第18話 用件が終わったらまっすぐ帰らないと何か拾ってしまうんです。
朝食を終えると、ミケル様の屋敷に行くようになる。
クリスはミケル様の剣の相手をする。
クリスぐらいがちょうどいいらしい。
俺はと言うと、
「まだ動きが早い。教えた型をもっとゆっくり……」
ミケル様に注意される始末。
まあ、剣なんて振るったことなかったしなぁ。
今更ながらこの世界は剣と魔法の世界なんだと思った。
「わったしはできるぅ」
と、ミケル様の相手が終わったクリスが、型を続ける俺の前を手を頭の後ろで組み、歩いて行った。
水でも飲むのだろう……。
「にしても、二週間もかからずそれか……。
私など一か月以上かかっていたのだぞ?
すでに無駄な力が入っていない」
と、ミケル様が驚いていた。
「何も知らなかったのが逆に良かったのかもしれませんね」
型を続けながら俺は言った。
本当はDEX(器用さ)が高いのが理由だろう。
剣を振り切ると、
「今日はもう終わりだ」
と、ミケル様が言う。
ただゆっくりと型をなぞる動き。
しかし、それが終わるころにはびっしょりと汗をかいているのだった。
「「お邪魔しました」」
の声と共に俺たちは館を出る。
「そう言えば、炎の風やオーク討伐の報酬はどうなったの?」
クリスが聞いてきた。
「んー、忘れてた。
練習とかしてたら、『特に冒険者ギルドに行かなくてもいいかなぁ』なんて思っちゃってね」
「そういや、最近ミケル様の館とお義父様の館の往復だったわよね」
「義父さんに剣の型を見せたら喜ぶんで、ついついね……」
義父さんはミケル様を指導したときのことを思い出したのか、庭で型の練習をする俺を見て俺の型の悪い所を指摘してくれた。
型が身に着くのが早いのはそのせいもあるのかもしれない。
「いつもニコニコしてるもんね」
クリスも義父さんが笑う姿を思い出しているようだ。
「まあ、久々に冒険者ギルドに行ってみるか」
ということなった。
ギルドの両開きの扉を開け中に入る。
俺を見つけたリムルさんが、
「ちょっとこちらへ……」
と俺たちを別部屋へ連れて行った。
椅子に座らされて待っていると、グレッグさんが剣と皮袋を持って現れる。
「おはよう」
「ええ、おはよう。何かよそよそしいけども?」
「そりゃ、子爵様のご子息だからなあ。
あのマットソン子爵には世話になったしなぁ」
「まだ、養子の手続き何て終わってないんですよ。
それに貴族の息子になったからって態度を変えるようなギルドもよろしくないと思います。
ですから、今まで通りでお願いします」
グレッグさんはホッとした表情をすると、
「そう言うなら、いつも通りで行くぞ。
そのほうが俺もやりやすい」
と言った。そして、ジャラリと音のする重そうな皮袋を差し出し、
「では、残りの炎の風の報酬と、オーク討伐と肉の売り上げについては説明するぞ。
トータルで、四百九十八万リル。
内訳が炎の風討伐時の賞金首の値段が二百三十万リル。
炎の風の武器防具については一点を除いてまともな武器ではなかった。
その一点の武器鑑定に残りの武器の売却益を使うことになってしまった。
ほら、これがその剣」
グレッグさんが刃渡り一メートルほどで綺麗に装飾がされてある剣を差し出した。
聖騎士の剣と呼ばれている逸品。
炎の風討伐に領軍が出た際、一部王都の騎士団も参加していたということだ。
隊長格の者が装備していたものが奪いとられ、炎の風の頭目であるリューイが装備していたらしい。
「そして、オーク一頭が一万リルで百七十八万リルになる」
「通常の冒険者が得る金の量じゃないんだろうなぁ」
ボソリと俺は言った。
「当たり前だ!
数組のパーティーに白金貨を出すことはあっても、個人に白金貨を出すなんてのはほとんどないんだよ」
「怒られてもなぁ……。
できるものは仕方ない」
頭を掻くしかない。
そう言って、金と剣を仕舞った。
今いくら持ってるのかもわかんないや……。
「それと、超特例だがミケル様の後押しもありBランクの昇格だ」
「いいんですか?」
「今回は炎の風の件もあるからだろう。
まあ、こちらとしてもランクの高い仕事が回せるし、指名依頼ができるからで助かるんだがね。
こちらからはこれで終わりだが、そちらからは何かあるか?」
と、グレッグさんは話を締めた。
「んー、指名依頼って?」」
気になって聞いてみた。
「こちらから、冒険者に出す強制依頼だ。
断ることもできるが罰金を払ってもらうことになる。
依頼の重要性にもよるが白金貨一枚ってとこだろう。
まあ、金があるからってあんまり断ってもランクが下がったりもするから注意だ。
つまり、白金貨を簡単に出せる冒険者とみられるようになったってことだ。
お前の場合は最初っから白金貨以上の報酬を得ていたがな」
「白金貨一枚で命が買えるなら安い物だと思いますがね。
それにランクにこだわりは有りませんから、いやな時は断りますね」
「普通は面と向かって『断る』とは言わないんだがな……」
苦笑いのグレッグさん。
「他に何かあるか?」
「こっちは炎の風の件とオーク討伐の件を聞きに来ただけなので、特にはないですね」
「それでは、あとは好きにしてくれ」
そう言うとグレッグさんは部屋を出ていった。
「凄いお金ね」
クリスが驚いていた。
「お金はあっても使わないと意味が無いだろうな。
何かある?」
「私は無いわね。そういうマサヨシは?」
「俺は、美味い物が食いたいな」
「じゃあ、とりあえず外に出る?
屋台でも巡ってみましょうか?
二人でブラブラしたことなかったし」
俺が言った美味い物。
それは前の世界で流通していた調味料や食べ物の事だ。
お金をかけてまでやるのはどうなのかは知らないが、ラノベでやれば金になっていたのを見受ける。
子爵家の収入は小麦だけと聞いた。
それに少しでも足しになれば良いと思う。
でもまあ、クリスはデートっぽいものを楽しみたいらしい。
それもまたいいと思った。
「じゃあ、連れて行ってくれ」
俺とクリスはギルドを出ると、大通り沿いの市場に向かう。
俺の左腕にはクリスがくっついていた。
「エルフのお嬢ちゃん。うちの食べ物食べて行かないかい?」
「そこのお兄さん、たくさん食べるんだろ?
うちの肉は美味いぞ?」
いろいろな客引きにクリスも俺も声をかけられる。
「別に食べたいものは無いわね」
困った顔のクリス。
「そうだな。マットソン子爵家の料理のほうが美味そうだ」
「あっ、蜂蜜。珍しいわね……。
えーっと、この壺一つが金貨一枚……なら妥当か」
クリスが蜂蜜を見つけ、近寄った。
「こぶし大のツボの中に入った蜂蜜が金貨一枚(百万円)になるのか。高いな」
「妥当でしょ?」
「その百分の一ぐらいで、前の世界では買えてた」
「マサヨシの世界の蜂ってどれくらい?」
クリスが聞いてきたので、
「このくらいかな?」
と、俺は親指と人差し指で一・五センチぐらいの隙間を作る。
「この世界での蜜を集める蜂はこのぐらい」
と、クリスは五センチほどは有ろうかという隙間を作った。
「デカいな」
「ハニービーって言うんだけど……毒も持ってるし、数で押してくるから巣から蜜を採るのは難しいのよ。死ぬ冒険者だっているんだから」
名前はそのまま……。
「養蜂もいい金になりそうだな」
「ん?ようほう?何それ?」
「いや、こっちの事だ。それを買えばいいのか?」
「マサヨシに貰ったお金があるから、それで買うね」
そう言って、壺を手に入れた。
「仕舞っておいて。零れるとネトネトするから」
そう言って渡された壺を俺は仕舞う。
再び歩くと、肉の焼けるいい匂いがした。
豚バラのような肉が塊で串に刺され、焼かれていた。
俺はその屋台に近づき、四本の串焼きを買う。
聞くところによると、最近になって質の良いオークの肉が大量に流れてきたそうだ。
あっ……俺だ。
串焼きにかぶりつくと中から肉汁が溢れる。
塩味と香草のみの味付けのくせに、肉の味と肉汁の味で十分満足できた。
筋が無いのは下処理のせいらしい。
「オークの肉ってこんなに美味いんだ……」
「需要は有るのよ?
肉と言えばオーク、ランニングバード、フォレストカウね。
魔力量が多いほど美味しいと言われているの。
だから、オークキングの肉なんてどんな味なんでしょうね」
オークの肉でこんなに美味いん、オークキングの肉なんてどんな味なんだ?
そんな事を考えていると、視線を感じる。
緑色の髪のボウズが俺を見ていた。
汚れた服に垢だらけの顔、髪の毛も伸び放題で洗ってもいないのだろう。
口元には涎を流し、俺の串焼きに釘付けだだった。
「ダメだよぉ。
見ちゃダメだって、『何見てる』ってまた叩かれるよ!」
それを押さえる、獣人の女の子。
少し歳上に見える。
俺は、
「オヤジさん、串焼きを十本くれ」
再び串焼きを買う。
「おい、お前らちょっと来い」
と二人を呼び出した。
クリスはそんな俺を見て、あきれ顔でため息をついている。
ボウズは串焼きしか見えていないのか、ふらふらと俺に近寄ってきた。
「だめだってぇ!」
獣人の女の子は必死に止めようとするが、何故か体が大きいはずの獣人の女の子のほうが引きずられる。
「ホイ、食え」
俺は二人の目の前に串焼きを差し出した。
「えっ?」
獣人の女の子は驚いているが、ボウズは手がタレで汚れるのも構わず串焼きをむしり取ると、無心に食べ始めた。
「いいの?」
獣人の女の子が聞くと俺は頷く。
「ありがと」
と言って恥ずかしそうにハムっと獣人の女の子は食べ始めた。
「美味しい、まともな食べ物なんて初めてだぁ」
目を細めて喜ぶ獣人の女の子。
あっという間にボウズの串焼きが無くなると、獣人の女の子の串焼きを見た。
すると、獣人の女の子は残った串焼き二本を差し出し、ボウズに与えるのだった。
「俺はマサヨシって言うんだが、名前は?」
俺が聞くと、
「私はフィナ。でもこの子には名前は無いの」
「親は?」
「私のお母さんは居ない。
おとうさんも冒険者だったんだけど、死んじゃったみたい。
『仕事に行く』と言っておうちに帰って来なかったから……。
フィナは寂しい目をした。
「借家だったから家賃が払えなくなって追い出された。
この子わからないけど誰かにこの街に連れて来られて捨てられたみたい」
冒険者の子供というのは親の死亡で孤児になってしまう事もあるのか……。
「年齢は?」
「私は十二だけど、この子はわからない。でも私より年下だと思う」
俺は少し考えると、
「俺んちに来るか?」
と聞いてみた。
「えっ、もしかしてお兄さん幼い女の子をどうにかする人?」
フィナが俺に聞いてきた。
変態扱いらしい……。
クリスには「バケモノ」と呼ばれたが、それよりひどいな。
「大丈夫。美人のエルフがそこに居るだろ?」
「あっ、エルフのお姉さん。ということは幼い女の子が好きじゃないの?」
「そう、俺は子供よりクリスが好きだ。」
好きと言われてまんざらではないクリス。
少し赤くなっていた。
「この子は?」
ボウズを見るフィナ。
「当然二人でだ」
「だったら、行く」
フィナはニコリと笑った。
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