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第63話 至れり尽くせりでした。

予約を忘れ、少し遅くなってしまいました。

すみません

 朝早く、門の近くで型の練習をしていると、「ドンドン」と門の横の通用扉が叩かれる。

「こんな朝早くから誰だ」

 と扉越しにサイノスさんが聞いた。

「ガントだ、開けてくれ」

 と低い声が響く。

 するとサイノスさんはすぐに扉を開け、ガントさんを入れた。


「ガント、久しぶりだな」

 サイノスさんがバンバンとガントさんの肩を叩く。

「痛いぞサイノス。

 しかし、本当に久しぶりだ」

「お互いに歳をとったようだな。

 お前の髪に白いものが……。

 お前がこの屋敷に入るのも何年振りか……」

 と、サイノスさんの声。

「ああ、十年だからな」

 ガントさんがボソリと言う。

「にしてもどうした、何の用だ?」

「俺が用で来るのは、服の事ぐらいだろう?

 知らなかったのか?」

「それはそうだろうが……」

「この屋敷の息子が俺に仕事をくれたんだ。

 マサヨシ様だったな。

 どこに居る」

「ああ、その辺で剣を振っていたと思うぞ?

 連れて行ってやろう」

 サイノスさんとガントさんが俺の前に現れた。


「ガントの奴が来ました。

 ご存じですよね」

 サイノスさんが聞くので、

「ええ、あの服に似たものを作ってくれと依頼していました」

 庭にあるベンチに置いてある、スーツの上を指差す。

「で、ガントさん、どうしたのですか?」

「ああ、仮縫いをしたい。

 早いうちに店へ来てもらいたい」

 ぶっきらぼうにガントさんが言った。

「ええ、わかりました。

 早速、朝食後にお邪魔させてもらいます」

 俺がそういうと、

「わかった、待ってるぞ」

 と言って、ガントさんは帰っていくのだった。



 朝食を終え、アイナと歩きながらガント衣料品店へ向かう。

「カランカラン」

 と扉に付いた入口のベルが鳴る。

 そして、俺が入ると既に漆黒のスーツに白い仕付け糸がされてマネキンのような物にかけられていた。

「来たか」

 ガントさんが奥から現れる。

「はい、来ました」

「お前に合わせた服だが、どうしても微調整が要る。

 実際に合わせていくから、付き合え」

「わかりました」


 仮縫いのスーツを着込み、採寸ではわからない微妙な調整をしていく。

 ガントさんが調整するたびに、スーツが自分の体のようになっていくのがわかった。

「マサヨシ、カッコいいよ。

 まさに、マサヨシのためにある服みたい。

 出来上がりを早く見てみたい」

 俺を見上げながらニコニコしてアイナが言う。

「褒めすぎだ!」

 と俺が照れながら言うと、ガントさんは手を止めた。

「あながちその嬢ちゃんが言うことは間違っちゃいない。

 オーダーで服を仕上げるということは、その人の体に合った物を作るということ、

 つまり、その服はお前の一部になるんだ。

 サイズ調整の魔法も有るが、やはり手仕事のほうがいいものができる。

 とはいえ、この服にはサイズ調整の魔法をかけておくつもりだ」

 ガントさんはそう言ったあとニヤリと笑って話を続ける。

「これは今までの最高傑作。

 シルクモスの変異種の糸は強くしなやか。

 鋼のハサミが役に立たず、裁断にはオリハルコンのハサミを使わせてもらった。

 それでやっと切れたような服だ。

 この耐久性なら何代も着ることができるだろうからな。

 ただ、最初のお前が一番着心地がいいってことは覚えておいて欲しい」

 と言ってガントさんは再び手を動かし始めた。


 三着分の仮縫いを終える。

「これで仕立てに入るからな。

 裏地はワイバーンの翼の皮膜を使う。

 さて、この服の下に着るのは……レディースパイダーの糸で作ったシャツだ」

 ガントさんはパッと真白なシャツを取り出した。

 シャツの襟のところにヒラヒラしたものが付いている。

「ガントさん、その襟のヒラヒラは要らないよ。

 この服のようにしてもらえないかな」

 上着を脱ぎ、向こうの世界から着てきたワイシャツを見せる。

 これも少々黄ばんできていた。

「わかった、外しておこう。

 さて、お前のその首に付けている紐は要るのか?」


 ああ、ネクタイ……。


「これをすると、気が引き締まるんだ。

 欲しいね」

「色は?」

「黒は不幸ごとっぽくて困るな……」


 リアル喪黒福〇になってしまう。


「白は慶事っぽいし……。

 絞り染めで模様をつけてもらおうかな」

「絞り染め?」

「ああ、布の一部を糸などで絞りを作り、そこに染色液が染み込まないようにして染める方法。

 白と染めた色との色の差で丸い模様ができる。

 布と糸はある?」

 ガントさんが持ってきた布の数か所を糸で締め付ける。

「染色液は有る?」

「ああ、ちょっと来い」

 ガントさんについて行き、指差された青色の染色液にその布を漬けた。

 暫く置いて布を取り出し、洗った後に広げると、素人ながら絞り染めの形ができていた。

「えっ、模様がある」

「私は簡単な物しか知らない。

 でも、圧力をかけて染めない場所を作ることでいろいろな模様もできる」

「いや、やり方がわかっただけでもいい。

 考えてもみろ、単色でしか染められなかったものに白が追加されただけでも十分だ。

 いいものを教えてもらった。

 このやり方でやってみよう」

 珍しくガントさんが笑っていた。

 新しい技術が嬉しいようだ。

「その紐を渡してくれれば新しいものを数本作っておいてやろう」

 こうして俺はネクタイの予備も手に入れることが出来たのだった。



 一週間ほど経ったある日、

「できたぞ。

 合わせに来てくれ」

 と、言って疲れた顔をしたガントさんが屋敷に現れる。

「大丈夫ですか?

 疲れた顔をしていますが……」

「気にするな。

 この仕事が終われば、少し休みを取る」

「だったらいいんだけど……」


 再び朝食を食べたあと、ガント衣料品店へ行った。

 中に入ると待ちかねたようにガントさんが現れる。

「出来上がったぞ。

 合わせてみてくれ」

 スーツ、ズボン、シャツ、ネクタイの四点セットを着てみたが、全てが俺にぴったりだった。

 見た目は向こうの世界のスーツだが、着心地は格段にこっちのほうがいい。

「いいですね」

 と俺が言うと、

「ああ、最近で一番の出来だ」

 と嬉しそうにガントさんが言う。

「糸も良かった。

 そして、あの染め方も良かった」

 円形のグラデーションの付いたネクタイを俺は胸元につけていた。


 絞り染めなんか、この世界に無いだろう。


「白金貨三枚だ」

 ボソリとガントさんが言った。

 俺はガントさんに白金貨を渡す。

「あっ、義父さんがシルクモスで仕立てたいと言っていました。

 できますか?」

「クラウス様がか?」

「ええ」

「布もある。

 問題ない

 あとは採寸だけだ」

 久々の義父さんからの依頼で嬉しいのか、ガントさんの口角が上がった。

「わかりました。

 義父さんにその旨を言っておきます」

「それにしても、この幼虫たちはどうする?」

 ガントさんが幼虫を抱いて出てきた。

「布の量に問題がないのなら、連れて帰ります」

「そうか……。

 もし、シルクモスの布を作る必要が出てきたら貸してもらえるか?」

「ええ、いいですよ。

 そのときは連絡してください」

 俺はカバンの中に三着のスーツを入れ、シルクモスの幼虫たちを抱き上げると、屋敷に帰るのだった。


 結局、シルクモスの幼虫は繭を作らず、我が家の庭に住みついてウネウネと徘徊するようになる。

 たまに侵入者を糸で巻き付けて捕らえるのだが、それは別の話。


読んでいただきありがとうございます。

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