第64話 高貴な人と護衛と……。
イングリッドからの先触れがあった。
その次の日屋敷に来ることになる。
その護衛に騎士が四人。
その中で白馬に乗った女騎士を俺は見たことがあった。
俺を見つけ目を逸らす。
確か、ラウラ様だったな……。
白い馬車が玄関の前に停まり、お付きが手を取ってイングリッドが降りてくきた。
俺と義父さんは玄関でイングリッドを迎える。
「イングリッド殿下、ようこそマットソン子爵家へ。
先日以来ですな。
わたしがこの家の当主、クラウスと申します」
義父さんがイングリッドに頭を下げた。
「殿下、お久しぶりでございます」
俺も父さんに習い頭を下げる。
しかし、
「私はそんな挨拶を聞きにきたのではありません。
気楽に話せると思ってここまで来たのに……」
残念な顔をするイングリッド。
「でしょうな。
王城の中も堅苦しそうです。
我が家だと思って楽しんでください。
マサヨシ、殿下の案内を頼むぞ」
ニコリと笑って義父さんが言った。
イングリッドを連れリビングへ行く。
「本来は客間なんだろうけどね、くつろぎたいならココだ」
コタツの敷物代わりのカーペットの外には靴が揃えられ、クリスを始め、アイナ、フィナ、リードラ、カリーネ、エリスがコタツに入っていた。
横になっているのはご愛敬。
カーペットも魔道具化しており、ポカポカである。
俺たちの気配に気づいたクリスが、
「イングリッド、久しぶりね」
と寝転がったまま振り向く。
「あっ、クリスティーナ殿下、お久しぶりでございます」
「そんな話はいいから、さあコタツに入りなさい。
ほっこりするから」
と、クリスはコタツに誘った。
イングリッドは靴を脱いでカーペットに乗る。
すると、
「あっ温かい」
と驚き、コタツに正座で入ると、
「あっ、気持ちいい。
これいいですね。
わたしも欲しい」
と、イングリッドがコタツを絶賛する。
「これはマサヨシが作ったものだから、ダメなのよ。
この世界にはクラウス様の執務用とみんなでほっこりする用の二つしかコタツはないの」
「そうなんですか……残念」
と、がっかりするイングリッドだった。
そんな話をしていると、マールが紅茶、ベルタが茶菓子をカートに乗せて現れる。
「紅茶をどうぞ。
皆さんもダラダラしない!
コタツに入ると皆さんダメになってしまいます」
そう言いながら、一人一人に紅茶を置いていく。
今日の茶菓子はクッキーらしい。
最近は蜜が定期的に入るようになったため、甘味が屋敷内で出されるようになっていた。
イングリッドがひと口齧ると、
「あっ、美味しい。
紅茶にも合う」
と、声をあげた。
この世界に流通していないバターたっぷりのクッキーは美味しくて当然である。
「このお菓子は、どのお店でお買い上げになったのですか?」
とイングリッドが聞いてきた。
「ああ、そこに居るフィナが作ってる。
俗にいう我が家だけの菓子だな。
だから外では売られていない」
そうイングリッドに説明すると、フィナがイングリッドに向かって軽く頭を下げた。
すると、フィナの幼さに驚き、
「こんな見事な菓子を、この小さな子が……。
王城で作っていただくに訳には……」
と、俺を見て聞いてくる。
「フィナがこの屋敷の料理人。
フィナが居ないと我が家が回らないんだ。
だからダメ」
そう言う俺を見てフィナは喜び、尻尾は大きく振れる。
「でも、ホットケーキもプリンもクッキーも作り方を教えてくれたのはマサヨシ様なんですよ」
と俺を誉めた。
「必要に迫られて、身に付けただけだがね」
頭を掻く俺。
「男の方が料理をなさるとは……」
と、イングリッドは驚いていた。
この世界では男性が料理をするのは料理人だけのようで、普通は調理場になど立たないらしい。
「まあ俺は、必要に迫られて料理ができるようになっただけだがね。
ああ、ホットケーキとプリンはロルフ商会から売りに出すかもな。
フィナ、レシピを教わりに来たのか?」
と、フィナに聞くと、
「マサヨシ様。
先日、三人の料理人がこちらに来ました。
作り方を教え、材料を渡してあります。
出来上がったらこちらに持ってくると言っていたので、そのうち届くと思いますよ」
「こっちも進んでいるようで良かった」
「ロルフ商会ですね。
気にしておきたいと思います」
イングリッドがクリスやリードラと話を始めたので、俺は二人にイングリッドを任せてその場を離れた。。
倉庫に行くと、適当な机を探す。
半畳ぐらいの正方形の机を見つけた。
向こうの世界のコタツってこんな感じだったよな……。
まあ、コタツ台だけあれば、あとは王宮内で手配してもらえばいいだろう。
俺はそれを持って庭へ向かう。
机の天板を切って……バリをとって丸くして……。
足を切って……。
高さは……このくらいかな?
ん、オッケー。
どう見てもコタツだな……。
イングリッドの帰りの土産の一つってことで……。
ん?
俺は視線を感じた。
ラウラ様が屋敷の窓から俺を見ている。
何で?
俺と視線が合うと、ラウラ様が庭に出てきた。
「何か?」
「てっ手合わせを……お願いしたい」
「何故?」
「あなたの強さを知りたいから……」
「知ってどうするのですか?」
「どうこうするつもりはない。
知りたいだけだ」
俺を睨み付けるようにラウラ様は見る。
「わかりました。
お相手しましょう。
木剣でよろしいですね」
「ああ」
俺は義父さんの大剣仕様の木剣。
ラウラ様は家にある木剣の中から手になじむものを選んでいた。
二人で対面し剣を構える。
俺はただ構えて待つ。
しびれを切らし、ラウラ様が踏み込み木剣を振り下ろした瞬間にラウラ様の木剣の上に俺の木剣を叩きつける
すると、剣の勢いに手が痺れたのか、ラウラ様は木剣を手放した。
じっと手を見るラウラ様。
「もういいですか?
強さがわかりましたか?」
俺が聞いてもラウラ様はじっと手を見ているだけだった。
コタツに戻ると、イングリッドたちはガールズトークで盛り上がっていた。
キャッキャと楽しげな声が聞こえる。
「イングリッド殿下、そろそろ帰る時間でございます」
しかし、お付きの一人が申し訳なさそうに声をかけた。
「楽しい時間は過ぎるのも早いですね」
残念そうにイングリッドはコタツから出て立ち上がる。
「イングリッド殿下が帰るそうだ、馬車を」
と俺がセバスさんに言うと、
「準備させます」
と言って、玄関へ向かった。
イングリッドをエスコートし馬車に乗せるとき、フィナが箱を持って現れた。
俺はそれを受けとると、
「はい、これ、お土産。
と言って箱をイングリッドに渡す。
「えっ、何ですか?」
イングリッドは箱の中を確認すると、
「あっ!」
っと言って驚く。
クッキーとプリンの詰め合わせを持たせたのだ。
「明日、明後日までには食べてな。
あと、これ」
俺はコタツを収納カバンから出した。
「あっ、コタツ」
と、イングリッドが驚く顔を楽しみ、
「布団とカーペットは自分で手配して。
好きな柄の物にしたほうがいいだろ?」
と言って俺は二ッと笑うと、馬車のトランクを開け中に入れた。
サイズ的にちょっと無理があり、足が出ていたが落ちなければまあいいだろう。
馬車の扉が閉まり、馬車が出発する。
窓を開けイングリッドが顔を出し手を振った。
護衛のラウラ様はチラリと俺を見た気がした。
義父さん、俺、クリス、リードラ、アイナ、フィナ、マール、カリーネにエリス、ベルタ、ミランダさん、サイノスさん、オウル側に居る全員でイングリッドを見送るのだった。
馬車が門を出るまでの間に
「護衛の女は主に気があるな」
リードラが耳元で囁く。
「そんなはずがないだろう?
庭で負かしたんだ」
「匂いが変わった。
盛るのは獣人だけではない。
人だって盛る」
「かもしれないな。
そうであっても、なるようにしかならない。
縁があれば、また会える」
馬車が門を越えると、俺たちは屋敷の中に入るのだった。
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