第90話 背伸びの尻拭い。
屋敷に戻るとセバスさんを見つけたので、
「義父さんは?」
と聞いてみた。
「ああ、執務室で書類を見ています。
それにしても、あの人のような物は何ですか?」
手や足がくの字になっているのは確かに物のように見えるかも。
「フリーデン侯爵のご子息、フラン・フリーデンだよ
何故か二十一階層に居た。
目も見えず手足もまともに動かない。
実力に合わないところへ行くからそうなる」
セバスさんは少し間を置き
「フラン・フリーデンですか……」
と言って背からゾッとするような殺気が流れた。
「殺しちゃダメだよ。
いくら、義父と因縁がある男の息子とはいえね……」
「畏まりました。
しかしなぜ助けたのです。
旦那様があの男のせいで十年間をふいにしたことは知っているでしょう?」
「放っておいても良いと思ったんだが、それを上回るものもあるとも思えた」
「上回るもの?」
「義父さんがフリーデン侯爵に恩を売れるだろ?
その利点は大きいと思うけども?
フランは俺に褒美を出すと言っていた。
息子の命の代償……どのくらいなんだろうね」
そう言いながら、俺は義父さんの居る執務室へ向かった。
ノックをして、義父さんの
「入れ」
という声が聞こえると、扉を開けて中に入る。
「どうした?」
と義父さんが聞いてきた。
「ゼファードのダンジョンでフラン・フリーデンを助けました。
二十一階層になぜか居たのです」
「ふむ……。
普通は実力を伴った者しか行けぬはずよな?」
義父さんは顎に手を当て考えていた。
「その辺はカリーネに聞いてみようかと……」
俺も思っていたことに義父さんも気付いたようだ。
「で、フラン・フリーデンどうするつもりだ?」
「『命を助け、フリーデン侯爵のところに連れて行く』という約束をしましたので、屋敷には連れて行きます。
ただ、起きているとうるさそうなので寝てもらってはいますが」
「では、儂もそれに付き合おうかな」
「それはいつもの?」
「ああ、イタズラだ」
義父さんは悪い顔で笑った。
「では私もイタズラの準備をしておきます。
みすぼらしい荷馬車でオウルに入ることにしましょう。
許可証を貸していただけますか?」
「ああ、これだ」
義父さんが差し出した許可証を俺は受け取った。
「サイノスさん、ボロイ荷馬車とそれに見合う馬を手に入れてくれないでしょうか?」
「マサヨシ様、それはまた何で?」
「イタズラのためにね。
で、手に入ります?」
多分俺は悪い顔をしていたんじゃないだろうか?
「いつまでに?」
「最速でどのくらいでしょうか?」
「二日ぐらいで……。
三日見てもらえれば確実に」
「ではおねがいします。
運ぶ物は人ですから、頑丈でなくても問題ありません」
「わかりました。
手に入りましたら、声をかけます」
その返事を聞くと俺はその場から離れた。
コタツのほうへ行くと、風呂を出て着替えたクロエ・ポルテが居る。
クロエはゆったりとした服を着ていた。
ダンジョンではローブのフードを被っていて気付かなかったが、赤毛をおかっぱのように切り上げられた髪、そして青い目をしていた。
「私の服が合ってよかったです」
とマール言っていた。
クロエを囲むように居るクリス、リードラ、アイナ、マール。
俺はコタツに入り、
「クロエさん服は?」
と、聞いてみた。
クロエさんは首を振る。
「ああ、フリーデン侯爵の家にあるんだったな」
「はい、そうなります。
しかし、取りに行くわけにも……」
「そうだよなぁ……。
数日したらフリーデン侯爵の所に行って話をつける。
それまではこの屋敷に居てくれ。
マール、クロエさんと後で一緒に服を買いに行ってもらっていいか?」
「畏まりました」
マールは頭を下げた。
クロエさん、一つ聞いていいか?」
「あなたは私の主人。
クロエでいい」
「じゃあ、クロエ。
なぜ、あんなところに。
フランとクロエの強さじゃあの魔物相手に戦えないだろう?」
「それは……。
フラン様がゼファードからしばらく離れるという冒険者からダンジョンへの許可証を買ったのです。
私は魔法使いとして参加を指示されました。
フラン様が『俺の実力を見せてやる』と言ったのを覚えています」
そう言えば大集会の時に「道場で負けなし」って言っていた。
勘違いしていたのか?
「フリーデン侯爵家の騎士団から手練れの騎士を二人と回復役を一人選びゼファードへ向かい、入口から二十階層の転移の魔法陣に飛びました。
そして、魔物と戦った……。
一匹二匹までは何とかなりましたが、集団で襲ってくる魔物に、一人、二人、と亡くなり、その時点で撤退をすれば良かったのでしょうが、フラン様は『俺の実力はこんなものではない前進する』と言い張りました。
私は奴隷であり、命令に従う制約をつけられていたので否定はできません。
残った一人は騎士でしたが主君の息子ということで否定ができませんでした。
するとすぐ、死んだ二人の血に興奮したのでしょうか?
サルの魔物が群れを成して襲って来たのです。
その後の結果はあなた達が知っての通りです」
クロエは俯いたまま話をした。
「ダンジョンへの許可証はどこにある?」
「多分、フラン様が持っておられるか、そうでなければダンジョンの中に落としたのではないでしょうか?」
「わかった」
ダンジョンへの許可証でレーダーに表示させてみると、フランのところに光点が現れる。
後で回収だな。
「クロエ、俺の事は覚えているか?
カーヴの街でお前の事を『バカ』と言ったはずだが?」
クロエは俺を思い出したのか目を見開き、
「ああ、あの時『デブ』と言った……」
と、呟いた。
売り言葉に買い言葉?
にしても「デブ」と言ったのは覚えているのね。
「にしても、何でフランなんかの下に?
煌びやかな馬車に乗っていたお前は貴族の娘なんだろ?」
するといい辛い事なのかクロエは呟くように話し始めた。
「ええ、貴族の娘です。
しかし、ポルテ伯爵家は平地が少なく森が多い。
特産品というものもなく、狭い畑で麦を育て、木を伐り出荷する程度。
そのために収入も少ない。
それでもつつましく暮らしていればよかったのですが『伯爵』という地位がそうはさせてくれませんでした。
子爵家とはいえ収入が多い所もあるのです。
父は子爵よりも貧相な物を身に纏うことを嫌いました。
母は子爵の妻や娘よりも煌びやかな服を着ることに固執しました。
兄は子爵の子息よりもいい武具を得ることを求めました。
伯爵のプライドのために……。
しかし、その我儘を満たすほどの収入は我が領地にはありませんでした。
私は王都の王立学校に通っていたのですが、領地から『急いで帰れ』と領地に呼び出されました。
そして帰る途中であなたに出会ったのです。
「ああ、あの時な」
「はい。
あの時はただの我儘な伯爵の娘でした。
領地に帰って言われた一言、『家のためにフリーデン侯爵の屋敷に行け!』と……
借金をなくする代償の一つだったそうです」
「それで、借金のカタとしてフリーデン侯爵家に引き取られたと?」
「そう……とんぼ返りでオウルに戻りました。
その頃ダンジョンを目指すフラン様は魔法使いを探していましたので、魔法使いとしての高い素質がある私は丁度良かったのでしょう。
フラン様は私を奴隷に落とし命令を聞くようにして、パーティーに入れたのです」
「まあ現在、所有者は俺だ。
俺は基本奴隷には制約を着けていない。
だから、自分の家に帰るならそれでもいいし、この屋敷に留まるのならそれでもいい。
正直なところ、俺んちも人材不足だ。
留まって、部下になってもらえると助かるかなあ……」
と俺が言うと、
「人材不足?」
と、不機嫌そうにクリスが言った。
「えっ、違う?」
「ホーリードラゴンが居て、高位の炎魔法が使える私が居る」
クリスって高位の炎魔法が使えるんだ……。
そう言えば、マールがクリスには炎の精霊が付いているって言ってたな。
どんなだろ……。
魔力を纏って見るとウインクする犬型の炎の精霊が見えた。
「それに、最高の治癒魔法が使えるアイナ。
セバスさんに戦闘術と暗殺術を学んだマールが居るのよ?
極めつけはバケモノであるマサヨシ。
パーティーとしては最強じゃない?」
「でも、今後は兵が居てそれを統率する者が要る。
兵士はタロスに任せようとは思うが……」
「忘れたの?
ラウラはあんな姿をしているけどメイドじゃないの。
王都騎士団で騎士を率いていたのよ。
兵を率いることができる。
子爵の規模であれば二百人程度の騎士が居れば問題はないと思うわ。
ただそれは子爵家で雇う必要がある」
クリスは続ける。
「兵士は通常領内から農民を徴兵。
次男以降がいいわね。
後は傭兵って手もある。
領内でお触れを出したり、冒険者ギルドで募集したりもあるわね」
話しが変わってしまったようだ。
クロエは俺をじっと見ている。
「おっと、すまない。
で、どうする?」
「今更私も家に帰るつもりはありません。
ここで雇ってもらえるのならばお願いします」
クロエはペコリと頭を下げた。
「ちなみに学校に行っていたと言っていたが、何の勉強を?」
「領地の経営と魔法を少々」
「クリスは領地経営できるの?」
「お父様から色々は聞いて知っているけど……そう言うのは苦手……。
お父様が嫌いだからってのもあったけど、勉強が嫌だから冒険者になったんだから……」
苦笑いをしながらクリスは言った。
「私は事情も話さず二か月ほど学校には行っていません。
もうすぐ卒業なのですが、授業料もどうなっているのかわからないのです。
もしかしたら除籍になっているかも……」
クロエが沈んだ顔をする。
「そう言えば、イングリッドも『学校に行っている』って言ってたな」
「えっ、イングリッド殿下をお知りで?」
俺がイングリッドを知っているのが意外だったようだ。
そういえば義父さんのフォローをする秘書的な者も欲しい。
クロエが学校に在籍したままなのか調べてみてもいいかもな。
復学が可能ならば復学してもらって、知識だけでなく学校卒って言う肩書を得てもらってもいい。
授業料が必要なら俺が出してもいいしな。
明日あたり学校へ行ってみるか。
そんな事を俺は思ってしまった。
「マール、さっき言ったけどクロエを連れて服を買いに行ってくれ。
クロエには義父さんの秘書的な立場になってもらおうと思う。
だからそういう服も何着か頼むよ」
そう言うと、
「畏まりました」
とマールは頭を下げた。
すると、
「いいなー」
とチラ見するアイナ。
「そうね。
私も服が欲しいわ」
クリスも欲しいようだ。
「私も服が欲しいです」
珍しくフィナも声を出す。
おい、フィナ、どこに居た。
ああ、皆で集まって話をしてたから、気になって来たきたのね。
「我も鱗でいろいろ服はできるのだが、白しかできん。
だから、我も買いに行っていいだろうか?」
珍しくリードラが言った。
少し恥ずかしいのか頬が赤い。
「ああ、いいぞ。
好きなものを買って来い」
「いいのかの?」
リードラはすんなり肯定したのが気になったのだろうか?
「何か悪いことがあるか?
たまたま、そのくらいをする甲斐性もあるようだ。
だから、自分が良いと思う服ぐらい買ってくればいい」
「うん!」
珍しくリードラは甘えるように頷いた。
「私は?」
隣に座り下から見上げ覗き込んで聞いてくるエリス。
エリスも興味があって近づいた感じかな?
「いいぞ?
皆と行ってこい。
まあ、何があってもあのメンバーなら大丈夫だろう」
そう言うと、
「義父さんありがとう。
別の日にお母さんにも買ってあげてね」
そう言って女性陣のほうへ向かった。
最近、俺の呼び方が変わったエリス。
お義父さんねぇ……。
呼ばれ慣れるのはいつになるのやら……。
そして、その後のカリーネ押し。
エリス、やりますな。
女性陣は「どの店?」とか「どんな服?」とかワイワイやっている。
スポンサーである俺はどうでもいいらしい。
まあ、それでクロエが楽しければいいし、皆との距離が縮まってコミュニケーションが取れるならいいかな。
クリス、アイナ、フィナ、リードラ、マール、クロエにエリスがワイワイと玄関へ向かう。
話が決まったのか街に行くようだ。
ん?増えてない?
人数を確認すると、二人ほど増えている。
おっと、ミランダさんとベルタも便乗?
別に口に出したわけではないのだが、ミランダさんが首を振る。
違う?
ああ、お目付け?
ミランダさんがジェスチャーで俺に伝える。
ああ、よろしく。
ついでに服買ってきていいから。
ミランダさんはにっこり笑って、ベルタは飛び上がって喜び、女性陣と一緒に屋敷を出ていくのだった。
結局便乗だよな……。
読んでいただきありがとうございます。




