第25話 人混みには迷子が居るものです。
朝になると、
「せっかく二人だったのに、手も出さぬとはな。
クリスが言っておったことがわかった」
頬を膨らませてリードラが怒った。
「俺は、リードラの肉感を堪能できた。
抱いてはいないが抱っこはしただろう?」
苦しい言い訳をする。
「子供の話をするでない!」
と怒るが、
「しないほうが良かったのか?」
と、俺が言うと、
「それは……困る」
と、リードラは言葉を濁した。
「しかし、主を縛るその『嫁さん』と言うのは何者なのだ?」
「何者と言われてもなあ、普通の女性だぞ?
惚れて結婚した女だな」
「悔しいのう。
我が敵わぬとは……。
しかし、もう居らぬ者。
いつかは主の種を頂く」
リードラは不穏な言葉を吐く。
「まあ、もう少し待ってもらえないかね」
俺が言うと、
「そうじゃな、我は主よりも長生きする。
待つ分には問題ない。
しかしできるだけ早くのう」
と苦笑いしながらリードラが言った。
クリスと同じ言葉だな……
俺は、
「心がけるよ」
そう言うとベッドから出て、着替えるのだった。
朝食を食べ、頼んでおいた弁当を収納カバンに仕舞うと、宿代を払う。
さすがに貴族御用達。
部屋は綺麗でベッドは広かった。
ベッドは一台しか使わなかったが二人で寝ても十分の広さ。
風呂も手足伸ばして二人で入っても十分。
プールとまではいわないがそれに近い。
そんな事を考えながら荒鷲亭を出ると、パルティーモの街を出た。
再び空の旅になる。
オネンの村に立ち寄り、ペンネスの街に着いた。
ペンネスの街はオウル手前の街。
オウルの街では夜になると門が閉まる。
そこで、ペンネス街で一泊して昼頃にオウルに入るように時間調整をする街ということらしかった。
入街税を払い中に入ると、時間つぶしのための興行のような物を行っている。
それを目当ての客も多いようで大勢の人で賑わっていた。
「ありゃ、迷子かね?」
どこへ行ったらいいのかわからないというような、周りをきょろきょろ眺めている女の子が居た。
ぱっと見で高価そうな白い服。
涙を流しながら、オロオロしている。
それを俺が見ていると、
「あれは魔族の子だな。
紫がかった肌の色が特徴だ」
リードラがボソリと言った。
人の中に居る魔族。
異質なものと感じるのか、誰もその子を助けない。
「仕方ねぇなあ……」
俺は頭を掻くと、その子の下に行った。
「嬢ちゃん。どうした?」
「えっ」
その子は驚いていた。
メタボな男が小さな子に声をかける……。
あんまり外面が良くないな。
そんな時、誰が見てもそこら辺に居る一人の男が急に近寄ってきてナイフでその子を刺そうとした。
「危ないなあ」
俺は刃を掴むとそのまま握りつぶし、そのまま腕を振り男を吹き飛ばす。
すると、一斉に周りに居た男たちが手にナイフを持ち、俺とリードラを襲ってきた。
俺は素手で戦う。
避けるから、服も大丈夫。
当たっても、黒のローブで一応は防げる。
まあ、VITのせいで、当たっても服が切れるだけなんだがね。
リードラは爪を五十センチほどに伸ばして戦っていた。
お前は〇ルヴァリンか!
しかし切れ味はよく、襲ってきた男たちの腕や足が綺麗に切断されていた。
「主のお陰で切れ味も上がっておるな」
ニヤリと笑いながら、舞うように攻撃をしていた。
そのうち攻撃する者も居なくなる。
しかし、結構目立ってしまったようだ。
野次馬で人垣ができて、その向こうから警備兵のような者が走ってくるのが見える。
「ちょっと来い!」
俺はリードラの手を取り少女を抱えて路地裏に入ると扉を出して外に出るのだった。
俺とリードラは少女を見る。
「ふう、大変だったな。
大丈夫か?」
俺は片ひざをついて目線を合わせた。
出来る限り優しそうに声をかける。
強ばった顔だったのか、
「主よ、その顔では逆に怯えるぞ」
とリードラに注意された。
悲しい……。
これでも精一杯優しい顔をしているつもりなんだがなあ。
実際に、
「えっ、ああ、大丈夫です」
怯えたような目で少女は俺を見ていた。
「まあ何にしろ、怪我が無くて良かった。
俺はマサヨシという冒険者だ」
ポンポンと少女の頭に手を置く。
少女はびくっとして目を閉じたあと、
「私はイングリッドと申します」
と少女は言った。
「それで、イングリッドの家は?」
俺が聞くと、
「オウルの王宮。
遊びに来ています」
とイングリッドが言う。
年齢に似合わない大人びた言いだな。
何ぞ、偉いさんの娘?。
「王宮に住んでいるのか、悪かったな。
呼び捨てでなんて呼ばれることは無いだろう?
『様』付けにするぞ」
「マサヨシ様、お気になさらず『イングリッド』で……」
「じゃあ、イングリッドで……。
しかし、王宮に居る方が護衛もなしにあんな場所をウロウロしてはいかんでしょう?」
俺が再び聞くと、
「護衛は殺されてしまいました。
私はその間に逃がされたのです」
と少女は顔を背けて言った。
思い出したのか涙を流す。
ふと、こうしたらってことを考え付く。
でも、やっていいのかダメなのかと言われればダメな方なのだろうなあ……。
そんなことを思ったが、俺はイングリッドを抱き寄せ背を叩いた。
そんな事をする俺にイングリッドは驚く。
「なぜ、こんな事を?」
「そうだなあ、俺の姪っ子が泣いていた時にしてやると収まった。
子供は鼓動が聞こえると落ち着くと聞いたことがある。
だから、イングリッドにもしてみたわけだ」
すると、
「我もして欲しいぞ?」
リードラが割り込んでくる。
「お前は寝るとき抱き付いて来てただろ?」
「それはそうだが……してくれてもいいではないか……」
「はいはい、あとでするよ」
「約束だぞ!」
そう言うと、リードラは引いた。
「悪い、邪魔が入った」
頭を掻きながらイングリッドに言う。
「家族以外の男の人に抱き絞められた事はありません」
そう言われて、
「おっと、悪かったね」
俺は体を離した。
「いいえ、心地よかったです」
目を伏し赤い顔をしたイングリッドが言う。
「落ち着いたようだな」
「はい」
イングリッドが笑顔になった。
「にしても、なぜ襲われたんだ?」
「わからないんです。
面白い興業があると言う事で、お忍びでペンネスの街に来たのですが、小さな袋を拾ったあと、急に先ほどの男たちが現れて後護衛の者が殺され、私は逃げました」
「袋の中身は?」
「見ていません」
「見せてもらう訳には?」
俺がそう言うと、少女は小さな皮袋を取り出し、俺に差し出した。
中には何かの絵が半分になったような割符。
何かの取引に使っている物なのか?
これが無ければ収入激減なら襲うか……。
それも、護衛の少ない少女ならば簡単だと思うのも無理はない。
「何だそれは?」
リードラが上から覗き込んできた。
「割符という。
相手が残りの半分を持っていて二つの割符を合わせ一つの絵ができれば取引相手を確認できる……ということだ」
「その割符のために護衛の騎士たちが……」
イングリッドが悔しそうに言う。
「組織の収入に必要……特に収入が多いなら多勢で襲ってもおかしくないと思うぞ。
あれだけ人が多ければ、逃走も容易だろうしな」
ふむ。
「さて、イングリッド」
俺はイングリッドを見て言った。
「はい」
俺を見て返事をするイングリッド。
「どうしたい?」
「どうしたいとは?」
「そうだな、一番安全なのはオウルに帰って、この割符を渡して全て任せる」
「一番ということは二番三番があるのでしょう?」
ニッコリと笑って俺に言う。
何かに気付いた悪い顔だ……。
「んー、一番目と二番目は安全だと思うが、三番四番は正直安全じゃないんだけどな。
まあ、とりあえず二番は警備兵にこの割符を渡すってことだ。
三番はこの街の組織を潰す。
四番はこの国の組織全体を壊滅する。
そんな感じだね。
二番と三番の合わせ技で、この街の組織を潰して証拠を得て、警備兵に提出するって手も有るが……」
腕を組んで考えるイングリッド。
「では、最後の合わせ技で……」
「危険だぞ?」
「覚悟しております」
イングリッドの目は真剣だった。
「偉いさんの娘って腹据わってるんだなぁ」
そう言うと、俺は黒のローブを脱ぎ、
「ほい、これ着てろ。ナイフぐらいなら防ぐだろう」
そう言って黒のローブをイングリッドにかける。
サイズ調整の魔法でイングリッドに合った大きさになる。
「フードも被っておけよ」
「はい」
そう言うとイングリッドはフードを被るのだった。
「我はどうすればいいかの?」
リードラが聞いてきた。
「お前、鎧って持ってないよな?」
「持ってはいないが、鎧風にすればいいのか?」
「鎧風?」
「こんな感じだな」
リードラの白いローブが白のスケイルアーマーに変わる。
腕にはガントレット、足にはグリーブとサバトンが現れた。
「凄い魔法」
とイングリッドが呟いた。
「十分だよ。
どうせ結構な防御力あるんだろ?」
「当然だ、元々硬かったが、主のお陰でアダマンタイトより硬いかもしれんな」
「はいはい」
俺は流す。
「もっと盛り上がるかと思っていたが……」
リードラは不服なようだ。
「いいんだよ、俺の周りにはバケモノが集まるってわかっただけだ」
俺は大きな溜息が出た。
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