵を送ってくれました。
このまま出向けば問題ありません」
「わかった。
帰って早々悪いが、行くぞ」
俺と義父さんの二人はフリーデン侯爵の屋敷へ向かった。
顏の売れている義父さんに続き荷馬車で俺が続く。
速さは、駆け足程度。
でないと、荷馬車がついて行けない。。
義父さんが動くと、何かと目立つようだ。
さすがに知名度が高い。
人通りの多い所では、
「親子でどこへ?」
「なぜあんなみすぼらしい荷馬車を?」
「何を運んでいるのだろう?」
街の人々は俺たちに気付くと指をさして噂話を始める。
興味があるのか荷台を覗く者も居た。
「うわっ、人だ。
生きているのか?」
と驚き、そのまま離れるような者もた。
いくらかの者は興味本位なのだろう、義父さんと俺を追いかけてくるのだった。。
フリーデン侯爵の屋敷に着き、馬と荷馬車を止めると、屋敷の門番が近寄ってくる。
「こっこれは、クラウス・マットソン様とそのご子息様。
連絡は受けております。
中へお入りください」
屋敷の扉が開くと、俺と義父さんはフリーデン侯爵の屋敷の中に入った。
既に屋敷の玄関前で、大集会で見たことのあるカイゼル髭が立っていた。
「息子は!」
大声を上げ俺に聞く。
「ああ、この荷台に居ますよ。
今は寝ていますが……」
と、ちょっと勢いに押され俺が返す。
「死んではおらんのだな!」
「ええ、起こしますね」
俺は気付けをイメージしてフラン・フリーデンを起こす。
「おどうさば!」
言葉が聞きづらいな。
俺は唇を治した。
「お父様!」
「おお、フラン。
なぜこんな事に……」
「この冒険者が私を落としめ、ダンジョンの中に押し込めたのです」
おお、いきなりの嘘。
「何?
お前が我が息子をたばかったのか?」
俺を睨み付けるカイゼル髭。
「ちょっと待て!
偉いさんだから静かにしていたが、嘘をつく息子の肩を持つのか?」
俺は怒りで地で話す。
「フラン・フリーデンの懐から手に入れたものだ。
そう言った後、俺はダンジョンへの許可証を投げた。
「それがブルードラゴンキラーというパーティーが持っていたダンジョンへ入るための許可証。
さて、なんでそんな許可証をその息子様が持っているんだ?
ちなみに俺の許可証はここにある」
フリーデン侯爵はしばらく沈黙した。
そして、雰囲気が変わる。
「何故、治さない」
と俺にきいた。
「治っているだろう?
血も出ていない。
痛みもなくなっている。
おまけで発声がしやすいように唇も再生しておいた。
俺がその息子様に言われた『フラン・フリーデンの屋敷に連れて行く』ということは十分に達成していると思うんだが……。
あと連れて行けば『褒美が貰える』ともその息子様に聞いたのだが……」
「お前、そんな事を言ったのか?」
フリーデン侯爵はフランに怒気を含んだ声で言った。
「私は助かりたい一心で……。
屋敷に帰ればなんとかなると思い……」
「ふむ……。
フランよ精鋭騎士を三人も見殺しにし、クロエ・ポルテをも失ったのか……」
「クロエ・ポルテは魔物たちに囲まれている所を、俺のほうで保護した。
そして、『クロエ・ポルテは好きにしろ』と息子様が言ったので、所有者変更をしてマットソン子爵の屋敷に居る」
と俺は言う。
「フランが言ったのなら仕方あるまい。
結果、その格好で帰ってきた」
フリーデン侯爵はフッと笑うと、
「フランよ、死ねばよかったのだ。
自分のやった事を悔いてな……」
「えっ?」
父親からの無慈悲な言葉に驚くフラン。
「貴族は自分の起こしたことの責任を取らねばならん。
それを儂に尻拭いさせる時点でお前はダメだ」
子を叱る親になるフリーデン侯爵。
「私はこの家の後継ぎでは?」
「その後継ぎであるのならば、それらしいことをすればいい。
内政の勉強をするなり、剣の修業をするなり、人との付き合い方を勉強するなりな。
ただ、お前は自分の身の丈に合ったことをしなかった。
自分の力を過信して、無駄な金を使ってその許可証を得てダンジョンに入ったのであろう?
道場の者たちに持ち上げられたか?」
「ぐっ……」
何も言えないフラン。
「そして、このような事になった」
「だから死ねと?」
「ああ、家のためにだ。
フランよ、お前は考えたか?
お前を助けたこのマットソンの息子に私はどのような褒章をすればいいのかをな?」
「私は目が見えません。
マットソン子爵の息子だと知っていれば……」
「ほう、死を選んだのか?
そのような傷をつけられてなお、フリーデン侯爵家の事を考え『助けてくれ』とマットソンの息子に縋らなかったというのだな?」
「それは……」
言い返せないフラン・フリーデン。
「ダンジョンの二十階以下と言えば、現状で数組しか行けるパーティーが居ないのであろう?
お前はそこで戦い抜いて強さを見せつけようと思ったのであろうが、それに失敗した。
そんな場所から息子を助けてもらったという事は、我が家としてそれに見合う褒美を出さねばならん。
出さなければ周りの貴族、更には民たちにバカにされフリーデン侯爵家の信用は堕ちる。
マットソン子爵の息子に助けてもらったという件は無しにしても、自分の実力を過信し、失敗した時の事を考えていなかった。
その時点でお前はダメだ」
「そんな!」
見捨てられたフラン・フリーデンはそう言うしかなかったようだ。
フリーデン侯爵が首を振ったあと一つため息をつくと、
「しかし、息子が可愛くないわけではない。
甘やかせた儂が悪かったのだろう。
儂が尻拭いをしたこともあったしな」
と言う。
そして、
「この通りだ、息子を治してもらえないだろうか?
礼はいかようにもする」
フリーデン侯爵は父親の顔になり俺に深々と頭を下げた。
それを見た義父さんが
「マサヨシよ……」
と俺を促す。
「わかりました。
治療しましょう」
俺はそう言って荷台に近寄った。
そして鎮痛の魔法をかけ、ボキボキとフラン・フリーデンの手足を折り、正しい方向にすると治癒魔法で治す。
そのあと体全体に魔法をかけると欠損部位も回復し五体満足なフラン・フリーデンに戻った。
「えっ、なんで?
目も見える」
体が当たり前のように動き、目が見えるようになったことが信じられないようだ。
フラン・フリーデンは荷台を飛び降りると、急いでフリーデン侯爵のところへ向かった。
「王に魔法使いだと言っておったのは本当のことだったのだな。
宮廷魔術師として仕えてもおかしくは無い。
このような男がなぜ儂の元に来なかったのだろうな」
悔しげに言うフリーデン侯爵。
すると、
「それはな、お主には息子が居たからだよ。
満たされていたから……。
儂はお前に結婚を邪魔されて子が居なかった」
義父さんは当たり前のように言った。
そして、フリーデン侯爵をジロリと睨むと、
「知らんと思うておったか?
お前が裏から手をまわし、儂の縁談相手の親に罪を擦り付けた。
しかし、儂は戦うしか能がない。
そんな証拠を得ることができなかった。
悔しかったよ……。
呪いの病を受け入れたのも自分の不甲斐なさをを悔いてだ。
そんな中、子爵家を我が代で潰すのが忍びないと思い、遠縁の者に『息子の一人を養子に貰えないか』と手紙を書いたのだ。
そんな養子さえ『儂の条件では無理だ』と断られた。
そんな手紙を持ってきたのがこのマサヨシだ。
それも、馬車から探し出して……。
何かの導きだと思った」
ちなみにあの時は金を漁っていたわけで……そんなに美化されても困る。
「フリーデン、ある意味お主のお陰だ。
ありがとう。
こんな結末を準備してくれて」
義父さんは地位を超え、上からフリーデンを見下ろしながらニヤリと笑う。
このような状況になったことは無かったのだろう。
フリーデン侯爵の眉がピクリと動いたが気にしない風に、
「さて、この褒美に何が欲しい。
フランをこの場所まで連れてきた分と体を全快してもらった分の両方でいい」
と、俺に聞いてきた。
「有能なクロエ・ポルテが俺の下に来たので特には無いんですよね」
と、俺が言うと、
「それでは我が家の信用が落ちる。
先ほど聞いておっただろう」
俺は義父さんを見た。
すると、
「好きにしろ」
と言う。
俺が何を言うのか試しているのだろうか?
「んー、そうだなぁ。
義父さんの婚約相手の家の名誉を回復して、誰か血のつながる者が生きているのなら家を復興してもらえますか?
あなたであれば誰かを悪者にして罪を擦り付け、家を復興させることなど可能でしょう?
悪いことをしている人も知っているでしょうし……。
領土はメルヌのマットソン子爵領の隣ぐらいにしてもらえればいいかな?」
「マサヨシよ、儂のことはいいのだ。
自分に利する事を考えろ」
焦った義父さんが俺に言った。
「利にはなるんじゃないでしょうか?
一度潰れた家がマットソン子爵のお陰で復興するんですよ?
恩を売れると言う事は、少々の無理は聞いてもらえるという事です。
十分な利になります。
だから、気にしないでください」
「わかった、儂の手で復興させよう」
フリーデン侯爵は言った。
「後は、クロエ・ポルテの家のことなんですが……。
確か、マットソン子爵の領土に隣接していたと思います」
クロエ・ポルテの話を聞いたあと俺は簡単な地図で確認しておいた。
びっくりするほど領地は広く、魔族の国とも隣接していたのだ。
ただ、その森の中を歩く道が必要である。
確かにクロエの言う通り平地は少ない。
しかし、それはマナに頼めば何とかなると考えた。
「あの領地をいただきたい。
屋敷、騎士団、領民を込みで……」
「あんな森ばかりの場所をか?」
驚くフリーデン侯爵。
「森が多いと言う事は、上手くすれば土地が広がります。
探せば貴重なものがあるかもしれません。
それに今、私には武を誇るものがパーティーしかありません。
やはり領土には騎士団は必要ではないでしょうか?
ですから、屋敷、騎士団、領民を込みでいただきたい」
「ポルテ伯爵はどうする?」
と俺に聞いてきたが、
「適当な役に付けてオウルで飼い殺しにしてください。
自分の欲を満たすために娘を売るなど私は許せませんから。
家が残るのならクロエも納得するんじゃないでしょうか。
統治は義父さんとクロエにやってもらいます。
あっ、クロエの両親と兄の三人で貴族として生きていけるギリギリの給料を与えてもらえれば助かります。
フリーデン侯爵はそれができる立場にあると聞いています」
と俺は言った。
「うむ、わかった」
「これは急ぐ必要はありません。
クロエ・ポルテが学校を卒業した後以降で私が跡を継ぐまでにやってください。
この二つをもって、今回の褒章にさせていただきます。
伯爵の領土と同等の息子様の命です。
バランスとして、これで良いのではないでしょうか?」
「そうだな……吹っ掛けてもらってもいいが、今儂が動かせる土地が借金を肩代わりしたポルテ伯爵領ぐらいしかない。
儂としてもケツの青い息子の命が伯爵領と同等なのであれば文句は無い。
早急に手配しよう」
フリーデン侯爵はそう言った。
「ああ、契約書を作りましょう。
口約束だけでは困りますので……。
約束を破った時の代償は隷属化です。」
俺は皮羊紙で『家の復興をする』『ポルテ伯爵領を譲渡する』『マサヨシが子爵の跡を継ぐまで』『破れば隷属化』という契約書を作り、契約台を出す。
「お前は魔法書士なのか?」
「ええ、一応免許を持っていますよ。
ですから、今ここで契約をします。
こちらへいらしてください」
無意識に俺はフリーデン侯爵を呼んだ。
フリーデン侯爵が俺の前に進み出る。
契約台を挟みお互いに契約台に手を置くと俺は契約書に魔力を通すために目を瞑る。
すると、俺の腹に鈍い痛みが走った。
「気を緩めたか?
侯爵を呼びつける子爵の息子などあり得んこと
立場の違いを身に沁みさせてやろう」
そう言ってグリグリと俺の腹にナイフを差し込む。
そして、フリーデン侯爵がニヤリと笑いながら俺を見ると。何十人という騎士が現れた。
一応、仕込みは有ったのね。
まあ、普通この数の騎士は相手にできないか……。
それを見て義父さんは苦笑いする。
「身分違いの事をしたのは謝りましょう。
しかし、あなた程度では私は殺せませんよ」
腹にナイフが刺さったように見えるが、脂肪に埋まっただけ。
シルクワームの服でさえ突き抜けていない。
俺はハー〇様?
拳法殺し?
俺はフリーデン侯爵の手を掴むと、
「マナ、悪いんだが強風であの騎士どもを吹き飛ばしてくれ」
と、小さな声でつぶやく。
すると、騎士たちの中心で竜巻が起こり、騎士たちは吹き飛ばされほとんどの者が戦闘不能になった。
「フリーデン侯爵、私は一応痛みを感じるのですが、生来体が頑丈なようでなかなか傷がつかないのです。
さて、この褒章どのようにしましょうか?
あなたを奴隷にしましょうか?
それとも、あなたの息子を?」
俺はわざとニヤニヤ笑いながら別の皮羊紙にサラサラと条件を書き写す。
「この皮羊紙を載せた契約台で契約すれば、あなたの胸に隷属の紋章が浮かび上がり、私のいうことを聞かざるを得なくなります。
どうしましょう?」
軽い威圧をしながら俺が言うと脂汗を流してフリーデン侯爵は俯いていた。
「これは貸しにしますね。
いつか回収に参ります。
ただし、先ほどの二つは契約として成立しています。
先に言ったことが私が義父さんの跡を継ぐまでに事が起こらなければ、堂々とこの屋敷の中に入り、遠慮なくあなた達を隷属化させていただきます」
義父さんが顔をそらして笑うのを我慢している。
気が済んだのか、それとも本当に面白いのか……。
「義父さん、帰りましょうか」
「ああ、帰ろう」
俺たちはフリーデン侯爵の屋敷の門へ向かう。
指示されていたのか俺たちが逃げられないように門には閂がされていた。
俺は荷馬車の御者台から降り、扉を押すと閂が中央からへし折れる。
「義父さん扉が開きました」
するとやれやれという感じで
「本当にバケモノだな」
とため息をつきながら義父さんが言う。
「好きで化け物をやっているわけではないんですがね」
そう言いながら俺は荷馬車に戻った。
「まあ、お前の風体を見て、あのフリーデンでさえ実力が読めなかったのだろうな。
ナイフで刺された時、思わず笑ってしもうた。
すまんかったな」
「一応息子なんですから、少しは心配してくださいよ。
クリスも、アイナも、リードラも、マールもあまり心配してくれません」
「普通ならば心配をするだろうが、違うからな」
と、ニッコリ笑う義父さん。
そして、
「本当にスッキリできた。
こんなに清々しい日は久々だ。
私の息子になってくれてありがとう」
「いいえ、どういたしまして。
こちらこそこんな『バケモノ』を息子にしてくれてありがとうございます」
俺たちはお互いに顔を見合わせて笑いながら屋敷に帰るのだった。




