第66話 遠乗り。
義父さんが「遠乗りに行こう」と提案してきた。
「たまには馬を全力で走らせてやらないとストレスが溜まってしまう」という判断らしい。
義父さん、俺、クリス、アイナ、リードラ、それにサイノスさんにタロス、それにマールの計八人でオウルの門へ馬を歩かせる。
マールも馬に乗れたようだ。
聞くと、
「旅をするには、馬が扱えなければいけません。
メイドのたしなみです」
と言われてしまった。
そんな物らしい。
町の外に出て遠乗りをしようと言うことになっていたため、俺が扉を使おうとしたら、
「堂々と門に行こう」
と義父さんが言った。
俺たちがオウルの街の中を神馬たちに乗って歩く。
「クラウス様が馬に乗っておられる。
オウルにおいでになられていたのか」
「クラウス様だって?」
「鬼神が帰られた」
「見ろ、あの見事な馬を。
鬼神にふさわしい」
町のあちこちで、義父さんの噂を始めた。
ある意味、噂を流すために歩いたのか。
「義父さんは有名ですね」
俺が義父さんに聞くと、
「戦場では一騎駆けなんかもしたからなあ。
武勇伝のような物は結構流れているらしい。
まあ、色々無茶もした。
戦況が良くなったから問題は無かったが、今思えば、ただの無謀だ」
と義父さんは苦笑いしていた。
「あの後ろにいる太った男は?」
「知らないのかい?
あれが鬼神の息子だよ」
「へーあんなのがねえ……。
あれで鬼神の名を継げるのかね?」
俺の噂も聞こえてくる。
「俺は別の意味で有名なようです」
「のようだな」
義父さんは再び苦笑いしていた。
市の中を馬で動いていると、
「この落とし前」的な言葉で屋台を揺する男三人。
流れ的に、怯えている屋台の主である老夫婦。
「これ、何があったのだ」
義父さんが老夫婦に声をかけると、
「こっ、この男たちが、スープの中にコックロが居たと……」
コックロとは……要はゴキブリである。
「そうだ、俺の器の中にコックロが居たんだ。
これが証拠よ!」
そう言って、男たちはコックロの触角を持ち、差し出した。
そのコックロはスープに濡れていなかった。
言い掛かりのようだ。
義父さんの右手が動き「ヒュッ」と音がして剣を振ると触角が切れコックロが地面に落ちる。
それを俺は一瞬にして灰にした。
そして隠すようにアンがドンと一歩踏み出し蹄の下に隠す。
「そこの男たちよ、新しいスープではいかんかな?」
義父さんの剣技、俺の魔法、アンのデカい蹄を見た男たちは「ウンウン」と頷くしかなかった。
「そこの店主、コレでたっぷり食べさせてやるといい」
義父さんは屋台の前に行くと、銀貨を数枚置く。
恐縮する老夫婦。
「何かあれば、鬼神のところに来ればいい。
相手しよう」
そう男たちに言うと、義父さんは颯爽と馬を進めた。
オウルの門に着き、当然貴族用の通用門から外に出る。
「マサヨシにも通門許可証を渡しておかないといかんな」
イングリッドの時もそうだったが、貴族用の通用門を使う場合、通行許可証のような物があるようだ。
通用門から外に出ると、手続きを待つ旅人の列があった。
そこに神馬の一団が現れると「おぉ」と旅人たちからも驚きの声が上がる。
すると、義父さんは馬を走らせ始めた。
どこに行くのかは父さんが決める。
それに付き従い、俺はアインを走らせる。
風のように走る神馬の集団を街道を歩く旅人たちも唖然として見ていた。
「あの街の者たちの驚いた顔を見たか?
これで儂が馬に乗れるほど元気だということが皆にわかった。
街の者たちが、こぞって噂を始めるだろう」
「義父さんは、やはりわざと?」
「当然だ。
今まで病に臥せっていた儂が、見るからに速く強そうな馬に乗り、オウルの街中を歩く。
あいつも驚いているだろうな」
「あいつと言うのは、義父さんに呪いの媒体を仕込んだ?」
「まあ、あいつが尻尾を出すことはあるまい。
マサヨシが呪いを解除したせいで、手駒の魔法使い辺りが一人使い物にならなくなったぐらいではないかな?
すでにそのせいで儂が呪いから逃れたのはバレているだろう」
と言って楽しげに話す義父さん。
呪いは呪いをかけた術者に帰るらしい。
そして、
「しかし、馬上の風は気持ちいい。
本当に久しいな」
と言って義父さんは笑った。
しばらく走ると、大きな湖のほとりに出る。
義父さんはそこで馬を止めた。
じっと湖を見る
「綺麗な湖ですね」
「ああ、ここも久しぶりだ。
『オウル湖』と言ってな、王都の名の由来になった場所だ。
ここから水が引かれ、オウルの水瓶にもなっている。
ここに来るのは何年ぶりだろう」
そう言ったあと義父さんは馬を降りると、何の変哲もない石の前に行った。
そして目を瞑り、
「ここは変わっていないようだな。
あのマサヨシのお陰でな、もうしばらくしたらお前のところに行く予定が変わってしまった。
ただ、儂もなんだか最近楽しくてな。
もう一花咲かそうかと思っている、
だから、そっちに行くのはしばらく待ってもらおうかと思ってる」
と呟いた。
「それは、墓?」
「ああ、儂の婚約者だった女性の墓……いや、儂が勝手に墓だと思っているものだ。
綺麗だったよ。
悪いが、お前が連れている女性よりもな」
ドヤ顔をする義父さん。
「なぜ、このようなところに墓標が?」
「この女性の親はある貴族に上手く使われ、罪を擦り付けられて没落した。
儂は別に女性の親が没落しようが気にするつもりはなかったのだが、向こうは気にしてな……。
儂が戦場に行っている間に気に病んだのか結局この湖に身を投げた。
まあ、そのせいで今まで結婚をしていないわけだ。
結構縁談はあった。
これでもモテたんだぞ」
昔を振り返るように湖面を見る義父さん。
前の世界の俺とは違い、無駄のない筋肉ですらっとした義父さんは、確かに若いころはモテていたと思われる。
「一途だったのですね」
「どうかな?
彼女への未練だと思う。
振り返っても後悔しか残っておらんよ」
義父さんは空を見ていた。
「さあ、こんな話をしにきたのではない。
せっかくマサヨシの魔道具があるのだ、皆と一緒にここでお茶にでもしようか」
照れを隠すように義父さんが大きな声で言う。
「ええ、そうしますか」
俺は扉でオウルの屋敷に繋ぐと、待っていたようにセバスさん、ミランダさん、ベルタがお茶とお菓子を載せたトレイを持って現れた。
俺は、事前に収納カバンに入れてあったカーペットとコタツを出す。。
その上にティーセットが置かれると、セバスさんとミランダさん、マールとベルタが手際よく紅茶とお子を置いていった
「こんな所があったのだな。
たまにはのんびりするのもいい」
リードラがボソリと呟く。
「そうね。
のんびりできる」
クリスも体を温めながらリードラに同意した。
「うわぁ、綺麗」
「ほんと」
アイナとエリスがやってきて俺の背に乗ってきた。
「エリスも来たのか?」
「フィナ姉ちゃんに『オウル湖でお茶するって』聞いたんだ。
セバスさんに聞いたら、セバスさんもいいって」
セバスさんを見て嬉しそうにエリスが言う。
「セバスさんも子供には甘いか……」
と呟きながら周りを見ると
苦笑いをするセバスさんをミランダさん、マール、ベルタで笑いながら見ていた。
そんな皆を見て楽しそうな義父さん。
その周りを舞うようなそよ風が吹く。
ん?
何かを感じた。
すると、アイナも何かに気付き、俺の横に来る。
「おじいちゃんの横に女性の霊が居る」
まさかとは思うが……。
霊が見えるように目に魔力を纏わせると、義父さんの横に立つ美しい女性。
俺と目が合うと人差し指を口に当て「しー」っとアピールした。
義父さんに言うなということだろう。
女性の霊は義父さんを撫でる。
「ここはいいな、冬場なのにいい風が吹く。
誰かに撫でられているようだ」
と呟く。
その後、義父さんは紅茶を飲みながら湖を眺めていた。
俺ならレーダーで証拠を探せば、その貴族の名誉を回復できるかもしれない。
でもそれを今更やったとしてどうなるのか……。
俺は楽しげに紅茶を飲む義父さんを見ているしかなかった。
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