第77話 アイナの敵。
王都の話が終わったあとアイナがスッと目を細め、
「敵」
と呟く。
「敵?」
俺たちに近づいてきた見たことのあるオッサンと女性、そして知らない男性。
「イングリッド殿下、おはようございます」
ヘルゲ様がイングリッドに声をかけた。
「「イングリッド殿下、おはようございます」」
ラウラ様と男性が言った。
「あぁ、バストル家の皆様、おはようございます」
とイングリッドは言った。
「クラウス殿も、お久しぶりでございますな」
ヘルゲ様は義父さんに声をかけた。
「ああ、久しぶりだなヘルゲ殿」
「ご病気だと聞いていましたが……」
「この、マサヨシのお陰で治りました。
今は、ここに居るアイナと体力回復も兼ねて剣の練習をしておる」
アイナを見ながら義父さんは言った。
「私、おじいちゃんに勝ったり負けたりなんだ」
アイナも義父さんを見ながらいう。
「そう言えば、その娘は騎士団の詰め所に手紙を持ってきた際の模擬戦で、騎士の一人を打ちのめしていましたな」
と、ヘルゲ様が言うと、ラウラ様と男性はその言葉に驚いていた。
そんなこともあったなあ。
「その頃よりも強くなっておるぞ、そこのじゃじゃ馬よりも強いのではないかな?」
と言ってラウラ様を見る義父さん。
「義父さん、煽らない。
ここで戦うわけにも行かないでしょうに」
「悪い、ついつい悪い癖が出た」
と申し訳なさそうにしていたが、義父さんは実際にラウラさんとアイナを戦わせるつもりだったのだろう。
イングリッドが、
「先日はお世話になりました」
と、男性に声をかけた。
「いえ、イングリッド殿下、職務ですから……。
それよりも、そちらのマサヨシ殿には、先日お世話になりました」
俺に男性が頭を下げる。
俺、こんな男になんかしたっけ?
「お兄様、この者の事をお知りで?」
ラウラ様が男に声をかけた。
男はラウラ様の『お兄様』だったらしい。
「ラウラ、ペンネスの街の組織が壊滅したのを知っているな?」
「はい、どこかの冒険者二人が高貴な方を助け、組織の者のほとんどを行動不能にして警備兵に突き出したと聞いています。
そして、そのまま逃げ去ったとか……」
「そう、ペンネスの街の組織を潰し、リンメル子爵を捕らえて警備兵に協力していただいた方だ」
と、男性は俺に言った。
んー、んー、おっ。
俺の頭に電球が灯る。
「ああ、あの時の……。
思い出しました。
門に居た隊長さん?」
「はい、ミスラと申します。
あなたのお陰で、あの街の犯罪組織は壊滅になりました。
リンメル子爵も現在獄中で取り調べをしている所です」
「まあ、悪い事をしたんですから、罪を償ってもらわないと……。
全てが明るみになるといいですね」
と、俺は言ってみたが、
「そこは難しそうですが……」
全てを解明するには壁があるのか、ミスラ様は言葉を濁した。
「マサヨシ殿。
先日は済まなかった」
ヘルゲ様が頭を下げた。
「ヘルゲ様、気にしないでください。
私も必要以上の恐怖をラウラ様に与えてしまったようです
申し訳ありません」
「その話は儂も聞いた。
愚息が申し訳ない」
義父さんも頭を下げた。
「あれはいいんです。
たまたまラウラがマサヨシ殿に絡んだので、ついでに顔合わせしてみようかと思っただけですので……。
そういえば、イングリッド殿下の護衛の後、何の心変わりかラウラが『大集会にドレスを着ていく』と言い出しました。
男物の服しか着なかったのですがね……」
ん?
「ラウラ殿、それはまたどうして?」
真剣風な口調で義父さんはラウラ様に聞いた。
義父さんも意地が悪い。
ここまで言われれば俺もわかる。
リードラにも言われてたしな。
「そっ、それは……。
私の実力など関係ないぐらいに強い殿方を見つけたから……。
私より強い殿方が見つかればその殿方の妻になるとお父様に約束しておりましたし……」
「ラウラ殿、それは誰のことですかな?」
「…………殿」
声が小さいラウラ様。
「えっ?」
聞こえなかったのかわざとなのか義父さんは聞きなおした。
「マサヨシ殿です。
私はマサヨシ殿に惚れました、私をもらってもらいたいのです」
あー、ラウラ様の顔が真っ赤だねぇ。
「ヘルゲ殿、これは伯爵家から子爵家への依頼と考えていいのでしょうか?」
急に家同士の話にすり替える義父さん。
「クラウス殿、そこまでは考えていません……が、好いた男の元へ嫁がせたいのも親の心。
もし、ラウラをもらってもらえるのならば、伯爵家としてクラウス殿、マサヨシ殿への後押しは拒みませんぞ」
こうなるんだ……。
「マサヨシはどうするのだ?」
と、義父さんが聞いてきた。
「どうすればいいのですか?」
と、逆に義父さんに聞き返す。
「そうじゃな。
期間を決めて返事をしてもらえばどうだ?
マサヨシは二年後……正確には一年半後に儂の跡を継ぐ。
ラウラ殿がその時、それでもマサヨシがいいというのなら婚約ということでいいのではないかな?」
ラウラ様に義父さんは言った。
「はい!」
と嬉しそうにラウラ様が言う。
「私の意思は?」
と聞くと、
「今の時点で参考にはしないな」
厳しい顔の義父さん。
「それはどうして?」
「それはな伯爵側から子爵側に来た『いい話』だからだ。
忘れておらんか?
子爵より伯爵のほうが地位は上だ。
それを断るには正式な理由が要る。
お前なら『すでに婚約者がいる』と言って断りそうだが、ヘルゲ殿は本妻でなくてもいいと言っておるのだろう?
だったら、家のために結婚をするのが筋だ。
そう言うもんだよ、貴族の結婚って言うのは。
儂の場合は戦場に逃げておったがな」
そう言って義父さんが笑った。
「しかし、それではラウラ様が……」
「かわいそうか?
しかし、ラウラ殿がヘルゲ殿に結婚の条件として出した『自分より強い』という条件を満たす男にお前はなってしまった。
それに、気に入らなければ、わざわざ男装の麗人から女らしいドレス姿に姿を変えてまで、お前の前に出ることはあるまいて。
言い方は悪いが皆から『オーク』とまで言われた容姿のお前をだぞ?
その意味が分からぬお前ではあるまい?」
「容姿で判断したのではなく、俺の中身を見て判断した」ってことを言いたいのだろう……。
「わかりました、この話……義父さんが言った条件でいいのならば、お受けします」
と俺が言うと、
「うむ、それでよい。
ヘルゲ殿、これでいいでしょうか?」
「まあ、一年半待とうが、マサヨシ殿を超えるような強さを持つ者が出てはこないだろう。
既にラウラは行き遅れだ、約束は一年半だが前倒しでも良いからな。
ああ、ラウラ、お前は家事全般ができなかったな。
クラウス殿の屋敷に住まわせてもらって、暫く花嫁修業だ。
すでに話は通してある」
へ?
跡継いだ後じゃないの?
俺が嫌な顔をすると、。
「仕方ないだろう?
伯爵からの依頼だから断れなかったのだ」
申し訳なさそうなヘルゲ様に。ニヤニヤしている義父さん。
「ふう」と俺は一つため息をつくと、
「出来試合だったのですね」
と俺が聞く。
すると、
「貴族は親子とてこういう事もする。
騙されぬようにな」
と言って義父さんが笑うのだった。
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