第93話 たまたまだよ……たまたま。
んー、何でイングリッドの護衛をしているんだろうか……。
学校での用事も終わり義父さんを執務室に戻した後、学校を出ようとした時、
「マサヨシ様、このあとご予定は?」
とイングリッドが聞いてきた。
「いいや、特には。
イタズラの材料を買いに市に行こうかとは思っているけどね。
「市ですか?
行ってみたいですね」
イングリッドはニコニコである。
「王城に帰らなくて大丈夫なのか?」
「学校で勉強していたといえば……ね」
とお付きに声をかけるイングリッド。
その問いかけに、
「はい」
と頷くお付き。
「あとで、ロルフ商会から貰ったクッキーを食べましょう」
イングリッドが言うと、
「やた!」
「あれ美味しいのよね」
とお付きたちから声が上がる。
「じゃあ、マサヨシ様と帰るから、みんなは先に帰ってて。
あなたが私の振りをするのよ?
王城へはマットソン子爵の屋敷から直接部屋に帰ります。
私が帰るまでは部屋に王城の者は入れないように」
「殿下、畏まりました」
そう言うと、お付きたちは去っていった。
「えーっと、どういうこと?」
イングリッドは振り向くと、
「人族は髪型と服装を変えると、私だと気づかないんです」
と言って、くすくすと笑う。
「やっと二人っきりになれました」
と俺に近づくと、
「街に行きたいです!
街で買い物もしてみたい。
買い食いも!」
やりたい事を言うイングリッド。
王城に居るから我儘も言えないか……。
普通は護衛付きで、いい店とかに行くんだろう。
「最強の護衛兼恋人も居ることですし、デートです」
と言って飛びついてきた。
一応、学校内なんだがな……。
貴族たちに見つかりたくないなぁ……。
授業中なのか人もまばらだから大丈夫だと思うけど。
そのまま門に向かうと、アインに飛び乗った。
俺はイングリッドを引き上げ横乗りになってもらう。
門番が俺たちを見て話ししている。
んー悪目立ちだなぁ……。
まあ、いっか。
そう思いながら学校を出ていく俺とイングリッドが居た。
つまり、現在、デカい馬に乗った俺は魔族の美女を載せて市を歩いている訳で……。
「あれ、マットソン子爵の養子だよな」
「魔族と一緒だ。
でもスッゲー美人」
と言う感じで指差される。
俺もちょっと有名?
いい意味ではないが……。
他にも、
「美女とオークだな……」
という声が聞こえ笑っていた。
まあなぁ、この体型だ。
イングリッドには申し訳ない。
「悪いな」
と俺が言うと、
「何で謝るんです?」
「えっ、皆にあんまりいい印象を受けてないだろ?」
「ああ、指差されていた事ですか?
関係ないですよ。
私もみんなも関係ないんです。
あなたと居たいから居るだけ。
特に今は二人でいられるんです。
嬉しくない訳がありません」
イングリッドが俺の胸に顔をうずめてきた。
「おぉ……」
という声が周りから上がる。
なんか揉めそうなんだよなぁ……。
レーダーに等距離で追いかける光点もあったし。
まあ、関係ないか。
今まで高貴な女性と歩いたことなどなかったからなぁ……。
ん?
そう言えば、クリスは王女って言ってたけどそこは除外。
「イタズラの材料とは?」
「ああ、そこそこデカい扉付きの門を買いたくてね。
馬車が通れるくらいのものがあればいい」
「そのような物をどうして?」
「デカいどこにでも行ける扉を作れば、馬車ごと移動できると思わないか?」
「たしかにマサヨシ様の扉は馬が一頭通れるか通れないか。
この見事な馬などは無理でしょう。
でも、馬車など何に?」
「だからイタズラだよ。
多分王城でも話になるだろう。
それまでのお楽しみかな?」
見せ物状態で街を歩いていると、廃屋を解体する場面に出くわした。
屈強な人やドワーフなどが古い屋敷を壊していた。
壁も壊す途中で、古びた門とそれに取り付けられた大きな閂が付いた分厚い両開きの扉が残っている。
んー、いいサイズ。
「すみません、その門は撤去するのですか?」
と、現場で指示を出していた男に聞いてみた。
「ああ、ここに新しい屋敷を作るってんで、『一度更地にしろ!』って言われたんでさあ」
と、男は顔を立て拭いで拭きながら言った。
「その門の一式を貰ってもいいかな?」
男は少し困った顔をして、
「そりゃ、壊す予定ですから問題はありませんが……、それでも扉からは鉄材などが取れますからタダって訳にはいきませんぜ?」
と俺に言う。
「ちなみにいくら?」
すると、男の揉み手が始まる。
「金貨一枚いただければ、施主には文句は言わせません」
「買った!」
「えっ、本当に?」
本当に買うとは思っていなかったのだろう……男は驚いていた。
「しかし、どうやって運ぶので?」
「簡単だよ」
そう言うと、
「イングリッド、馬上で待っててくれるか?」
と言って俺はアインから降りた。
俺は家宝の長剣を取り出して門と壁の境、そして地面と門の境で切り、門だけにすると、倒れてくる門を片手で支える。
「えっ」
という顔で現場の男たちが俺を見る。
そして、そのまま魔力を通しどこにでも行ける扉化して収納カバンにしまい込んだ。
自立したら、支えなくてもするからね。
でも、いつもより魔力を使ったな。
まあ問題ないけど……。
「はい、金貨一枚」
と言って、唖然とする男に金貨を握らせる。
再びアインに乗り、馬を出そうとしたとき、
「旦那、お名前は?」
と男が聞いてきた。
「マサヨシ・マットソン。
いい買い物をしたよ。
ありがとう」
そう言って馬を出すと、
「ありゃオークじゃねえ、オーガだ!」
という男の声が聞こえてきた。
俺がニコニコしているのを見て、
「いい買い物でしたか?」
と聞いてきた。
「ああ、いい買い物だった。
思った通りの物だ」
「それは良かったです。
私もマサヨシ様が喜んでいるのを見ると嬉しいです」
そう言って俺にもたれてくる。
「さて、俺の用事は終わったんだが、イングリッドはどうする?」
「私は……しばらく街をうろうろしたいですね。
どちらにしろ、日が暮れる前までには一度王城には戻らなければいけませんが……」
空を見ると少し日が傾いていた。
この世界でも冬場は日が暮れるのが早い。
あまり時間は無いかな?
「買い食いするか?」
「はい!」
嬉しそうにイングリッドが言った。
串肉、スープ、パン、ガレットいろいろと買い食いしたが、イングリッドの顔がしかめっ面だ。
「どうしてフィナちゃんの食事のほうが美味しいのでしょう?」
「あいつは真面目だよ。
俺に拾ってもらったとか気にしなくてもいいのに、俺のために必死に味を追求している。
気づいて試して、美味しかったら取り入れる。
もう、料理なんて俺よりも上手くなってるはず。
俺の有利なところは、フィナよりも料理の知識を持っているだけ。
その知識を吐き出せば、フィナは俺の手から離れるんだろうな」
そう言うと、
「フィナちゃんはマサヨシ様からは離れませんよ。
私もそうです」
強い口調でイングリッドは俺に言ってくる。
「いつも思うんだが、それ俺に言っていいの?
ほかの人に聞かれたら困るんじゃない?」
子爵家は一国の王女が嫁ぐような位ではないと思う。
「はい、でも実際に嫁げばいいだけの事。
それには魔族の国にとって利点があればいいのです」
「俺に利点?」
「はい、ステータスがすべてEXだと聞きました。
今までそのような人のことを聞いたことがありません。
そして、リードラさんと言うドラゴンを従属させています。
それこそお二人で一国の軍隊を相手にできるのではないでしょうか?
実際に大暴走をもお収めになったと聞いています。
お二人以外にも、クリスティーナ様、アイナちゃん、マールさん、クロエさん、ラウラさんの武。
フィナちゃんの料理。
そして、マサヨシ様の異世界の知識に魔道具。
利点はまだまだありますよ」
次々と俺の利点を上げるイングリッドに俺は、
「はあ」
としか答えることができなかった。
「でも、そんな事抜きに、私はマサヨシ様をお慕いしております。
そして、お父様への手紙にも『私に好きな人ができました』と書きました」
屈託のない笑顔で俺に言った。
ん?
「イングリッドは一人娘だったよな」
「はい、一人娘です」
「オヤジさんや兄さんたちはイングリッドのことを可愛がってるんだろ?」
「当然です」
胸を張るイングリッド。
「何か起こるんじゃない?」
嫌な予感しかしない。
「はい、お兄様かお父様が近いうちに来るのではないでしょうか?
あっ、そう言えばしばらくしたら王の御前試合があると聞いています。
もしかしたら招待されているかもしれませんね」
やっぱりぃ……。
「仕組んだな?」
と俺が聞くと、
「人聞きが悪い。
ただのイタズラです」
テヘペロをするイングリッド。
「マサヨシ様がイタズラをするというのに、私がイタズラしてはいけないというのは変です」
「参加しないかもしれないぞ?
王の前で義父さんが言ってただろ?」
「誰かが『あいつは女に弱いからなぁ……大丈夫だろうて』って笑いながら言ってました」
うー、外堀が……。
「あっ、早くしないと御前試合の申し込みが終わります。
よろしくお願いしますね」
そう言ってにっこりと笑うイングリッドが居た。
そのあと、夜光貝のような……真っ白な貝を加工して白い百合のような花が付いた髪飾りを屋台で見つけ、イングリッドに買うと飛び上がって喜んでいた。
アインから落ちそうになるほど……。
イングリッドの髪に、白い花が映える。
銀貨一枚程度、王女がつけるには少し安いかな?
喜んでいるから良しか。
空が赤く夕闇が迫るころ俺たちは屋敷に帰った。
屋敷ではイングリッドが付けている髪飾りに女性陣の目が行く。
コタツで話しが始まったのを確認すると、逃げるように俺は義父さんが居る執務室へ行った。
「どうした、マサヨシ」
「えーっとですね、私は御前試合に出たほうがいいのでしょうか?」
「子爵家としては、優勝すれば王の覚えがめでたくなる御前試合に出るのはいいことだと思うぞ?」
「義父さんとしては」
と俺が聞くと、
「まあ、どっちでもいい。
しかし、イングリッド殿下に言われたのだろ?
殿下の言葉を子爵家ごときが断れるかな?」
ニヤニヤしながら父さんが言う。
よくご存じで……。
立場的には無理だろうな。
本来呼び捨てなどできない相手だ。
「無理ですね……」
「儂のほうから御前試合には申し込んでおこう」
それにしても、思いがけず今日お前にやられたイタズラを今日返すことができたな。
まあ、儂もプリシラ殿を嫌いではない。
彼女との別れの後、唯一結婚を考えた女性だ。
紹介だったがな」
「そうなんですか?」
「ああ」
そう言って義父さんは少し考える。
そして、
「まずは年寄りらしく茶飲み友達からでも始めるかの」
と言って笑った。
執務室から出ると、王城に戻ったのか既にイングリッドは居なかった。
そして、イングリッドと話をしていた女性陣から睨まれる。
たまたまそうなっただけ……そう、たまたま……。
と思いながら、夕食時間だったので俺は目を合わさないようにして食堂へ向かった。
「フィナ、夕飯出来ているか?」
俺は食堂に入り声をかける。
するとフィナが調理場から現れて俺に駆け寄り、
「私頑張ります。
だからいろいろ教えてくださいね」
と言って俺に抱き着いてきた。
ああ、イングリッドから聞いたのか。
「教えるのはいいが、頑張らなくてもいいぞ
すでに俺より料理は上手いんだからな」
そう言ってフィナの頭を撫でると、嬉しいのかフィナの尻尾がブンブン振られるのだった。
読んでいただきありがとうございます。




