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第73話 年越しはやはり蕎麦ですね。

 結局、アイナの魔力酔いの回復には五日ほどかかってしまった。

 申しわけなさそうにするアイナだが、

「仕方ないだろ?」

 で終わらせておいた。


 仕方ないものは仕方ない。


 そして今年も終わりらしい。

 まだ、暦を完全に理解していない俺。

 大みそかと言えば、いつもなら一人でコタツに入って年越しの番組を見ているのだが、今日は周りにみっちりと女性陣が居た。

 俺の体が温かいのか、しきりに冷たい手や足を入れてくる。

 俺が暖房器具のようだ。


 ふと思う……。

 この世界には蕎麦の実があるのだろうか……。


 レーダーに表示させてみると、オウルの街の中に光点が数個。

「ちょっと出かけてくる」

 俺は早速その場所へ向かおうとすると。

 エリスが右腕に抱き付き、

「私も行っていい?」

 と言ってきた。

 母親と一緒の大きな尻尾がファサファサと振れる。

「勉強は?」

 と俺が聞くと、

「クラウスおじいちゃんが『今日は一年の最後の日だからゆっくりしよう』だって」

 とエリスは言っていた。


 マップに表示された光点に向かうだけ。

 右手にはエリスが抱き着いている。


 ぶら下がっているって言うのが正しいかな?


「マサヨシさん、どこに行くの?」

「ん?欲しい穀物を探しているんだ」

「穀物?」

「ああ、年が変わる時に、俺はよく食べていた」

「それって美味しい?」

「ああ、美味いぞ」

 エリスとそんな事を話しながら行き着いた先……。

 それはロルフ商会だった。


 こりゃ都合がいい。

 ロルフさんに聞いた方が早いかな?


「お邪魔します。

 マサヨシ・マットソンと申しますが、ロルフさんいらっしゃいますか?」

 と、店員に言った。

「店主とのお約束は有りますでしょうか?」

不審者かと思われたのか対応が適当だ。

「いいや、聞きたい事があってきただけですから、約束はしていないんだ。

 会えないというなら、帰ります」

「残念だね」

 残念そうな顔をして俺を見上げるエリスと一緒に店を出ようとすると、

「お前、マサヨシ様を返すなんて!」

 と、言いながらロルフさんが現れた。

「ああいいんです。

 忙しそうなので帰ろうかと」

「いいえ、今なら大丈夫なんです。

 それにしても、店までいらっしゃるとは……。

 危急の御用でしょうか?」

「ああ、急ぎというわけではないんです。

 もしあるのならば、臭い花が咲く黒い粒の種があれば教えてもらおうかと思いまして……」

「臭い花?

 黒い粒……」

 ロルフさんは店の奥に入ると、何かを探し始めた。

 麻袋のような物を取り出すと、中の実を出す。

「これはバクイトという草の実になります。

 荒れた土地でも育つため、その地方で食べられているものだと聞きました。

 雑穀として仕入れはしていたのですが、食べ方がわからず倉庫の奥で眠っていたものです。

 産地では石臼などでひき、粉に水を入れて団子のようにして食べていると聞きます」


 そばがきみたいなものかね?


 見た感じ、完全に蕎麦だった。

 実を割ると、白い実が現れ乾燥している。

 ついでに蕎麦の実の袋とその辺にあった石臼を買って代金を払う。

 収納カバンに入れるとロルフさんが驚いていた。

「うし、これでいけるかな?

 あっ、(ふるい)とかもあります?」

「ええ、ありますが……。

 それにしてもバクイトを食べられるのですか?」

「そのつもりです。

 まあ、そのためには石臼で挽いて粉にしないといけないんですけどね。

 今日は時間が無いので、早々に去りますね」

 粗目の篩と細かい篩を買いロルフ商会から出た。



 屋敷に帰ると早速石臼で蕎麦を挽き始める。

 最初は蕎麦の多め投入による蕎麦殻の除去である。

 エリスに手伝ってもらい、蕎麦を挽いた。

 蕎麦殻と蕎麦粉が徐々に出てくる。

 蕎麦殻の処理だが……ここは無難に(ふるい)での分別。


 フィナが見に来たので、蕎麦殻(そばがら)除去を手伝ってもらう。

 結構な量の蕎麦が挽けた。

「大変ですね」

 フィナが汗だくになっていた。


 再び挽く。

 今度は細かい蕎麦粉になるように。

 丁寧にゆっくりと。

 細かい(ふるい)にかけて、荒いものを取り除く。

 すべてを終えると昼過ぎ。

 フィナがサンドイッチを作って持ってきた。


「マサヨシ様、この後どうなるのですか?」

「蕎麦を打って麺にする。

 その麺を食べるって訳だ」

「マサヨシさん、麺って?」

 エリスが聞いてきた。

「麺って知らないのか?」

 首を振る二人。


 そう言えば、スープの屋台はあったが、麺の屋台はなかったな。


「そうだなあ、皆にご馳走してみよう。

 フィナ、夕食までに鳥の魔物の旨いのでスープを作ってもらえないか。

 塩味が利いたもの。

 キノコとかも入っていてもいいかも」

「ちょっと時間は少ないですが、やってみます」

 そう言うとフィナはエプロンを外し屋敷を出る。

 鳥の魔物の肉がなかったからか、屋敷の外へ買い物に出掛けたようだ。


 俺は続けて蕎麦を打つ。

 嫁さんが亡くなってからしばらくして始めた趣味のようなもの。

「二八だな」

 俺は調理場に行き小麦粉を取り出す。

 小麦粉も一応篩(ふるい)にかけ粗いものを除去する。

 バランス的に蕎麦粉が八割、小麦粉が二割になるように混ぜ、水回しを行う。

 二度ほどに分け水回しを終えると、一塊にして()しを行った。

 伸し用の麺棒は、コタツ製作時に切った机の足で代用。


 麺棒としてはちょっと太いかな?


 打ち粉を打って、さっさと蕎麦を回し麺棒で伸し大きく丸くしてはまた回す。

 適度な大きさ薄さになったところで畳み、包丁で切って一人前ずつに分ける。


 二十三人前の出来上がり。

 数は中途半端だがいいだろう。


 麺が出来上がる頃に、フィナがスープを作り始めた。

 小さな鳥の魔物を鍋に入れ、薪をくべて火をつける。

 塩に香草や薬味で味付けをして煮込み始めた。

 ちゃんと灰汁をとるフィナ。

 肉がホロホロになるまで煮込むと、フィナは肉から骨を除いた。

「こっちはできました」

 とフィナが言う。


 俺は鍋に水を入れ沸騰させる。

 そして一人前の蕎麦を湯がきスープの入ったスープ皿に入れた。

「んー大分違うが、蕎麦という麺だ。

 食べてみてくれ」

 フィナに渡す。

 フィナはフォークで蕎麦を巻き、パスタのようにして食べる。

「蕎麦という麺からふわっと香ばしい臭いがします。

 固さも丁度よく、私が作ったスープとも相性が良さそうです」

「ちょっともらうぞ」

 俺はフィナのフォークで蕎麦を食べる。


 蕎麦は箸だよなぁ……。

 んー、醤油もほしいなあ。

 まあ、無い物ねだりは仕方ない。

 現状なら上等だろう。

 ん?


 ツンツンと俺を突っつくエリス。

「私も頑張った。

 食べていい?」

「ああ、どうぞ」

 エリスをテーブルの席に座らせ、残りの蕎麦を出した。

 フォークでつるつると食べるエリス。

「これ、この食感がいいね。

 麺っていうのも美味しいし、フィナ姉ちゃんのスープもあってる」

 すぐに食べ尽くした。

「ごちそうさま

 あー美味しかった」

 エリスは気に入ったようだ。


「じゃあ、麺は夕食のときに湯がいて出すとして、麺だけでは少し物足りないだろう。

 おかずを作るのも手伝うぞ?」

「えっ、いいんですか?」

「フィナにはスープを作ってもらったからな。

 それぐらいは手伝うぞ」

 簡単な野菜炒めや卵焼きを作ったりして品数を増やした。


 一応パンもかなあ……。


 夕食で出した蕎麦の反応は概ね良好だった。



 夜も更けると酒も入り、クリス、リードラ、マール、カリーネの女性陣は集まっていろいろ話をしている。

 アイナとフィナ、エリスは既に部屋で寝ている。

 義父さんはワイングラスを台に置いて、コタツでウトウト。

 年越し蕎麦なんてこの世界で食べられるとは思わなかった。

 モドキと言われても仕方ない年越し蕎麦。

 でも、たまたま出会って集まった家族とともに食べられた。

 これもまた良しだと思う。


「ドンドン」という破裂音と共に窓が明るくなる。


 そう言えば、年が変わると花火が上がると言っていたな……。

 今までもいろいろあったが、どんな年になるのやら……。


 赤・黄・緑にくるくると変わる窓を見ながら思った。 




読んでいただきありがとうございます。

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