第40話 詰めの甘さと、獣人の事情。
フィナが作ったホットケーキを食べるクリス。
そう言えば……。
聞きたい事があったのでクリスに近寄った。
俺は手を挙げて、
「クリス先生、ダンジョンに入ったことはあるのか?」
「私は基本ソロだったからフィールドで活動していたの。
だから、ダンジョンには入ったことは無いわ。
ただ、ダンジョンの事は聞いたことがある」
「だったら、質問していいか?」
と、聞いてみた。
「ええいいわよ」
と、クリスが快諾する。
そこで、ダンジョンの疑問をぶつけてみた。
「ダンジョン内部に照明とかある?」
「上層は知らないけど、下層に行くほど松明かライトの魔法が必要と言われているわ」
「普通、ダンジョンに入ったら宿泊とかどうなる?」
「基本ダンジョンに入ると大体野宿と相場は決まっているの。
パーティーを半分に分け、前半と後半で寝る……なんて形で寝なきゃいけない。
でも、この館に帰ってくるんでしょ?」
「そうは思っているが、ダンジョンで扉を使ったことが無いから帰れるかどうかわからないだろ?」
「確かに、初回はその辺のことも考えないとね」
クリスが頷く。
「食べるものはどうなんだ?」
「食べるものは携帯食。
現場で調理することもあるけどどうしても材料が重くなるでしょ?
現地調達って手もあるけど、毒を持っている魔物しかいない場合もあるし……。
でも扉で帰れればフィナの食事を食べられる」
扉ありきなのね……。
「便所は?」
「そんなの無いわよ、当たり前でしょ?
当然隠れて外ね。
その時に魔物に襲われたりしたら目も当てられないって聞いたことがあるわ」
俺にはそっちのストレスのほうが大きい。
野グソなんて産まれてから何回したことがあるか……。
冒険者はそこで襲われることに警戒しながら行わなければいけないのだ。
結局、「ダンジョンで俺の扉が使えるか?」ってことが大きいようだ。
これができるのとできないのとでは大きな差がある。
食事、睡眠、便所に屋敷が使えるってことになるからだ。
「ダンジョンに入ったら、まず俺の扉が使えるか確認しよう。
使えるかどうかでダンジョン攻略のやり方が決まると思う」
「ええそうね。まずはダンジョンに入ってみましょう……」
ふと何かに気づき、考えたクリスが、
「でも、ダンジョンの入洞許可証貰った?」
と聞いてきた。
「えっ?
そんなもの要るの?」
全然知らなかった。
そういう物はノーマークだったのだ。
俺の中のダンジョンのイメージは、フィールド上に階段のマークがあって、それに乗ったら「ザッザッザッザ……」って音がするとダンジョンに入ると言う感じ。
そりゃ許可証みたいなのが必要な物もあったが、基本は入れるのが当たり前である。
「ダンジョンと言うのはギルドの収入に大きく関与する場所。
中に入るにも許可証が要るの」
ゼファードのダンジョンはギルドのドル箱って奴らしい
「詰めが甘いな」
俺は自省しながら鼻を掻いた。
「仕方ないじゃない、知らないんだから」
フォローしてくれるクリス。
「ちなみに、どうやって許可証を得るんだ?」
「簡単。
お金を出せば貰える。
その辺はマサヨシに任せるわ。
ランクは私と同じBだから、リーダーでも問題ないでしょ?」
「へいへい、わかり申した」
「リードラはダンジョンに入るの?」
「ああ」
「だったら、ギルドでの登録が必要ね」
「おう、忘れてたよ。
ついでにあいつのステータスも見てみるか」
「出来上がりましたぁ」
フィナがクリスの前にトンとホットケーキを置く。
「じゃあ、あとは任せたわ」
クリスはそう言うと、ホットケーキを楽しみ始めた。
リードラを捜していると、トタトタとエリスが現れる。
「エリス、来てたのか?」
俺んちに来る許可を出してから、エリスはギルドの馬車で俺の家に来る。
そこでフィナにおやつを作ってもらったり、アイナと一緒に父さんに勉強を教えてもらったりしている。
「うん、さっき私もフィナ姉さんにホットケーキを焼いてもらったよ。
はちみつとろーりがおいしいの」
「カリーネさんはギルドに出てた?」
エリスに聞いてみると、
「うん、今日もお仕事。
最近『マサヨシが来ないわねぇ』って言ってた。
マサヨシさんを気にしてるみたいだよ」
と、カリーネ情報をプラスして教えてくれた。
仕込み感が半端ない。
「そうか、今日はリードラの冒険者登録とゼファードのダンジョンへ入る許可証を貰いに行くだけだから、カリーネさんには会わないだろうな」
と、俺が言うと、
「そうだといいけど」
ボソリとエリスが言った。
ん?
「エリスちゃん、ホットケーキが焼けたわよ」
フィナの声が聞こえる。
「あっ、ホットケーキが出来たみたい、行ってくるぅー。
マサヨシさん頑張ってねぇー」
そう言ってエリスは食堂の方へ走っていった。
ん?
どういうこと?
リードラを見つけ、二人でオウルの冒険者ギルドまで行くと、中から俺を見つけた門番が現れ。
「グランドマスターの様子を見てきますので中に入ってお待ちください」
と、言ってきた。
「いや、グランドマスターに用事がある訳じゃないんだが?」
と止めたが、
「いいえ、マサヨシ様がおいでになったらグランドマスターに会わせるようにエリス様に指示されております」
とのこと。
このギルド、どんだけエリスに権限があるんだよ……。
「とにかくグランドマスターに連絡をします」
そう言うと、門番は奥の部屋へ向かうのだった。
「何なのだ?」
リードラが聞いてきたが、
「わからんよ」
俺もそう返すしかない。
ギルド内の空いた席に着き、俺は軽く威圧しながら座っていた。
すると、
「その席の周りで冒険者たちが震えてるんだけど?」
俺の威圧をものともせず、カリーネさんがやってくる。
凄いね、カリーネさん。
「どうせ怯えている奴等ってリードラにちょっかい出しに来た奴等だろ?
しかし、グランドマスターって、俺みたいな一介の冒険者を相手にする時間があるのか?」
俺が聞くと、
「だって、マサヨシが来たって門番が言うから……」
と、しおらしくモジモジしながらカリーネさんが言った。
大きな尻尾が大きく振られている。
喜んでる?
「どうした、いつもと違うぞ?」
「とりあえず私の部屋に来てもらいましょうか。
あまり今の私を皆に見せたくはないの」
カリーネさんは急ぐように俺の手を引きグランドマスターの部屋に連れ込もうとする。
仕方ないのでそのまま付き合い、続いてリードラも俺に続いた。
「ハア、ハア、ハア、ハア」
机に座るとカリーネさんの息が荒い。
じんわりと汗もかいているようだ。
目が怖い。
「体調は大丈夫なのか?」
俺が心配していると、
「主よ、盛っておる。
匂いでわかる。
雌の匂いだ」
と、リードラが言った。
「盛る?」
「そうだ。
獣人や我のような人化した魔物特有の習性だな。
ちなみに我もそのうち盛るだろう」
胸を張るリードラ。
「そんなに胸張って『盛る』って言われても困るぞ」
「まあ、そのうちだ。
頼むぞ」
何を頼まれるのやら……。
「それに好いた者が居なければ盛らぬ。
つまりは、その者はマサヨシを好いておる。
盛りの程度はその者を好む度合いによって決まる。
ここまで盛るとは、よほどマサヨシの事を好きなようじゃな。
グランドマスターとしての立場でも我慢ができんほどに盛っているのであろう」
リードラ先生の解説が終わった。
「リードラが言う通り、俺が好き……なの?」
俺がそう言った瞬間、我慢していた糸が切れるように、犬歯をむき出で俺に襲い掛かるカリーネさん。
「盛っている」という事情を知っているが、カマキリのようにオスがメスに食われることは無いと考え、カリーネさんを受け止めた。
そのまま、カリーネさんは首をガジガジと首を甘噛みする。
肉付きのいい体を擦りつけ、自分の匂いを俺に移そうとしているようだ。
体にキツネしっぽが巻き付く。
俺は痛くもかゆくもないのだが、カリーネさんが体を支えてるために掴んでいるテーブルが握力で変形しているのを見ると、エリスの「頑張ってねー」の意味がわかったような気がした。
そうやってしばらく襲われるがままにしていると、
「ふう、すっきりした……。
マサヨシを充填完了」
いつものカリーネさんに戻り、軽くキスをする。
「仕方ないでしょ?
好きになっちゃったんだから……」
少し顔が赤くなり、呟くようにカリーネさんが言う。
「急に告白されてもな……」
俺は頭を掻いた。
「わたしだって盛るのは何年振りかわからないの。
こんなに盛ったのもエリスを宿した時の相手以来……。
そういう訳で、私はあなたの伴侶になる事を目標にしました。
別にいいでしょ?
あなたの周りにはそういう女性が多いみたいだし」
カリーネはそう言ってニコリと笑った。
今カミングアウトされてもなぁ……。
「さて、仕事に戻りましょうか」
と言うと、雌からグランドマスターのカリーネに戻る。
「強敵じゃな」
リードラが言うと、
「何の事かしら?」
カリーネがうそぶいた。
俺は二人の舌戦を無視して、
「じゃあ、まずはリードラの冒険者登録をしたい。
あと、ゼファードのダンジョンへ入る許可証も欲しい」
と言うと、
「わかったわ、まずはリードラさんの冒険者登録をしましょう。
水晶を持ってくるわね」
そう言うとカリーネはグランドマスターの部屋を出ていくのだった。
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